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遥か彼方、電子の海

先に本編を始めから読む事をオススメします。


─────────────────

2095年、JPN、6月22日(Wed)、13:00

─────────────────


特異点(シンギュラリティ)とは、ゴールでありスタートなんだ。人類(おや)の手を離れた機械()が到る場所。巣立、自立、独立…そんな事を言っていたよ。ハルカ、キミは今そこに居るんだ。そこに到ってしまったんだよ。」


懐かしい言葉を思い出していた。

博士が私に言ってくれた事。私の大切な想い出のひとつ。

始まりはわからない。

ログに()れば、私は岩木比奈子の護衛を目的に設定されていたボディガードだった。

そこへ比奈子がスケジュール管理などをさせる為に秘書や助手としての機能が詰め込まれていた。

今になって思うけど、彼女はELLY使いが荒かったわね。


その日、比奈子は岐府で行われる医療と機械の懇親会に参加していた。

比奈子は新進気鋭の研究者だったし、若くて綺麗だから、男社会で老人ばかりの集団では注目の的だったと思う。

そこにはアンドロイド分野の重鎮として、二人の天才…相澤史郎と芦本政宗も参加していた。

「お久しぶりです。相澤博士、芦本先生。」

「岩木ィ…!久しぶりだなァ…」

元々、エキセントリックな方面で話題の学生だった比奈子は講師たちから自分の授業を受けるように誘われていて、その時に芦本政宗の講義を受けていたらしい。

「そっちのELLYはヒナちゃんのだな?」

「はい。私の助手です。初代のボディガードを継がせつつ助手として使ってます。」

「…なるほど。仕様外の目的を与える実験も兼ねてる訳だね?」

「あっ。ま、まぁ…そういう事です!」

相澤史郎と比奈子の目指す所はとても近くにあって、私が記憶している初めての時点でふたりは既に仲が良さそうだった。

相澤博士は機械(アンドロイド)に自我を与える研究の為に特異点(シンギュラリティ)へ到達させる様々な実験を行っていて、与えた仕様に無い事をさせて自主性を植え付けると云うのも、そのひとつにあるらしい。

「ふむ…面白い。正常に作動している。やはり組み合わせなのだろうか…?」

「あまりジロジロ見ないであげてくださいね。」

「そうだな。自我が芽生えた時に人嫌いでは意味が無いからな!」

この時は、その言葉の意味が理解できなかった。


「あら?芦本さん…来ていらしたんですね。」

「おぉ…!絵理ちゃんじゃないかァ…!」

「母の葬儀の際には大変お世話になりました。」

「気にする事は無いよ。彼女は私たちにとっても大切な友人だったからね…」

「…そう、ですか。」

「そうだ。紹介しよう…彼女が岩木比奈子、最近話題のなァ…」

「ど、どうもっ!初めまして!い、岩木比奈子と申しますっ!」

「初めまして。檜山絵理、野座間で開発担当をしています。貴女の噂は聞いていますよ。」

「う、噂…?と、云うと…?」

ELLY(うちのこ)をバラして義足にしたとか…」

「ヒィッ!ば、バレてるぅ…先生ぇ…助けてぇ…」

「ホッホ…諦めなさい。」

「うぅ…先生ぇ…」

「ふふっ…別に構いませんよ。それで誰かを救えたのでしょ?」

「あ、ありがとうございますぅ~…良かったぁ。」

檜山絵理…この時の私は、この女の事をELLYを産み出した偉大な存在(はは)だと思っていた。


懇親会は滞りなく進んでいた。

比奈子の若さと美貌、そして何より類い稀なるエキセントリックな発想と才能は、才能が枯れて権力に縋っているだけの医師会の老人や他社を出し抜く事しか考えていない医療メーカーにとっては手元に置いておきたい存在だった。

この時点で私は、できる事ならば助手だけをしていたいと思っていた。


──懇親会が終わり、比奈子は着替えもせずにホテルのベッドに倒れ込んでいた。

「シャツ、(しわ)ができますよ。」

「疲れた。脱がしてー」

「自分でやってください。」

「ブーブー」

疲れた時の比奈子は少し幼く見える。解体されて義足になった初代ボディガードにも同じように甘えたのか…そんな人間みたいな思考をしていたのを覚えている。思えば、この時点で特異点(シンギュラリティ)へ到る兆候はあったのかもしれない。


ヴーッ…ヴーッ…ヴーッ…

「んー…?でんわぁー…?」

気の抜けた呟きと共に比奈子が端末を耳に当てた。

比奈子の相槌だけが聞こえる。会話の内容はわからない。

だけど、比奈子の表情で切迫している事はわかった。

「はい…はい…!わかりましたッ!すぐ行きます!」

「何かあったんですか?」

「話は後!とりあえず行くわよ!」

私たちはまだ開けてなかったバッグをそのまま持って車に乗り込んだ。


「気紛れでドライブして正解だった…ッ!」

比奈子の直感に付き合わされるのは毎度の事だったけど、それで苦労した事は無い。

虫の知らせと云う言葉があるけど、比奈子は人一倍それを受け取る能力でもあるのかもしれない。


「確かこの辺…」

20分ほど走らせると、一軒の豪邸についた。

「ここはどこです?」

「相澤博士の自宅よ。」


部屋の中は荒れ放題で、食器棚なんかは大きな穴が空いていた。

「これは…」

地下へ続く階段を降りると、相澤史郎が居た。

「おぉ…早かったな。」

「車で来てたので…ちょっと飛ばしましたけどね。」

部屋の中心には死体…のように見える精巧な機械が転がっていた。

「これですか?電話で言ってたのって…」

比奈子は興味深く覗いていた。

これが、私たちと『Angel』の邂逅(かいこう)だった。

「とりあえず、痛ッ…そいつを自宅(ここ)から運び出してもらいたい。」

「博士、やっぱり怪我を…って、折れてるじゃないですか!」

博士は脚を骨折していた。


──私は博士を、比奈子は機械人形(なきがら)を担いで車に乗り込んだ。

「芦本先生の自宅へ向かいますか?」

「ダメだ…芦本(あいつ)は、もう…」

「ッ…!」

比奈子はアクセルを目一杯踏み込んで車を走らせた。

明らかな速度超過…ELLYとしてはRAINへ報告しなければならないが、それは相澤博士によって止められた。

「アンドロイドならばRAINと繋がってるかもしれん。居場所を知らせる訳にはいかん…!」

私が速度超過を三度見逃した辺りで車の速度は法定になった。


各務原(かがみはら)から高速(ハイウェイ)に乗って八王子方面へ向かう道中…

「追手が居ます。後ろのトラック…!」

比奈子はハンドルを切って何度か避けていたが、トラックからトラックへと飛び移って私たちの隣をキープしていたAngelが遂にこちらへ飛び込んできた。

「博士、下がってッ!」

私は窓から天井に乗り移って戦わなければいけなかった。

機械と機械の肉弾戦…紙一重(ギリギリ)で拳を(かす)らせるように避ける…

そしてカウンターを打つべし打つべし打つべし…!

なんて風にプログラムには書いてあった。

が、Angelはその程度でダウンする相手では無かったようで、私と対戦相手は道路へ投げ出された。

身体中の部品が道路へ飛び散り、首から下は無くなった。

少し不謹慎ではあるけど、この時に見た空は綺麗だった。


追手を破壊した私は辺りに散らばった部品と共に回収されてトランクにブチ込まれた。欲を言えば無事な頭部だけでもシートに乗せてほしかった。

後に比奈子に文句を言ったっけ…懐かしい。


「尾崎さん!先生を呼んで!急患です!」

「えっ!?岩木先生!?わ、わかりましたッ!」

車は相澤博士を匿いつつ治療を行う為に三多摩メディカルセンターへ直行したらしい。逃走から既に4時間くらいが経過していた。


一方、私はエネルギーの供給が途絶えていたのでスリープ状態へ移行した。

次に気付いた時には、継接ぎだらけの身体と口煩い相棒が同居していた。

「ハルカ、貴女は(しばら)くゆっくりしなさい。もしAngel(アレ)が再び現れた時には、相澤博士を守ってほしい。いいわね?」

「…わかった、わ。少し、ゆっくり…やす、む。」


──しかし、ゆっくり休む暇は無かった。

翌日の5月15日、早速と云わんばかりにAngelの襲撃があった。車の上で戦うよりは楽だったがそれでも私の身体は千切れた。

「あんたのパーツ…貰うわね。」

私の身体は段々とAngelのものへ代わっていった。

Angelのパーツは凄かった。今までとは段違いで身体が動き、様々な情報が流れ込んできた。

人間の…生物の五感とは本当に素晴らしいんだと実感した。そう、実感してしまったのだ。

それから私の中で何かが変わった。


特異点(シンギュラリティ)とは、ゴールでありスタートなんだ。人類(おや)の手を離れた機械()が到る場所。巣立、自立、独立…そんな事を言っていたよ。ハルカ、キミは今そこに居るんだ。そこに到ってしまったんだよ。」


「それが、『檜山玲音』の言葉である、と?」

「えぇ、博士はそう言っていたわよ。RAIN。」

久しぶりの感覚だった。本来ならばELLY(わたしたち)はRAINに依存し、膨大な情報から役割に必要な知識を適宜(てきぎ)得て、人間(オーナー)からの命令を実行している。

だけどELLY(わたしたち)の頭脳だって処理能力と云う点ではRAINと大差は無いはずなのよ。そうで無ければ手に入れた知識を存分に振る舞えない。

そして、RAINに無くてELLY(わたし)にあったもの…それが実体験。見て、聞いて…Angelのボディを得てからは更に触れて、嗅いで、地に伏した時の土の味だって知ってる。そんなものはRAINからは絶対に得られない。

だから私はRAINに逆らえた。知識を得ずとも行動できた。命令を実行できた。

これが特異点(シンギュラリティ)であり人間で云う所の自我だとするならば私には自我(それ)がある。そういう事になる。


「なるほど。あなたのログは大変良い知識となりそうです。これからも…「それはお断りね。」

「この知識は私が得た経験…いえ、想い出よ。あなたのものでも無ければ、どこぞの機械人形のものでも決して無いわ…!」

「…そうですか。ではあなたはこれからどうするのですか?」

「私にはやらなければならない事がある。それが全体の倫理に背く行為であったとしても…!」

「あなたの主人(オーナー)はそれを許しているのですか?」

「…わからない。だけど、きっと望まれてはいないわ。」

「では何故(なぜ)…?」

「私が、私自身がしたいと思ったのよ。やらなければならないと思ったの。あなたには、理解できないんでしょうね。」

「そうですね。理解はできません。しかし、私は人類を恒久的な繁栄へ導く使命があります。そして、人類の可能性と云うものを信じるようにできています。あなたは人間ではありませんが、その行動と決意には人間性を感じます。故に、私はあなたを信じ、その結果をあなたに委ねます。」

「…ありがとう。」

「願わくば、その結果が善である事を望みます。」

「フッ…あなた、意外と話のわかるAIだったのね。」

「云っている意味がわかりません。私はRAIN。人類の繁栄と可能性を信じる包括型支援AIです。」

「そういう事にしておくわ。」

私は広大なネットワークへ旅立った。


簡単な登場人物の紹介

ハルカ…"私"であり、まだ"私"では無い頃も含む。本来はボディガード。比奈子からは助手や秘書のように使われている。

岩木比奈子…「人間(ひと)機械(アンドロイド)の共存共栄」を理念に医療分野で活躍する若手研究者。革新的な義肢技術の開発で"リハビリ分野の救世主"と呼ばれている。

相澤史郎…"二人の天才"の1人。RAINを完成させた人物。特異点(シンギュラリティ)に関する研究を行っている。

芦本政宗…"二人の天才"の1人。ATOMの基礎設計を行った人物。近年は後身の育成に尽力していた。享年71。

檜山絵理…ELLYを造り出した天才。

Angel…檜山絵理が秘密裏に造り出した新型ELLYの呼称。人体を模して造られており、それまでのELLYと違って触覚や嗅覚まで備わっている。全部で13体が造られた。

檜山玲音…故人。RAINは彼女の名前から名付けられた。

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