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警察官のELLY その1


──2095年、6月2日(Thu)、09:46

起動チェック…

内部モジュール…正常

警察プログラム…正常

RAINとの接続…良好

────────────────


ATOMと代替わりする形で配備されたELLY、今日からこいつが僕の相棒になるって話だったが…

首の後ろにあるスイッチを長押しすると、ELLYの内部回路が淡い光を放ち、起動した事を知らせてくれる。

「…オハヨウございます。」

艶やかな黒髪が肩の辺りで切り揃えられている。

『和泉』の趣味だろうか?

「あぁ…おはよう。昨日、起動テストはしたんだっけか?」

僕はELLYの肩に残ってた髪を手で払ってやる。

本来、一度起動させたELLYをシャットダウンさせる事は滅多にない。

常に稼働し、常に学習させる事で成長していくのがELLYだ。

「はい、初期確認は完了しています。」

「そうか、じゃあ…君に名前をつけないとな。」

手の甲が淡く光ってる。

他でも見慣れた光景だが、これを見ると人間との違いを嫌でも実感する。

ELLYが思考中だったり学習中だったりするとこうなる。

要はロード中という奴だ。

「いえ、私に名前は必要ありません。」

初期段階のELLYは機械的でとても無機質だ。

…ATOMの方は、ずっとこんな感じだけど。

僕は故障して放置されたATOMをチラ見した。

「君自身には必要ないかもしれないが、一々『おい!』とか『そこの奴!』って呼んでたら不便だろ?」

「…そうでした。警察官はチームワークが大事でしたね。」

ん?少し思考が飛躍してるな…昨日の内に何か教わったんだろうか?

…まぁ、後で訊けばいいか。

初期段階のELLYには教科書や説明書では学べない事を教える必要がある。

そうする事でELLYの反応が人間らしくなる事は言うまでもない。

と言っても、勝手に周りの環境を学習して経験値にするから性格をコントロールするような事はできない。

まぁ、善人にばかり触れさせれば自然と善人になるだろう。

「…とにかく、君には名前をつける~…んだが、そうだなぁ…『サクヤ』なんてどうだ?」

「サクヤ…?」

手の甲が淡く光る。

「因みに文字は『朔夜』だ、わかるか?」

僕は手帳に書いて見せてみた。

やはり手の甲の回路が淡く光ってる。

「わかりました、私の名前は朔夜。」

「そうだ。因みにだが、この字(朔)には始まりとかそういう意味が込められてるんだ。縁起よさそうだろ?」

「縁起…?」

手の甲が淡く光ってる。

しっかりと学ぼうとしてるんだから微笑ましいが、割と目立つんだよな。

「…まぁ、そのうちわかるさ。」

下手に説明してやるより自分で答えを導き出した方が個性になって良いだろう。


…さてと、捜査員のデータが入ってるだろうから色々と確認しないとな。

「朔夜、僕の名前はわかるかい?」

「あなたは『青井陽太』さん、『サニー』と呼ばれています。」

「そんな所までデータに入ってるのか。」

「はい、備考欄に『陽太だからsunny』と記されています。」

「アイツ、他にも余計なこと入れてないだろうな…?」

僕は頭を軽く掻いた。

「まぁいいか…それじゃ、他の連中にも挨拶しに行こう。」

「挨拶…わかりました。」

手の甲が淡く光る。


僕が歩くと朔夜はついてきた。

ELLYは自律性が高い、こいつもいつか一人で歩く日が来るのだろうか。

そんな事を思いながら捜査課に入る。

室内は閑散としていて、各々が担当事件の捜査に出ている事がわかる。

「みんな出た後か…」

軽い朝礼を済ませた後は大体が聴き込みか何かで出払ってしまう。

いつの時代も警察官はあまり変わらないのかもしれない。

あ、課長には挨拶できそうだな。

「課長、連れてきました。」

「ん、ご苦労。」

相変わらずハゲてんなぁ。

「朔夜、"挨拶"して。」

手の甲が淡く光る。

すると朔夜は課長を指差して。

「あなたは『鮭川大輔』さん、『捜査課の課長』で『怒ったら怖いハゲ』です。」

僕は、冷や汗が出そうになった。

「あれ?おかしいな…"挨拶"だぞ?おはようございますとかあるだろ?」

そう言うと朔夜は再び課長を指差して同じ事を言い出した。

「どうやら、奴が何かしたようだな。」

課長も僕も犯人の目星はついていた。

「どうです?俺が入れた"挨拶"をトリガーにしたアクション。」

犯人は現れると同時に自供した。

「よっ、『超絶イケメン名刑事』。」

朔夜からパンパカパーンと気の抜けた効果音が流れつつ棒読みでヨイショされる犯人。

「そんな風に言われたら照れるぜ~!」

課長の眉毛がピクリと動いた。

僕は安全の為に一歩退いた。

「お遊びで公的なデータを改竄するとはいい度胸だな和泉ぃ!」

課長は目にも止まらぬ速さで犯人を確保した。

「ジョーク!ジョークですって!すぐ戻しますってぇ!」

僕が朔夜と名付けたことを教えると課長から解放された和泉は「畜生、ハゲオヤジめ…」とかボヤきながらデータの修正をし、再び課長に拘束され、連行されていった。

この男、和泉葵は、こう見えて警察学校を首席で卒業したエリートらしい。

情報工学にも精通していて、アンドロイド関連の事件が増えてきた現代では非常に助かるんだが…ネタとは云え公私混同するのは僕もどうかと思う。

まぁ、どこか頭のネジがブッ飛んでるのかもしれない。


「おっ、そいつがお前の相棒になんのか?」

ボサボサ髪の男が寄ってきた。

「そうだけど…『加賀』、もしかしてまた徹夜か?」

目の下にうっすらとクマができてる。

「…一応寝たぞ、デスクでな。」

朔夜の手の甲が淡く光る。

「初めまして、加賀さん、私は朔夜と申します。」

「よしよし、ちゃんと挨拶できて偉いなァ!」

「ありがとうございます。」

どうやら正常になったらしい、腐っても和泉だ。

「さっきまで指差して名前と備考欄読み上げてたんだよ。」

僕はさっきまでの朔夜を教えてやった。

「テスト起動の時に遊んでたからな…あいつ。」

じゃあ遊んだ後で設定直せばよかったのに…


「まったく…最近の若いもんは…」

課長がハゲ頭を掻きながら戻ってきた。

「課長、俺ちょっと着替え取ってきます。じゃあな、青井。」

僕は加賀に手を振る。

ちゃんと休んだ方がいいぞ、加賀。

まぁ、言っても聞かないけど。

「…課長も大変ですね。」

「ん?あぁ…和泉の件か、そうだな。まぁ、優秀なのは確かなんだがな…」

課長がハゲ頭を掻いてる。

そんな事をボヤきながら課長は座席に戻っていった。

「さてと、どうすっかなぁ…」

僕も自分の椅子に座ってモニターに向かう。

正直、担当していた事件の報告書は書き終えてるから今はやることがない。

本当なら加賀や他の捜査員が抱えてる事件を手伝う所だが、ELLYの世話役をする事になった。


その時、署内にアラートが響く。

『警視庁から各局。警視庁から各局。三多摩区南日野XX-Xで人間の腕と思われるものを発見との通報。直ちに現場へ…』

「朔夜、僕についてきてくれ。」

「わかりました。」

僕は席を立ち、足早に駐車場へ向かう。

朔夜は後をついてくる。

僕が運転席に座ると朔夜が助手席に乗った。

「緊急走行だ、わかってるよな?」

「…わかってます。」

大丈夫かな…?

僕は現場に向けて車を飛ばした。

「安全運動を心掛けてください。安全運動を心掛けてください。安全運動を──

「やっぱわかってなかったかー!」


不毛なやり取りをしながら車を走らせ、現場に辿り着く。

「ふぅ…朔夜は車内で待っていてくれ。」

「わかりました。」

僕は朔夜を車内に残しておくことにした。

初期からあまり刺激的なものばかりを与えるべきじゃないと思うからだ。

まぁ、どうせデータとして拾う事になるだろうが。


現場は凄惨の一言だった。

発見時はビニールシートから手足のようなものが出ていただけだったようだが、捲ってみるとその先は無く、シートの中は真っ赤な水溜まりに何かが蠢くモザイク必至の状態だったそうだ。

お陰で第一発見者は貧血か何かで卒倒し、お付きのELLYがそれに気付いて諸々を通報したらしい。

シートを完全に捲ると、腕の他にも幾つかのパーツがあり、大半は腐敗してるのか何かしらの生き物の糧になったのか損壊が激しかった。

しかし、注視すると幾つかには人工的に切断されたような跡が見られ、全体がブルーシートで覆われていた事と合わせても、殺人や死体遺棄だろうと云うのは明白だった。


明白だったんだが…

「これは人体ではありませんね。」

現場に入っていた鑑識官のELLYが断言した。

「人体じゃない?どういうことだ?」

僕やその場に居た他の警察官たちも疑問を投げ掛ける。

「正確には、生物ではない、ですね。ここを見てください。骨などが見えてると思いますが…簡易的なセンサーを通した結果、特殊な素材であると判明し、少なくとも生物の骨とは明らかに組成が違うのです。」

鑑識官が実際の画像とセンサーを通した画像を比較して見せてくれた。

「これが、骨じゃないってのか…?」

近年は精巧な義肢が出てきてはいるが、ここまでのものは聞いたことも見たこともなかった。

「筋組織や血液においても同様で、有機体である事は確かなのですが、少なくとも人間のものではありません。」

鑑識官がそう言う以上、簡易的でもそうなのだろう。

僕は車に戻って朔夜に訊いてみた。

「最近の代替技術はあんなに精巧なのか?」

朔夜の手の甲が淡く光る。

少し質問が抽象的すぎたか?

「…今回の事件に関連して、ですね?確かにあれは現在公表されているどの技術よりも精巧な造りだと思われます。」

「やっぱりかぁ…」

ELLYの誕生によって、人体の代替技術は日本の主要産業のひとつとなっていた。

その最高傑作と言っていいくらい精巧なものがこんな空き地でブルーシートに雑に包まれた状態で見つかった。

誰がどう見ても、この事件は異質なものだと思うだろうな。

「朔夜、少し聴き込みしよう。いつの時代も現場百篇だ!」

「現場百篇…!」

僕たちは他の警察官たちと連携して近隣住人に聴き込みをしたが、得られたのは朔夜の経験値くらいだった。


本部に戻ると、備え付けのホワイトボードと大型のモニターにアナログとデジタルの情報が所狭しと並べられ、それをみんなで整理していた。

こういう時は和泉もちゃんとしてる。

加賀は小綺麗な格好でデータを打ち込んでるので、ちゃんと帰れたんだろうな。

事件を掛け持ちしてるし、手伝えたらいいんだが…

「おぉ、戻ったか。とりあえず座れ。」

僕は課長の声に軽く返事をして席に着いた。

捜査会議では被害者の情報や現場の状況、鑑識官や検死官の報告が捜査員に共有される。

一応、支給されてる端末内にも共有されるが、確認を怠らない為の措置としても会議は重要だ。

今回の場合は『アンドロイド並びに代替部品の不法投棄』に相当する案件で、僕たち捜査課の本領とは少し外れている。

「おい、青井。」

加賀が声を掛けてきた。

「どうしたんだ?」

「課長がお前たちと組めだとさ。」

「たちって事は、朔夜もか?」

「そうだ。…とは言っても、俺は別件もあるからそこまで突っ込めないけどな。」

「わかった。」

朔夜は会議の影響か手の甲がずっと光っていた。

「朔夜?大丈夫か?」

すると少し間を置いてから、

「大丈夫だ、問題ない。」

朔夜がそう答えた。

加賀の反応的に後で和泉にクレームを入れた方がよさそうだと思った。


直後、課長から再度指示があって、僕と加賀と朔夜のチームで、この辺で一番の規模を誇る三多摩メディカルセンターへ向かうことになった。

後ろで和泉が課長に怒られてる気がするけど、たぶん気のせいだろう。


三多摩署刑事捜査一課アンドロイド犯罪対策班

捜査員リスト参照

・朔夜…捜査課に配備されたELLY。

・青井陽太…捜査官。※陽太だからsunny。

・鮭川大輔…捜査課の課長。※ハゲのアニオタ。

・和泉葵…警察学校を首席で卒業した"天才"警察官。※ややこしいから苗字で呼ぶこと。

・加賀豊…最近配属された警察官。※元公安。



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