警察官のELLY その9
──2095年、6月22日(Wed)、10:30
内部モジュール…正常
警察プログラム…正常
RAINとの接続…良好
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事件に進展があった。
加賀が言うには、収集したデータを解析していた和泉たちがフードの人物を特定したらしい。
「容疑者が判明したんですか?」
「判明はしたぞ。こいつだ。」
様々なデータを元に切り貼りされた3Dモデル。
それは女性の姿で作成されていた。
「顔までしっかり作られてる…やっぱ凄いな。」
「玄人したぜ…防犯カメラの映像を1フレーム単位で切っては貼り付け切っては貼り付け…そしてRAINにあるデータで補正して…」
和泉の饒舌が止まらないので後半は聞き流す事にした。
「それにしても、彼女は何者なんですか?」
「それは判明している。と云うより、ある人物の証言から既に推測はできてたんだ。」
ホワイトボードにアナログの写真が貼り出された。
「みんなも見た事がある顔だろう。彼の名前は相澤史郎。RAINシステムの産みの親だ。彼は今、三多摩メディカルセンターに居る。」
辺りがざわついているが無理もない。RAINの開発者である相澤史郎と芦本政宗の所在は先月の16日時点で不明となっていたし、報道も不謹慎なほど過激に行われた。
そもそもで云えば二人はテレビやネットの番組に出演するほどの有名人…その"二人の天才"のひとりが目と鼻の先である三多摩メディカルセンターに居た。
「どこでそんな情報を?」
朔夜の疑問は尤もだった。僕も疑問だ。
「それについては私が話そう。」
課長が口元で手を組んで語り始めた。
「私がある人物にアポを取ろうと奔走していたある日。一通のメールが届いたのだ。それは古い型式のメールで、旧来のソフトを使用せねば開けないような代物だった。」
課長…動いてくれてたんだ。
課長が言うには、そのメールは相澤氏本人からのもので、経緯の説明などは書かれて無かったが、人間の警察官を数名寄越してほしいと云う内容だったそうだ。
そこで署長の思いつきで組み直された加賀と和泉を
三多摩メディカルセンターへ送り込んだらしい。
僕と朔夜が事件の洗い直しをする事になったのは、そこで加賀たちが相澤博士の事情聴取をしていたから…つまり、知らない内に僕たちは重要な証言の裏取りをしていた事になる。
そこで証言された内容は、朔夜がした事件予想とも合致していた。
新型のELLYに岐府の自宅で襲撃された所を、その日たまたま医療系の集まりに参加していた元教え子の岩木比奈子の手伝いで三多摩まで逃げ延び、そして怪我をしていた事もあって、三多摩メディカルセンターで入院と云う形で身を隠した事。
その道中、別の新型ELLYに襲撃された際に、破損した警護用ELLYの基幹部分を新型ELLYのボディへ換装したら予想外のバグが発生した事。
この予想外のバグによって起きている事象が、現在起きているアンドロイドパーツの不法投棄…通称"バラバラ事件"だった。
逃走の間も数体の新型ELLYに襲撃された事もあり、その予想外のバグを抱えた状態のELLYは外部からの操作を遮断して二人を守り続けているそうだ。
「バグ…か。」
証言ではそういう事になっているが、それは本当にバグなのだろうか?
本来、バグと云うのは機械を動かす為に設定されたプログラムが他の干渉によって開発者の想定していない動きをしてしまう事を指す言葉だ。
そして、この新型ELLYを開発した人間と云うのは檜山絵理以外にはあり得ないだろう。
あの精巧さで人体を模倣した…ともすれば芸術とも云えるあのパーツを開発した天才だ。
そんな天才がELLYの基幹部分である頭脳の換装程度で起こるバグを放置していたとは思えなかった。
「そのバグ、その新型ELLYの仕様なんじゃないか?」
僕の呟きに和泉や課長が驚いていた。
そんなに変な事を言っただろうか?
──一応の捜査会議が終わって、みんな持ち場に戻る中、僕と朔夜は課長に呼び出された。
そこには仙石さん、土門さん、李さんの姿もあった。
「あれ?和泉たちは?」
僕はその場に居た捜査課メンバーに声を掛けた。
「あの二人は先に病院へ向かわせた。お前たちにも向かってもらいたい。」
「って事は、捜査課全員で出動ですか!?」
「そういう事だ。」
課長の言葉に土門さんが驚いていた。
確かに僕たち全員が同じ現場へ向かうのは珍しい。
それだけ重要なんだと課長は判断したって事だろう。
目的は、相澤史郎とその協力者である岩木比奈子の確保。並びに両名が所有しているELLYの回収だ。
ELLYに関しては、バグによりRAIN側から行動ログをサルベージするのが見込めない以上、ショックガンによる強制停止が行えない。どうにかして穏便に回収する必要がある。
…実弾を扱うのは久々だ。ELLYの手足のみを狙って破壊するなんて人間にできるだろうか?
朔夜は隣でマニュアルをダウンロードしている。
「大丈夫か?」
「私はELLYです。そして、これは私の仕事です。何も問題はありません。」
その言葉はとても無機質で、朔夜がアンドロイドだった事を思い出させる。
──運転している車内でも朔夜の事が気になる。
アンドロイドがアンドロイドを殺めた。そう推理した時から彼女が何を考えているのか、敢えておかしな言い方をするけど、何を思っているのか。気になって仕方がない。
「なぁ、朔夜?」
「はい。何ですか?」
「調子はどうだ?」
「メンテナンスは行き届いています。快調です。」
やはり少し違和感がある。いや、逆に違和感が無いと言うべきかもしれない。
「口調が固いようだけど、何か変化があったのか?」
「意識的にそうしています。私はELLYであって人間ではありません。その線引きの必要性を見出だしました。」
そういう事か…口調や思考と云うのは人間と同じで自身が経験してきた出来事に紐付く。
朔夜は警官業務の中でも聴き込みや被害者対応などで人間と対話する機会が多かった。その中で自分が人間に近付くより、他者と適切な距離感で接する事の重要性が優先されたのかもしれない。それは彼女の中で他者を思いやるような思考パターンが確立された事の証明でもある。
無機質に与えられた仕事だけを処理するロボットではなく、人間と寄り添い本当に人間の為になる行動を選択するアンドロイド。
少し時間は掛かったが、初期状態を脱して一人前のELLYになった事がわかった。もう僕が何かを指導しなくても自分で思考して適切な情報をRAINから引き出していく事もできるだろう。
段々と病院が近付く。これまでにも何度も行き来した道だが、その日は様相が違っていた。
散らばる瓦礫、煙を上げて燃え盛る車両、折れた街路樹、負傷者も多数見受けられ、まるで戦車砲でも撃ち込まれたかのような惨状だった。
「おいおい…なんだよコレ…」
土門さんが車を停めて救助に向かっていた。
僕たちも車を降りて手伝う。
「こんなの警察の手に負えるの…?」
仙石さんは珍しく呆然と云った風だった。
「青井、俺たちは病院へ向かうぞ。」
加賀と和泉、僕と朔夜のペアは病院へ急いだ。
病院の駐車場は主戦場となったのか酷い有り様だった。停めてあったであろう車は悉く大破炎上し、周辺の街路樹を燃やしていた。
砂煙も舞っていて、激しい戦闘が行われていた事は容易に想像できた。
しかし病院自体は窓ガラスが割れている程度の被害しかなく、それを背にして1体のELLYが鎮座していた。
「お前が、ハルカか?」
加賀がELLYにそう問い掛けると、そのELLYは加賀の方を向いて一度だけ頷いた。
そのELLYの脚部は大破し千切れ飛んでいた。
腕もあらぬ方向へ捻曲がっていた。
その周りには見覚えのあるレーザー痕のある義肢や人工臓器が散らばっていた。
「数的に2体以上の新型ELLYが破壊されています。」
朔夜が淡々と現場の状況を解析している。
不利な防戦で病院をここまで守ったなら、このハルカと云う名のELLYは相当な戦闘経験値があると思われる。自分たちが対峙していたら死人が出ていたかもしれない。
「ハルカ!!」
見覚えのある女性が鎮座しているELLYの元へ駆け寄った。
岩木比奈子。この事件のキーマンのひとりであり、僕たちが確保しなきゃならない人だ。
「比奈子…」
加賀の心中を正確に推し量る事はできないが、この結末は加賀にとって喜べるものでは決して無いだろう。
しばらくして救急隊や交番警官などがやってきて、僕たちは1人と1体を連れてその場を離れた。
「あなたはどうしてこんな事を?」
ハルカを運ぶ朔夜がそう問い掛ける。
「ワタシが覚エている最初ノ命令は、博士を守るコト。それヲ実行しタまでよ。」
破損した右目部分から垂れてきた液体が涙のように見えた。
「ここに居たか。」
車椅子を引いていた和泉が合流してきた。そこには相澤博士が座っていた。
「ハルカ…そんな姿になって…」
「ハカセ…もう、守レそうにないワ…」
「もういいと、言ったじゃないか…」
涙が滲む声を必死に隠す相澤博士の姿は、見ていて辛く…
…ん?
あれは…
危ない…!
気付けば僕は和泉たちを押し退けていた。
身体が勝手に動いた。
僕の目には、ハルカと同じく大破しながらも博士の命を狙うELLYの姿があった。
──2095年、6月22日(Wed)、11:52
内部モジュール…正常
警察プログラム…正常
RAINとの接続…良好
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何が起こったのか私には理解できなかった。
私に名前をくれたその人が、常に私の隣に居てくれたその人が、凶弾に倒れた。
私が抱えていたモノが即座にその仇敵の頭部を撃ち抜いた。
青井陽太。階級は無い。なぜなら、彼もまた私と同じく機械だから。




