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警察官のELLY その2

──三多摩メディカルセンターは武蔵区域の医療ネットワークを包括してる総合病院だ。

ELLYの登場で介護や医療の支援が手厚くなったと言っても手術のような繊細かつ高等な技術をELLYのみに任せるには未だ到っていない。

度重なる災害や、100年ほど前から悪化し続ける高齢化とその対策で行われた無軌道な移民政策に起因する地域住人の衝突で日本医療の需要は頭打ちしていた。


「よし、着いたぞ。」

加賀の豪快な運転によって疾風の如きスピード感で三多摩メディカルセンターに着いた。

「僕が運転すればよかったよ…色んな意味でも。」

小さくボヤいた。

「まぁまぁ、俺は運転すると目が覚めるんだよ。」

とんでもねぇ男だ。

「安全…運転を…」

朔夜は手の甲がずっと光ってるので内部で何か葛藤してるのかもしれない。


清潔感のあるエントランスには待ち合いの座席がズラリと並び、そこで老人たちが世間話をしている。

傍らではELLYたちも主人たちと同様に交流してるのが見える。

まずは受付に居る看護師に話を通さなければならない。

「すみません。我々こういう者で…」

周囲に気を配るように小声で話しながら、そっと警察ライセンスを見せる。

「岩木先生を呼び出してもらえるか?」

加賀には宛があるようだった。

「わかりました。少々お待ちください。」

看護師さんは奥に居た看護師長が何かの人に話を伝え、その人が内線電話を繋いでいるのが見えた。


「向こうで待たせてもらおう。」

加賀の提案に従って僕たちが待ち合い席で待機してると、程なくして仄かにコーヒーの香りが漂う白衣を身に纏った女性が現れた。

「お待たせしてすみません。とりあえず、こちらへ。」

僕たちは言われるまま奥へ進んだ。

彼女のひとつに纏めた長い黒髪は清潔さを感じさせ、歩く度に艶やかに靡いている。

歳は20代だろうか?そう見えるだけだろうか?

そんな風に思っていたら、

「…あいつの具合はどうだ?」

加賀は彼女に何者かの様子を訊いていた。

「一応、元気ではあるわよ。」

彼女もフランクに話してる事からそれなりに付き合いがあるのだろう。

野暮な事だが、付き合ってたりするんだろうか?

それくらい親しげに見える。

「前の部署の相棒がここに入院しててな。」

加賀が気を遣ってくれた。

それ以上は何も言わなかったので、あまり触れてほしい事ではないのだろう。

2人の関係も詮索しない方がいいだろうか…?

加賀は普段から自分の事をあまり話さないから、こういう時は気になるんだよな。


彼女は部屋の前で立ち止まり、そのドアノブを捻った。

「どうぞ、散らかってますが。」

そこはリハビリで使用すると思われる器具や義足などの代替パーツが棚に並べられていて、THE研究室といったような様子だ。

「コーヒーは?」

彼女は部屋の奥でアンティークのコーヒーメーカーに触れる。

「貰おうかな。」

加賀がソファで寛ぎながら言った。

「いえ、お話を伺うだけですので…」

僕は丁寧に断った。

「私はアンドロイドですので。」

朔夜も答えた。

人に合わせて発言できるようになった朔夜に成長を感じる。


彼女は2人分のコーヒーをカップに注ぐと向かいのソファに座り、今時では珍しい紙の名刺を差し出した。

「申し遅れました。私、『岩木比奈子』と申します。」

名刺には『三多摩メディカルセンター医学研究科』と『リハビリテーション科統括部長』のふたつが記されていた。

僕は名刺を確認した後、大事に内ポケットへ仕舞った。

「朔夜、それを渡してくれるか?」

加賀は朔夜に持たせていた封筒を受け取り、中身を卓上に並べる。

今回の事件で見付かった義肢や臓器を写した画像シートだ。

「事件の詳細は伏せますが、これはある現場で発見された義肢や人工臓器の画像でして──

僕が事件の概要を話していると岩木先生は並べられた画像を手に取って驚いていた。

「これは…こんな精巧な義肢、私は見た事ないわ…」

岩木先生の仕草から記憶の中の論文か何かと今回の画像を照らし合わせているのがわかる。

本当に見たことないレベルで精巧なのだろう。

「どうやら人体を精巧に模倣してるみたいなんだ。何かわからないか?」

加賀は、岩木先生なら何かを知ってる可能性があると思っているようだった。

「それはおかしいわね…臓器は別として、義肢まで人体を模倣してるなんて…」

岩木先生は頭を捻っている。

「ん?どういうことだ?」

「義肢と云うのは、それ自体は太古の昔から存在するんだけど…100年くらい前から既にバイオミメティクス発想での開発が始められていて…

「バイオ…?なんだそりゃ?」

加賀が訊く。

すると朔夜の手の甲が淡く光る。

「バイオミメティクスとは、生物の構造や機能を模倣して、新しい技術や製品を開発する科学技術のことです。日本語では『生物模倣』と訳されます。自然界の生物は、長い進化の過程で環境に適応し、効率的な構造や機能を獲得してきました。バイオミメティクスは、これらの構造や機能を学び、応用することで、高性能で持続可能な社会の実現を目指す分野です。」

朔夜は流暢に説明した。

な、なるほど…

「えっと…つまり?」

できれば三行で!と言いたくなる。

「つまり、今回の件に当て嵌めるなら…人間の義肢に人間のパーツを模倣する必要はないって事よ。実際、流通してる多くの義足はカンガルーやダチョウの脚を参考にしていて、人間の脚部より高性能かつ効率的な造りになってるのよ。」

そう言って岩木先生は棚にある義足を指差した。

確かに、人の形とは少し違った。

「じゃあなんでこいつは人間そっくりにできてんだ?」

加賀が画像をトントンと指で叩きながら訊く。

「可能性、として…なんだけど。」

岩木先生は前置きする。

「人体の模倣…それ自体が目的なら、充分あり得ると…ちょっと待ってて、確かそんな論文があったかも。」

岩木先生は立ち上がり、部屋の奥にある扉へ入って行った。

加賀はコーヒーを啜りつつ、

「やっぱり、ここなら何かわかると思ったよ。」

僕はその根拠が知りたい。


岩木先生は古ぼけた封筒を持って戻ってきた。

「すみません、慌ただしくて。」

そう言いながら岩木先生は封筒の中から論文が取り出し、卓上に置いた。

「かなり古い論文なんですけど…」

「えっと…これは?」

僕は論文に目を落とす。

そこには『人体の完全な再現』と記されていた。

「人体の…完全な再現?」

僕にはピンと来ないが、加賀は興味深そうに読んでいる。

「タイトル通り、人体を完全に再現しようって論文よ。ただし、具体的な技術の記載なんかは殆ど無いし、そもそもコレ、ある学生の卒業論文なのよ。」

「そんなもんまであるのかよ。」

加賀がツッコミを入れる。

「まぁ、色々と集まってるからね。それよりココを見て、ココ。この論文の作成者。」

論文の表紙を見る。

「作成者…『檜山絵理』」

すると朔夜の手の甲が淡く光る。

「檜山絵理は、私たちELLYの産みの親です。」

「産みの親ァ!?」

加賀の声が大きい。

岩木先生はそれに驚いたようでビクッと身体が跳ねていた。

「急に大声出さないでよ…一応病院よ?」

「悪い悪い…ついな。」

「つまり、檜山絵理ってのは…野座間の開発者って事か?」

加賀が端末にメモしながら呟く。

「でもELLYの開発者がなんで医学…?」

僕も疑問を呟いた。

「一応言っとくと、この論文はここが大学病院だった頃に作成されたものよ。」

岩木先生はそう言った。

「じゃあ、大学病院に在籍してた檜山絵理がELLYを作ったってのか…?」

加賀が頭を軽く掻いてる。

「そんなのは知らないけど…あ、ちなみに、ここが今の名前になったのは20年くらい前よ。」

そんな前なのか。


その後もしばらくこの病院についての話を聞いた。

どうやら市町村の合併に伴って名前を変えたらしい。

20年くらい前だから課長みたいな歴の長い人たちからも何か訊ける事があるかもしれない。


「悪い、ちょっとトイレ行ってくる。」

加賀が席を立った。

だから飲まない方がよかったのに。

「じゃあ少し待ってるよ。すみませんね、うちの加賀が…」

僕は岩木先生に軽く謝った。

「構いませんよ。あの人、昔からああだし。」

昔から…

僕は加賀がトイレへ行ってる隙に訊いてみる事にした。

「これは単なる興味なので答えなくてもいいのですが、加賀とはどういう…?」

あまりプライベート過ぎる内容だと失礼だし。

「私がまだ大学院生だった頃にちょっと…その後も色々ありまして。」

「なるほど…」

色々か、あまり踏み込まない方がいいかもしれないな。

「すみません…不躾な事を。」

「あっ、いえいえ!私は構わないんですけど、あの人の方は嫌がりそうなので…」

確かに、加賀は自分の話をしない。


ふと時計を見ると1時間ほど経っていた。

「ふぅ~…ここ、トイレ遠くないか?」

加賀が戻ってきた。

「病院は医師と患者が優先よ。ここは研究科。」

岩木先生はコーヒーを啜りながらそう言った。

ひとつに纏めた長い黒髪が艶やかに靡いていた。

「もう帰るの?」

岩木先生は加賀に訊く。

「あぁ、報告しないといけないしな。」

相変わらずな態度なのだろうと云うのは容易に想像できた。

「彼女には会わないの?」

岩木先生が加賀に言う。

…ここは僕の出番かな。

「報告は僕と朔夜がしておくよ。」

僕は手を出して車の鍵を催促した。

「…わかったよ。」

加賀は頭を軽く掻きつつ車の鍵をくれた。

「それじゃあ、岩木先生、ご協力ありがとうございました。」

僕が軽く会釈すると、朔夜も真似して会釈した。


部屋を出て、朔夜と2人で廊下を歩く。

「彼女、ね…」

ここに入院してる加賀の元相棒。

何があったかは知らないが、刑事をやってれば色々あるし、それを聞き出すような趣味はない。

「まぁ、和泉だったら訊いてただろうなぁ…」

僕はそんな事を呟きながら病院の廊下を歩いていた。


簡単な登場人物紹介

・岩木比奈子…三多摩メディカルセンターの研究者。リハビリにも精通している。加賀とは旧知の仲。

・檜山絵理…ELLYタイプの産みの親。大学時代にバイオミメティクス分野の論文を書いてる事が判明。


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