高校生のイヴ その6
──2095年、6月19日(Sun)、11:00
八王子某駅前
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休日の朝はそれなりに人通りがある。
梅雨のじめっとした蒸し暑い空気が纏わりついてきて、上着を脱いだ。
そもそもで云えば、昨日のアレもあって家に引き籠りたかったけど、同じ理由でビビの事が気になった私は朝イチでメッセージを飛ばして会いに行く約束を結ばせた。
道中の乗り慣れたはずの電車やバスも、不安から警戒せざるを得なかった。
前からやってくる通行人ですら、辺り構わず破壊して廻るような存在に感じて私の警戒心が刺激されてしまっていた。
気をつけては居るけど、たぶん今の私なら普段のビビくらいには職質されそうだなーって思う。
それくらい不審に見えてしまっているかもしれない。
さっさとビビの家へ行こうと、角を曲がる。
自然と歩調は早くなって、卸したての靴がギュムギュム音を立てて足と擦れる。
昨日帰ってきた時、履き慣れた靴が壊れちゃったんだから仕方ない。
ビビの家のインターホンを鳴らすと、特に待たされる事なく扉が開いた。
「イヴ!いらっしゃい!」
心なしかテンションが高いビビ。
昨日の今日だから逆に心配。
「うん。お邪魔します。」
玄関には見慣れない靴が並んでいた。
「誰か来てるの?」
「イヴも知ってる人だよ。」
靴を脱いで丁寧に揃えた後、ビビを追ってリビングへ向かうと、そこには昨日お世話になった茜さんと弥生さん。それと、見知らぬELLYが居た。
「ELLY…?」
「初めまして。朔夜です。よろしくお願いします。」
朔夜と名乗ったELLYは礼儀正しい所作でお辞儀をした。
たぶん警察関係で配備されたヤツだろうけど、茜さんも弥生さんも、ちょっとデリカシーが無いなって思う。昨日のアレは確実にELLYの行動なのに…
「よ、よろしく…お願い、します…」
自分でも挨拶がぎこちなくなってるのがわかる。
「松本さん、朔夜は味方よ。」
茜さんも弥生さんも微笑んでいる。
昨日のアレでELLYに対するトラウマができないように敢えて連れてきたって事なのかな…?
…私の場合、そういう事じゃないんだけどな。
「イヴは元からロボット全般ダメなんですよ。」
ビビが言いにくい事を代わりに言ってくれたけど、ダメって訳でもない。
ELLYなんてATOMに比べれば駆動音も静かだし、動きも自然だから人間と錯覚する方が多い。
そもそも、何かされたって訳じゃないからトラウマなんてない。いや、昨日のアレを含めれば何かされてるけど。
根っ子にあるのは単純な苦手意識だから、ぶっちゃけどうにもならないと思っている。
「すみません…」
だからこそ、かなり申し訳ない気持ちになって、謝ってしまう。
ふと朔夜と名乗ったELLYをチラッと見てみる。
手の甲が淡い光を放って、何かを考えてるみたい。
「みんなで昼食を作りませんか?」
手の甲の光が消えたと思ったら、そんな事を言い出した。
「いいねぇ!」
ビビは私をチラ見してから賛同した。
私の苦手意識をどうにかしたいと云う気持ちがビビにはあるらしい。
ハァ…ビビに言われたら仕方ない。
基本的にビビの期待には全力で応えたいし、苦手意識に対して背中を押してくれている事はとても嬉しい。
「じゃあ近くのスーパーで色々と買ってきますね!」
弥生さんが席を立って気合い充分って感じだった。
「…そこのコンビニでも売ってますよ。」
空気を冷やさない為にも自分から話してみると、視界の隅でビビが嬉しそうにしていた。
「わかりました!」
「待ってください。私も行きます。」
弥生さんと朔夜と名乗ったELLYが買い出し担当になった。
「美味しい料理を作りましょう。」
誰よりもその場の和を考えてそうなELLYを見て、少し羨ましいと思った。
私だったら、その場の空気なんて最低限度でしか保とうとしないし、合わない人に気を遣ったりなんて絶対にしない。
ELLYだからなのかもしれないけど、少しは見倣った方が良いのかもしれない。
ロボットにできて人間にできないなんて事があってたまるか。
うーん…とりあえず、名前で呼んであげようかな…
5人で何を作るかなどを話して、弥生さんとEL…朔夜さんは買い出しへ行った。
私と茜さんはビビ主導の下で必要な道具を揃えて、そうこうしている内に買い出し担当の2人が帰ってきた。
「松本さんが言ってた通り、あのコンビニお肉とか野菜とか色々と売ってましたよ!」
弥生さんがレジ袋から幾つかのパックの肉や不揃いの野菜をテーブルに置いていく。
「結構買いましたね?」
私はてっきり軽い野菜炒めや焼きそばを想定していたけど、ここにきて最低でも4人前を作る事に気付いた。
「店長さんの畑のだから採れ立てで美味しいんだよねー!」
やっぱりビビのテンションが高い。
どう考えても空元気だと思う。
料理は私と茜さんが率先して作り始めた。
と云うのも、ビビは料理ができないし、弥生さんは買い出しをしてくれたからだ。
朔夜さんなんて、たぶん『もう全部コイツだけで良いじゃん』ってなる気がして、何となくみんなそれだけは回避した。
それでも私と茜さんがシンクに置いたものを迅速に洗ってゴミ袋に入れたり乾燥機に入れたりしてたから、ELLYの偉大さがわかる。
伊達に包括的人類支援を謳っていない。
茜さんの手際の良さもあって、料理を盛った皿が次々とテーブルに並んでいく。
その料理たちが運動部の男子を持つ家庭かと思うようなラインナップである事には目を瞑った。
「「「「いただきます!」」」」
いつの間にかビビが炊いていたお米のお陰で、料理が盛られた皿たちはあっと云う間に空となった。
私の緊張や何やもすっかり解けていた。
「ありがとうございました。その…朔夜、さん。」
私は、朔夜さんから強引に奪って始めた皿洗い中に独り言のようにお礼を言った。
「お役に立てて光栄です。」
隣に居た朔夜さんは私の倍のスピードで皿を洗っていた。
皿洗いを終えてキッチンからリビングへ向かうと、茜さんたちは帰りの支度をしていた。
「ごめんね。急な連絡で戻らなきゃいけなくなっちゃった。」
やっぱり警察官と云う仕事は忙しいんだろうなぁ…
「バタバタしてしまって、本当にごめんなさい。」
「ううん!全然ダイジョブ!お仕事頑張ってね!」
「ありがとうございます…!」
茜さんも弥生さんもビビのテンションがおかしい事には気付いてないようだった。
「ご馳走さま。今日は楽しかったわ。近い内にまた来てもいいかな?」
そんな事を帰り際に茜さんが言っていた。
──ビビと二人きりになった。
さっきまでの賑やかな空気が一変してビビの顔に張り付いていた笑顔も消えていた。
「ビビ…?」
私が思わず声を掛けると、ビビの瞳から涙が零れた。
私はビビを優しく抱き締めた。
「よしよし…」
ビビは何も言わずに抱き返してきた。
「ありがと。イヴ。」
「スッキリした?」
「…ちょっとだけ。」
「昨日、ちゃんと眠れた?」
「…ちょっとだけ。」
「もう…」
私はビビの背中を優しく撫でた。
「今日、泊まるからね?」
「そうなの?」
「いま決めた。」
「…そっか。」
こんなビビを独りにはしておけない。
本当なら昨日だって一緒に居てあげたかった。
「…もう大丈夫。」
ビビは鼻声だった。
「はい。ティッシュ。」
「ありがと。」
この半年、ビビには悪い事ばかり起きている。
目立ちすぎた事で悪い噂が立って、暴動に巻き込まれて陸上ができなくなって、遊びに行った三鷹でも死ぬ想いをした。
もし神様が居るとしたら私は思い切り殴り飛ばすと思う。
その反面、弱りきってるビビを見て愛らしいと思う自分が居て…
私は再びビビを抱き締めた。
──ボーンボーン。
掛け時計が15時を知らせる。
「…ちょっと暇だね。」
「そだね。」
窓を見ると曇天が広がっていて、今にも降り出しそうな空気だ。
「洗濯物取り込んでくる…」
「手伝うよ。」
「ありがと。」
他人の家の洗濯物を取り込む事にじわじわと違和感を抱きつつ、ビビだったら『イヴはもう家族だよ。』って言うだろうな、なんて気持ち悪い事を想像してしまう。
比奈子さんに色々と言われて以来、自分の中のボーダーラインがブッ壊れてる気がする。
私が洗濯物を取り込んで、それをビビが仕分けて畳んでいく。
あー…ビビってこういう畳み方するんだ。
あっ、お父さんのだけちょっと雑だ…
「ねぇイヴ?」
「ん?何?」
「そんなにジロジロ見られたら畳みづらいよ。」
「ごめん。そんなに見てた?」
「うん。めっちゃ視線感じた。」
危ない…気を付けないとビビに拒絶されちゃうかも。
外からはポツポツと雨音が聞こえている。
「手伝ってくれてありがと。」
「ううん。ギリギリセーフだったね。」
「フフッ…そうだね。」
ビビの調子が少しずつ戻ってきてるように見えた。
──あっと云う間に雨音は激しくなって、窓の外は厚い雲で真っ暗だった。
「ホントに泊まるの?」
「え?ダメ?」
「ううん。ダメじゃないけど、明日月曜だよ?」
「そこは大丈夫じゃない?検査するじゃん。」
「あれ?じゃあ学校休むカンジ?」
「私はその予定だけど…?」
「あたしもそうしよ…」
どうやらビビは検査後でも普通に登校すると思ってたらしい。
あの時は何ともないって言ったけど、茜さんたちは心配していたし、本当は当日にでも身体を確かめたかったらしい。
私たちの検査が後日になった理由は、他の逃げ延びた人と比べて明らかに怪我も何もないからで、検査自体も念の為と云うレベルの奴だったりする。
「こういう時くらいサボろうよ。」
こうは言ったけど、サボる事に関してはビビの方が上級者だ。
「イヴって意外と悪だね。」
「そう?私って真面目に見える?」
「うん。見える。」
「そんなつもりは無いんだけどなぁ。」
「だってさ、生徒会入ってるし、テストの成績も良いし、髪も黒くてストレートじゃん?」
「髪って関係ある?」
「うん。清楚に見えるじゃん。」
「そっか。私って清楚だったんだ。」
私の頭の中を見せたら、そんなイメージはどこかに行っちゃうんだろうなぁ。
「あとすらっとしてるし。」
出た。いつもの奴。
「ビビは…」
「待って。それ以上言わないで。泣いちゃうかも。」
本人は身体がムチムチしてきたのを相当気にしているらしい。
「今度トレーニングしよっか。あの頃みたいに。」
「…そだね。そうする。その時は手伝って?」
「もちろんだよ。私はビビの専属マネージャーなんだから。」
「えへへ…」
ビビと話していると時間が経つのを早く感じる。
窓から外を見ると、雨は止んで雲の切れ間からは緋色の空が覗いていた。
「通り雨だったみたい。」
「さっきまであんなに暗かったのにね?」
私は肌寒さを感じて肩を擦った。
「ちょっと早いけどお風呂入ろっか。」
「え?一緒に?」
「だって、独りになりたくないんだもん。」
ビビが可愛い事を言ってきた。
ここからは…見せられないな。
女子会のメンバー
・イヴ…私。
・ビビ…私の友達。思ったより元気そうだった。
・茜さん…お世話になった刑事さん。綺麗で快活な人。ショートヘアであの頃のビビみたい。
・弥生さん…お世話になった刑事さん。この人も美人。男装したら映えそう。
・朔夜さん…警察に配備されたELLYらしい。イイ人?だった。




