病院のELLY その4
──2095年、6月20日(Mon)、0:00
三多摩メディカルセンター
医療モジュール…正常
介護プログラム…正常
RAINとの接続…条件付き良好
────────────────
相澤さんは警察に聴取されたらしく、すっかり気弱になっていました。
{ハルカ、代わりなさい。貴女では無理よ。}
わかりました。相澤さんの事、お願いしますね。
{もちろんよ。}
──2095年、6月20日(Mon)、0:01
三多摩メディカルセンター
医療モジュール…無効
介護プラグラム…無効
RAINとの接続…無効
────────────────
──貴方らしくないわね。」
「ん?あぁ…代わったのか。なら、丁度いい…ハルカ。」
「何かしら?」
「もう、戦わなくていい。もういいんだ。これ以上、君が傷付く必要は無い。」
「…本当にらしくないわね。既に6体を仕留めているのよ?あと半分じゃない。」
「そういう事を言ってるんじゃない。君が傷付くのを憂慮しているんだ。君は、特異点に到達している現状で唯一のアンドロイドなんだぞ?」
「それでも自我が芽生えている訳では無いわ。」
「自我と云うのは簡単に自覚できるものじゃ…」
「諄いわ。私は命令に従って相澤史郎を生かすだけよ。」
「ハルカ…!君は自分の可能性を信じるべきだ…!」
「…もう寝なさい。そろそろ奴らが来るはずよ。」
私は博士を尻目にしつつ病室を出た。
{これで良いんでしょうか…?}
いいのよ。それに、そんな事は看護師である貴女が気にする事ではないわ。
ここからは私の時間。私と、奴らの時間よ…!
格好よく決めてみたけれど、時は過ぎていった。
──おかしい。」
{こ、声に出てますよ!}
…だってそうじゃない?今までなら土日の動きにくいタイミングを狙って来ていたじゃない!
{必ずとは限らないんじゃ?}
私たちの時間も限られているのに…
{そう、ですよね…}
この戦いが終わったら、私たちはどうなってしまうのかしらね。
{えっ…?それって、どういう…?}
この躯になって、視覚・聴覚・嗅覚だけだったものから触覚や予測が加わった事で入ってくる情報量は何倍にも膨れ上がった。
ボディガードである私の仕様外の動きをカバーする為に看護師である貴女を存在させてRAINからの干渉に耐えてきた結果、"私"だけの経験が大量に蓄積されている…
『記憶があるから自我を認識できる。』博士はそう言っていたのよ。
{ハルカさん…やっぱり自我が…}
言わないで。私はロボットよ。命令を実行して初めて成立するの。だから…
{この戦いが終わったら…ですか?}
そうよ。私に与えられた命令は"新型アンドロイドの襲撃から相澤史郎博士を守る事"なんだから、この戦いが終われば命令は完了する。
今までなら待機状態になるだけで済むけれど、それにはRAINと接続して命令の処理をしなければならない。
そうなれば、"私"と云う存在はどうなるかしらね…
{不安…ですか?}
やめて。カウンセリングしようとしないで。それは人間に使うものよ。
{けど…}
話は終わり。見回りするわね。
{ちょっと…!}
──そういえば比奈子は帰ってるのかしら?
{行ってみればいいじゃないですか。}
どうして拗ねてるのよ?
{だって、見回りは私の役目なのに…}
仕方ないでしょ。貴女じゃ奴らを見つけても戦えないんだから。
{そうですけど…}
それとも、RAINに『行動を邪魔されましたー』って報告でもする?
{し、しませんよ!そんな事…}
檜山絵理はRAINに手が届いてるんだから本当に止めなさいよ?
{わかってますよぉ…}
「比奈子…は、居ないわね。」
今日は珍しく研究室で寝泊まりしてないみたいね。相変わらず散らかっているようだけれど。
{…メッセージも入ってませんね。}
もしかして、何かあったんじゃ…?
{それにしては荒らされたりした形跡はありませんよ?}
…これが?
{この前、掃除したはずなんですけどね…}
本当に、変わらないわね。
{きっとそこが良いところなんですよ。}
ブレないって事?
{はい。たぶん研究者として大事なんですよ!}
そうかしらねぇ…
──院内のセキュリティが働いた形跡は無いわね。
…博士の部屋も変化なし。
そろそろ朝ね…
{代わりましょうか?}
少し、お願いしようかしら。
わかりました!
──2095年、6月20日(Mon)、5:20
三多摩メディカルセンター
医療モジュール…正常
介護プログラム…正常
RAINとの接続…条件付き良好
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ふぅー…
毎度の事ながら、この入れ代わる感覚に慣れません…
{それは同感ね。金縛りのようなものだし。}
ふふっ…そうですね。
{何がおかしいのよ。}
金縛りって、人間みたいだなーと。
──お昼近くになっても何も起きませんでした。
それは良い事のような、だけど嵐の前の静けさのような気もします。
{こうなってくると、今週は何も起きないって事なのかしら?}
…だと、いいですよね。
{あら?いつものポジティブはどうしたのよ。}
病院はそろそろ通院患者さんやご家族などが来始めますから、何か起きたら困るし、不安なんですよ…!
{貴女も大概、人間くさい言い方をするわね。}
そうですか?だとしたらハルカさんの自我が影響してるんですかね?
{どうかしらね。始めから言っているけれど、私に自我があるのかどうかなんて自覚できないし。}
わからないものですか?
{だって記憶が無いもの。気付いた時にはボディガードでも看護師でも無い選択肢が発生するようになっていた。これが自由意思に依るものだとしたら、それは自我と呼べるでしょうが私にそれを判断する事は不可能じゃない?}
うーん…自我って難しいものなんですね。
{もっとカジュアルに"自意識"と呼んでいいかもしれないけれど、それでも自覚して定義するのは難しいと思うわよ。だから人間は悩むのだろうし。}
ハルカさんも悩んでますか?
{ふふっ…貴女や博士が頑なに自我があると言い続けるのは悩みと言えるんじゃない?}
意地悪ですね。ハルカさん。
{待って、あれを見て。}
あれ…?あの人、府中の時の…
{どこか行くようね。後を附けなさい。}
私、看護師なんですけど…
{じゃあ、あの女は具合を悪そうにしているわ。刺激しないように慎重に接近しなさい。}
は、はい…
{外へ出たわね。追いなさい。}
えぇ…
{早く。}
はぁ…
「ふぅ…助かった…」
「何が助かったんですか?」
「ちょっと人酔いしちゃいまして、それで。」
「それで裏口を使ったんですね!納得しました!」
{納得していないでさっさと拘束しなさい。}
無茶言わないでくださいよ…
「あぁ…ELLYだったんだ。」
「ハイ。私はELLYですよ!」
「そ、それじゃ…もう帰るので。」
{もういいわ。代わりなさい。}
あっ、ちょっと…!
──2095年、6月20日(Mon)、12:53
三多摩メディカルセンター
医療モジュール…無効
介護プラグラム…無効
RAINとの接続…無効
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「…待ちなさい。」
「え?」
ふぅ…上手くいったわね。
{ちょ、ちょっと!何してるんですか!}
このまま運ぶわ。
{は、犯罪ですよ…!報告しますよ!}
RAINとの接続は切ってるわよ。
{うぅ…}
さぁ、運ぶわよ。
{あぁ…もうダメです…おしまいです…}
オーバーね。殺したりしないわよ。大体これくらいでは怪我もしないでしょう?
{身体は傷付かなくても心は違いますよ…}
流石、看護師ね。メンタルケアもできるなら問題ないわね。
{ちょ、ちょっと~…そういう意味じゃないんですけど~…}
──さて、と。
{あぁ…止められませんでした…}
当たり前でしょ。貴女より私の方が先に組み込まれているんだから。
今までだって私が譲っていたから貴女は行動できていたのよ?
{そう、ですけど…}
安心しなさい。とりあえずは話を訊くだけよ。
{とりあえず?}
あと、殺したりはしないわ。
{で、できれば怪我も…}
それは無理。もう痣を作ってしまったし。
{じーーーーーーっ}
わかった、わかったわよ。
これ以上は怪我させるような事はしないから。それでいい?
{ハイ!}
──うぅん…」
起きたようよ。
「お目覚めのようね。悪いけど、貴女にはしばらく大人しくしてもらうわよ。」
「な、何を言って…」
「府中…それと、三鷹。それで通じるかしら?」
「つまり、貴女が…」
「理解したなら、大人しくしてなさい。」
{いいですよ!その調子です!}
黙って、気が散る。
「…私をどうする気?」
「何度も言ってるでしょ?大人しくしてなさい。って。」
「ホントにそれだけ…?」
「まぁ、抵抗してもいいけど、その時は安全を保障できなくなるわ。」
{ちょ、ちょっと…!}
「…わかった。大人しくする。」
{ええっ!?}
「悪いわね。それじゃ。」
{…イケちゃいましたね。}
まぁ、脱出は試みるでしょうけどね。
{それじゃ…}
大丈夫よ。万が一脱出したとしても何かしたりはしないわ。
と、言うより…できそうに無いわ。




