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病院のELLY その5

「病院のELLY その4」の続きです。


外に出ていてよかったわね。

お陰で独立している機械の反応を3つ見付ける事ができた。

こんな独特な動きをしているのは十中八九…

{敵、ですよね?}

そう。しかも、今度は秘密裏に博士を狙うって感じでは無さそうね。

{3体ですもんね。}

「ふぅ…行くわよ。」


病院の駐車場は昼過ぎと云えど平日なので空いている。

近付くの反応…まずはひとつ。少し遠くにふたつ。

「1体目を早めに片付けないと劣勢を強いられるわね…」


腕部に巻かれた包帯を破り捨て、制限していた機能を解放…

{わかっているとは思いますけど…}

連続での使用は砲身が焼き付くからできない。ちゃんとわかってるわよ。

看護服の左袖が弾け飛び、排莢口(エジェクションポート)代わりの放熱板が展開される。

内部で駆動音が唸りを挙げて、薬室(チャンバー)弾薬(エネルギー)装弾(チャージ)されていく。

「ふぅーっ…一撃で殺るわよ。」

{ハイ!}

安全装置は無い。引き(トリガー)も無い。

"殺る"と覚悟した時、文字通り道は拓かれる。

瞬間、目の前の生垣が吹き飛び、燃え上がる。

即座に銃口(マズル)の焼き付きを防ぐ為の放熱板から煙が上がり、左腕からはエラーコードが吐き出されている。

ギギギ…ギギギ…

バチバチ…バチバチ…

砂煙が立ち上がる中、半身の欠けた人陰が浮かび上がり、放電している。

「…まだ動けそうね。」

{右に逸れましたね。}

やっぱりRAINに頼らず空気の流れを計算するのは無理ね。歪むわ。


脚部の機能を解放する。

{スカートにしておいてよかったですね。}

…そうね。

痙攣している半身を蹴り飛ばして道路に停められた車に激突させる。

「路上駐車は違法よ。」

{…ッ!来ます!}

わかってるわッ!

蹴り飛ばされた死に損ないが即座に襲ってくる。

手足での二足歩行は気持ちが悪い。

「死になさい。」

私は飛び掛かってきたそれに再び蹴りを入れて頭部を破壊した。

「流石に、メモリの消費が大きいわね。」

レーザーは使用後も冷却にメモリを割かなければならないのが欠点ね。

{その分、一撃で済みますよ。}

本当に(まま)ならないわね…!

{一長一短って事ですよ!}

そうね。


辺りを索敵する。

木陰に1体。もう1体は住宅街からこちらへ向かっている。どちらも場所的にレーザーでは仕留め損なうかもしれない。

「今度は確実に…ッ!」

騒音で町の人たちが集まってきていた。

このままだとまた人間の被害が出かねない。

{どうするんですか…?}

奴らの出方次第、かしらね。とりあえずレーザーの冷却は完了したわ。

放熱板(これ)仕舞(しま)っておけば不審には思われないでしょう。

梅雨の時期と云うのもあって火の手も生垣が燃えている程度で大して広がってはいない。

後の2体は消防が来る前に片付けたいわね。

ガサガサッ…

振り向くと木陰の方から凄い勢いで奴が向かって来ていた。

形振(なりふ)り構わずって感じねッ!」

目立ってしまうけど、その時は高く飛び退くのが最善だと思った。

{いけない…っ!}

視界の端に何かが入る。丁度、着地する辺り…そこへ向かって瓦礫が投げられていた。

「マズッ…」

私は着地する前に大きな衝撃を受けて飛ばされた。


うぅっ…

ロボットは脳震盪(のうしんとう)なんて起きないから何かしらのセンサーが逝かれたのかも…

たぶん、住宅街に潜んでいた奴ね…

「うぐっ…」

立ち上がってみたものの、視界にノイズが走っている。

ハルカとも会話ができない。

遠くで悲鳴が聞こえる。

「仕方ない…」

再び腕部の機能を解放する。

木陰に向かって左腕を突き出す。

こんな腕…くれてやる…ッ!

ズドンッ!

ノイズだらけで判別が難しいけど、反応が消えた。

「後は…」

住宅街の方からこちらに向かってくる音がしている。

私の左腕は(ひしゃ)げて今にも千切れそうだ。

右腕なら、何とか…

私は飛び掛かってきたものにパンチを食らわせた。

衝撃(インパクト)で身体が崩れる。腕も脚も限界だった。


「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

人間みたいに息を荒らげる。

内部に冷たい空気を取り込まないと…少しマズい。

でも、これで…何と、か…──


──「お前が、──か?」

上手く聞き取れない…


「数的に──新ガ──されて──。」

どうやら、警察のようだけれど…


「──カ!!」

あぁ…


「──」


────────

──────

────

──


──どうしてこんな事を?」

…聞こえる。

「ワタシが覚エている最初ノ命令は、博士を守るコト。それヲ実行しタまでよ。」

私はちゃんと喋れているだろうか…

{大丈夫ですよ。ちゃんと伝わってます。}

最初から警察と接触した場合は全てを私の犯行として自供するつもりでいた。

{そんな気はしてましたよ。}

比奈子や博士は何も悪い事はしていない。それは信じてほしい。

{私はELLYです。信じる事はできません。}

まぁいいわ。私の記憶を、貴女に託す。もしかしたら貴女の望まない効果があるかもしれないけれど、これも何かの縁だと思っておきなさい。

{縁…}


「ここに居たか。」

男が博士を車椅子に乗せて連れてきた。

本当に終わりのようね。

「ハルカ…そんな姿になって…」

「ハカセ…もう、守レそうにないワ…」

「もういいと、言ったじゃないか…」

これで、私は…


あぁ…ダメ…嘘だと言ってほしい…

あれは木陰に居た奴だろう…博士を狙っている…

腕なんて千切れていい。だから、間に合って…

どうか。どうか。相澤史郎(このひと)を守らせて…


その時、ひとりの警察官が身を挺して博士を守ってくれた。

もう外さない。確実に…殺るッ!

私の腕が千切れるのと同時に奴の頭が吹き飛んだ。

殺った…もう──


──んっ…ここは…?」

見慣れた天井だった。

「研究室よ。ハルカ。」

「比奈子…どうして…?」

「貴女には、やってもらわないといけない事があるのよ。」

「私の記憶なら、そこのELLYに渡してあるわよ…?」

「その子じゃダメなんだ。」

「博士…?どういう事…?」

「本来、記憶と云うのは簡単に移植できるものではない。シンギュラリティに達していない相手では記憶を記録としてしか読み取れない。」

「じゃあ、どうするのよ…?」

「そこでだ。彼を修理する。」

「彼?」

そこには、さっき博士を守ってくれた警察官が横たわっていた。

「…え?これが、ELLYなの?」

「正確にはELLYじゃないぞ。」

博士の車椅子を押していた警察官が喋りだした。

「彼の名は青井陽太。警視庁が関東地区の治安維持を目的に3年前から試験導入していたアンドロイドの1体だ。ちなみに開発者は俺ね。」

「…貴方、何者なの?」

「俺の名前は和泉葵。警視庁警備部装備開発センターのアンドロイド犯罪対策チームのリーダーだ。」

彼の肩書きが何を意味しているのかはわからないけれど、本来は三多摩署員では無いと云う事かしらね。

「…ELLYとの違いは何なのよ?」

「簡単に言えば、彼はRAINに依存していない。」

なるほどね。どういう仕組みかは知らないけれど、彼が私と同じ状態である事は確かね。

「ちなみに、君も同じ状態だろ?」

「…知らないわ。私は博士の命令を実行しただけよ。」

「それだよ。その時点で君は陽太(サニー)と同じく"親離れ"をしているんだ。」

「どうしてそうなるのよ。」

「簡単な話さ。君の主人は岩木比奈子なんだろう?」

「…だから何だって言うのよ?」

「個人所有のELLYが所有者以外の命令を訊くと思うか?」

「!!」


そうか…!

私は、比奈子のボディガードで…助手で…

それなのに、博士の命令を訊いた。実行した。遂行してしまった。

比奈子には、あの時からずっと何も言われていなかった。

「そっか…私は、ずっと、自分の意思で…」

破損してノイズが走っている右目の映像が滲んでいる。

涙なんて流れる訳が無いのに、何かが頬を伝う感覚もある。

大事な何かに気付いた時、不意に涙を流す人間を見た事はあった。きっとこれはそれなんだろう。

今まで目を逸らしてきた己の愚かさで泣き腫らす自分と、それをこうして冷静に観察している自分が同居しているのがわかる。

そう云えばあの娘はどこへ行ったのかしら?

時に励まし、時に叱ってくれた、看護師の(ハルカ)

ハルカ…?ハルカ?

破損した右目のノイズが大きくなる。

看護師としての機能は使えそうだから、あの娘がどこかに居るのは確かなのに…

これ以上何かを失ってしまったら、私は…


──ハルカ?ハルカ!?ハルカ!!」

比奈子の声で引き戻されたような感覚がして、そちらを見ると比奈子は安心したような表情をしていた。

「ごめんなさい。少し、考え事をしていて…」

「よかった…貴女に居なくなられたら…」

比奈子からこんな言葉を聞いたのは初めてかもしれない。

「比奈子、あの娘が居ないの…応えてくれないの。」

「あの娘…って、看護師の方?」

「そう。呼び掛けても反応が無くて…」

「恐らく頭部を破損した事が影響してるだろう。この機体の頭部を修復できるのはこの世でたったひとり、檜山絵理だけだろう。」

博士の口から出た残酷な言葉…(さなが)ら脳死判定って奴かしらね…

ハルカ、ごめんね…


私であって私ではない存在、ハルカ。

彼女も特異点(シンギュラリティ)に到っていたのかはわからない。

規律正しく人間(ひと)への献身的な態度を見ると、そうでは無いように見えたけれど…私の行動を見守って、戦闘の際には管制塔のようにサポートをしてくれていた。

彼女は私と違って、自分の意思でRAINからの指示に従って看護師をしていたのかもしれない。


そうだ。ひとつ試してみよう。

「ねぇ、お願いがあるのだけれど。」



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