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高校生のイヴ その8


──2095年、6月20日(Mon)、13:45

三多摩メディカルセンター

────────────────


──うぅん…」

「お目覚めのようね。」

あれ…?ここは…?

「悪いけど、貴女にはしばらく大人しくしてもらうわよ。」

「な、何を言って…」

「府中…それと、三鷹。それで通じるかしら?」

それって…つまり…

「つまり、貴女が…」

「理解したなら、大人しくしてなさい。」


「…私をどうする気?」

「何度も言ってるでしょ?大人しくしてなさい。って。」

「ホントにそれだけ…?」

あれだけの事をする人がそれだけで…ん?いや、待って…人じゃないって事は…

「まぁ、抵抗してもいいけど、その時は安全を保障できなくなるわ。」

とりあえず、今は考えよう。

どうすれば無事に出られるか。

「…わかった。大人しくする。」

「悪いわね。それじゃ。」

扉が閉まり、ガチャリと鍵が掛かる音がした。

少し整理しよう。

私を閉じ込めた犯人はELLYだ。

誰かの命令や破壊行為のプログラムを実行してるだけのはず…つまり実行犯。

「黒幕は…他に…?」

少なくとも、病院内に協力者が居るはずだ。

そうじゃないと制約の多い看護師タイプのELLYが病院の外で活動できる訳がない。


不思議な点はもうひとつある。

それは、あのELLYのカスタマイズだ。

他のELLYとは一線を画すほど精巧で人間らしい造形の見た目。

反応も、量産型と揶揄されるような雑で不自然なものじゃなかった。

もしかしたら個人所有かと思ったけど、それだと看護師をやってるのが不自然。

って事は…?

「もしかして、看護師じゃ…ない…?」

だとしたら何だ…?研究員は違うだろうし…

うーん…あぁ、もう!

情報の授業ちゃんと受けとくんだった…!

知識が無いから推測すらできない…!


よし。一旦犯人の事は置いておこう。

相手の正体よりここから出る方が大事だし…

幸いにも手足の拘束は無いから室内を物色できるし、持ち物も取られていない。まぁ、電波が入らないからだろうけど。


扉の鍵は、見た感じだとそんなにしっかりしてないから、やろうと思えば蹴破れそうだけどセキュリティがどうなってるかわからないし、この部屋から直で外に出られるとは限らない。

だからまずは外と連絡を取るのが良さそうな気がする。

窓は、天井付近に小さいのがひとつ。サイズ的にスマートグラスや携帯端末くらいなら外に出せそうだけど、日が射してる感じじゃないから病院内のどこかなら裏口側の可能性が高い。周りのビルが邪魔して電波は入りにくいかも。

室内は、天井に備え付けられた頼りないLED照明がひとつ。ベッド代わりに使えそうな革のソファがひとつ。食べ物や飲み物が入った小さな冷蔵庫を始め、家電はどれも年代物で私みたいなレトロ好きには堪らない感じ。棚があるから漁ったら何かあるかな?

それと、何か作業したような汚れがあるテーブル。

どれも私ひとりで持ち上げて窓を割ったりするには相当苦労しそう。

奥へ続いてる扉がひとつあるけど、ノブは切り落とされてるしビクとも動かないから溶接されているのかもしれない。

これ…出られるのかな…?

彼女が言った『大人しくしてなさい。』の意味が理解できた。


それにしても…

「ここって何をしてる場所なんだろ…?」

テーブルの汚れも気になるけど、冷蔵庫の中身だ。

開封されたものはひとつも無いけど、どれも数日前には買い揃えられた感じだ。

私を捕まえて閉じ込めるならもっと前からやってるだろうし、そもそも病院に来た理由は検査だから彼女が時間帯や場所を把握できる訳がない。

やっぱり看護師型のELLYじゃなくて変装してる?

うーん、わからない。何かが足りない感じ。


やっぱり脱出する事を考えよう。

棚には鍵が掛かってるけど…

「あっ。」

無理して引っ張ったら開いた。

棚の中には一冊のノートが入っていた。

「今時…紙のノート…?」

文字が(かす)れていて全てを読む事はできそうにないけど、かなり古いものかもしれない。

「えっと…56年…?政宗くんと史郎くんに連絡…?」

そこには『丹羽玲音』と云う女性とふたりの天才のやり取りが記されていた。

「芦本ラボと共同で開発…既存のAIとは一線を画す構造…これって…」

「RAINの開発日誌よ。」

!!

完全に油断した。読むのに必死で気付かなかった。

そこには、大切な友人の命の恩人が居た。

「比奈子さん…」


「ハルカが連絡を寄越さないから様子を見てみれば…これはどういう事かしら?」

ハルカ…じゃあ、比奈子さんは黒幕なんだ…

「答えなさい。貴女はこんな所で何をしているの?」

その手にはドラマやアニメで見た事があるものが握られていた。

「…お医者さんが、拳銃(そんなもの)を人に向けていいんですか?」

「殺したりはしないわよ。ただ、これだけで動けなくなるでしょう?」

まさかリアルで拳銃で脅される日が来るとは思わなかった。

確かに動けない。まだ死にたくないし、痛いのも嫌だ。こんなのはゲームの世界だけにしてほしい。

「わ、私はッ!…その、ハルカってELLYに閉じ込められて…」

どうせ何を言っても相手にとって都合が悪ければ、私の身体には穴が空くんだ。嘘をついても仕方ない。

「そう。それは悪かったわね。」

比奈子さんが拳銃を懐にしまった。あっさり。

「えっ?信じるんですか…?」

「貴女が関係者ではない事はわかっているもの。ただ、興味本位で忍び込んでいたなら看過できなかった。それだけよ。」

この口調…あのELLYは比奈子さんを真似ている。たぶん持ち主だ。

「あの、助けてくれませんか?このままだとビビも心配するし…」

「助けてあげてもいいけど…困ったわね。解放するには、それを読んでしまっているし…」

…言われた通り大人しくしていればよかったかもしれない。


もう賭けに出るしかない。

「だったら、秘密を共有させてください。」

「それをして私たちに利点はあるのかしら?」

「ありますよ…少なくとも漏洩の可能性が減ります!」

「身内が裏切る事だってあると思うけど?」

「うっ…」

「貴女、交渉下手ね。」

ど、どうしよう…このままじゃ、無事に帰る事なんて…

「まぁいいわ。貴女を解放してあげる。但し、監視をつけるわ。もし貴女が通報したり誰かに話したりしたら…わかるわね?」

「わ、わかってます…言いませんよ。誰にも…!」

「貴女が話のわかる人で良かったわ。イヴちゃん。」

この人、こんな顔もするのか…

逆らえば何をされるかわからない…!

怖い…

帰りたい…

ビビに会いたい…!

解放された私は一目散に逃げ出した。

実際は、精神的な疲れでフラフラと歩いていて、とても一目散なんて呼べないような無様な姿だろうけど、それでも帰巣本能でもあるのかって感じでビビの家に辿り着いた。

本当に、どう帰ったんだろう…


──ビビが出迎えてくれた事は何となく覚えているし、その後の私はビビにべったりだった事も覚えている。

「大丈夫?イヴ?」

「うん…大丈夫…たぶん、人酔いだから…」

嘘では無いけど真実でも無い事を口走っている。

こうすればビビが何も訊き返して来ないって何となくわかっていたし、私も『比奈子さんはビビが思ってるような人じゃない。』なんて言いたくなかった。

「よしよし…」

あぁ、ビビの手が温かい…

「ビビ…」

「ん?何?」

「ううん…何でもない…」

つい声に出てしまっただけだから。


どれくらい甘えていたのかわからないけど、その日はそのまま泊まる事になった。

友達の家に連泊する事をメッセージしたら親に彼氏だと疑われたけど、仮に彼氏だったとしても私は親と違って自制が効かない人間じゃない。

なんて思ってる私はビビの肩に頭を置いて充分に自制が効いていない。

今だけ…今だけ…

たぶん両親はそうやって気分に流されて私を作った。

親なんて嫌いだ。

あぁ…考えたくない。

ビビの事だけを考えていたい。

家族の事も、事件の事も、何もかも忘れてしまいたい…


──気付いたら私は眠ってしまっていたのか、頬に触れているカーペットがごわごわしていて不快だ。

…毛布は、ビビが掛けてくれたのかな?

ビビはベッドで寝ていた。寝顔が可愛い。


──2095年、6月21日(Thu)、01:27

登録:ビビの家

────────────────


スマートグラスの時計は深夜を指し示していた。

微睡みの中、またネガティブに入りそうなのでベッドに潜り込む。

「ごめんね。ビビ…」

ビビに抱きつく。温かくて、いいニオイ…

我ながらキモいな…

ふふっ…


──ヴ。…イヴ。…イヴ!」

「ふぁい…!」

「よかった…やっと起きた。」

ちゃんと眠れたのか、頭はスッキリしていた。

「学校、どうする?」

「…行く。」


私は朝の準備を済ませた後、ビビにワイシャツを借りて着替えた。

なぜかわからないが、自分のよりワンサイズほど大きかった…ホント、なぜかわからないが。


…くそぅ。





知ってしまったこと

・丹羽玲音…ノートの中に出てきた女の人。世間ではRAINの開発者を"二人の天才"なんて云ってるけど、もしかしたら本当は三人だったのかもしれない。


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