高校生のイヴ その1
──2095年、6月2日(Thu)、8:30
三多摩府立八王子南高校
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制服は、毎朝あーでもないこーでもないと選ばなくて済むから好き。
でも学校は嫌い。
「おはよう。」
私は特に心を許している訳ではない女の子たちと挨拶を交わす。
「おはよう。」
「うん、おはよう。」
相手が男の子の場合は挨拶されたら返す。
本当は、どっちもしたくない。
「おはようございます。」
ELLYが挨拶してくる。
「おはようございます、先生。」
機械の教師は好きじゃない。
教室に入る。
ここは一番嫌いな場所。
「おい!昨日逮捕されたグエンってお前の家族かー?w」
はぁ…今日も始まった。
みんなは見て見ぬ振りをしている。
私もしている。
標的にされたら嫌ってのもあるけど、何より助けてあげる義理がない。
同じクラスだからと云っても所詮は他人だし、百歩譲っても友達と呼べる程の仲でもない。
苗字が同じってだけで辛辣な言葉を浴びせられてる『グエン』に目線を飛ばす事なく自分の席へ向かう。
できるだけ無関係で居たいし、可能なら視界にも入れたくない。
座席につく。
私はスマートグラスの画面をつけて時刻を確認する。
「38分…」
授業が始まるまでは、まだ時間がある。
まぁ、教師が来てもあれは解決しないだろう。
軽く嗜める程度。その場を取り繕う程度。
何も解決はしない。
私は何も見たくないのでスマートグラスに入れてるアプリで遊ぶ。
私にとってはログボの方が大切だ。
──カンちゃん。そろそろ時間だぜ。」
「チッ…つまんねーな。」
リーダー格の『カン』は最後にグエンの脇腹に蹴りを入れて自分たちの座席へ戻っていった。
時刻は8時45分。
そろそろHRが始まる。
教師が入ってくる。
自称生徒の味方らしいが悩みを話した所で解決しない事はみんなわかってる。
C組みたいにELLYが担任になれば虐めも解決してくれるだろうけど、それでも学校は事実を認めたりはしないだろう。
それに、他クラスにまで口出ししてくるようなELLYは居ない。
ELLYは人類が衰退する要因を見過ごせないけど、同時に人類の可能性も尊重するから。
自分が受け持った生徒は教師として守ろうするけど、他クラスには他クラスの担任が居る。
ELLYは、そう判断する。
だから機械の教師は好きじゃない。
だから人間の教師は嫌い。
自分を守るのに精一杯な自分も、嫌い。
陰鬱とした気分の中でHRが終わった。
出席の返事をしたかも覚えてないけど、隣の席を見たら『ビビ』は居なかった。
今日もサボり、か…
「ねぇ、松本さん。」
「ん?何?」
「昨日のプリント、提出してほしくて。」
「あぁ…ありがと。忘れてた。」
私は端末を操作してプリントのデータを送る。
「うん、受け持った。じゃあ後でね。」
『美嘉』が出ていった。
クラスメイトも出てる…あ、そうか、一限目は移動か。
どうせスマートグラス内の教科書を見てスマートグラス内のノートに書くだけなのに、どうして教室を移動する必要があるのか。
そもそも学校に来る意味ってあるのかな。
私はクラスメイトたちに続くように教室を移動する。
ふと視界の隅で今朝の続きが始まっていた。
私はスマートグラスの弦にイヤホンを接続して耳を塞いだ。
何もかも聞きたくない。
──昼休み。
大方の授業を聞き流した私は窓の外をボーッと見ながら昼食代わりの菓子パンを食べていると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、そこにはビビが居た。
私は少し驚いた。
「おはよ。」
「…こんにちは、じゃない?」
「まぁね。」
ビビが窓際にある自分の席につく。
私も自分の席につく。
「…それで?今日は何でサボり?」
「ちょっと聞いてよ!さっき変なおじさんに話掛けられてさー!」
また職質されたらしい。
学校サボってればそうなるよ。
楽しそうに話すビビ。
かつてのアスリートの面影は殆ど無くなったけど、最近は楽しそうにしてるから良かった。
一時期は消えてなくなりそうな表情ばかりだった。
やっぱり、私はビビと話してる時が好きかもしれない。
この前は酷い事を言ってしまったから、どこかのタイミングで謝りたい。
「ねぇ!ねぇってば!」
「あ、ごめん。聞いてなかった。」
「どこから?もしかして最初から?だとしたら酷くない?」
「ごめんごめん。後で奢るからさ。」
「ガチ?やったね~」
ここ数日、頭の中がぐるぐるしてる気がする。
そういうのはアノ日だけにしてほしい。
──放課後。
いつの間にか居なくなったビビを探していつもの場所へ来た。
教室棟と外廊下で繋がってる体育棟。
その一階、階段下の倉庫スペース。
この場所は使われてない机や椅子が積まれていて、普段体育棟を縄張りとしてる柔道部や水泳部に話をつけておけば、教師に見付かる事はほぼない。
ここは、サボるのに打ってつけの場所だ。
「あ。」
ビビが義足を外してペディキュアでデコっていた。
「やっぱり居た。」
私は適当な椅子に座る。
「イヴはさ、あたしを見付けるの上手いよね。」
「ビビがいつも見付かる場所に居てくれるからよ。」
ちょっと嬉しそうなビビ。
それを見た私も、ちょっと嬉しい。
──特に何かをする訳じゃない時間が流れる。
ビビが居て、私が居る。
外からは運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏が聞こえる。
謝るチャンスはここしかないと思う。
「そう言えばさ、なんで名前で呼ばれたくないの?」
ビビから切り出された。
「…」
どうしよう。私は何て言えばいいだろう。
「ねぇ、今度は茶化さないから。」
ビビの真剣な表情、あの頃の大会以外で初めて見たかもしれない。
「…いいけど。」
ビビになら…ビビなら、信じてみようかな。
「私ね、兄貴が居るって判明して。」
「…うん。この前聞いたよ。茶化してごめん。」
ビビも気にしててくれたんだ。
区切りがついたら私からも謝ろう。
「…それが、クソ親父の前の結婚相手の…ってのは話したね。」
「そだね。」
私は軽く呼吸を整える。
「…その兄貴の名前がね、『アダム』なの。」
「うわ…」
そうだよね、引くよね。
「あり得ないよね。普通つける?自分の子供にさ、アダムとイヴだよ?バカじゃないの!って、それで私がパ…親父殴ってさ!ママも…」
言いたい事が溢れる。
コントロールできない程に憤りが溢れて言葉になる。
私、こんなに溜め込んでたんだ。
「それでかぁ…」
「ハァ…ハァ…その、あの時は、ごめんね。」
なんか勢いに任せちゃったけど…
「あたしこそ。ホントにごめん。もう少し考えてから言えばよかった。」
「ううん。私も、あの軽い空気の中で言ったらダメだったよね。」
よかった、仲直りできた。
昼間、普通に話し掛けてきた時は驚いたけど、みんなの前だから気を遣ってくれたんだよね、多分。
「それにしても…兄貴がアダムかぁ…嫌だわ~」
噛み締めて言われた。
わかる、そうなる。いや、すでになってる。
「普通に引くよね。ハァ…話せてスッキリしたかも。」
肩の荷が下りた感じ。
「じゃ、どっか食べ行こうよ?」
「いいね。行こっか。」
私はママに一応メールした。
「いやぁ…仲直りできてよかった!」
ビビが満面の笑みで言った。
「やっぱり昼間気遣ってたんだ?」
「当たり前じゃん。イヴが怒るのなんて初めて…あっ。」
「ふふっ…いいよ。イヴで。ビビならいい。」
「なんだよ。親友かよ。」
「その代わり奢るの無しね。」
「あー!じゃあ昼間した話もっかいするからね!」
「はいはい。」
私たちは体育棟から出て帰路についた。
結局カフェオレを奢った。
私のクラスメイト
・松本イヴ…私、名前で呼ばないでほしい。
・ビビ…義足になってからギャルに転身した私の親友。元陸上部。
・カン…野球部所属で教師と部活の先輩からの評価だけは高いから厄介な男。
・グエン…トップ10に入るくらいには成績優秀なのに虐められてる気弱な男。
・美嘉…本日の日直。確かダンス部。良い子だけど陽キャだからちょっと苦手。




