警察官のELLY その8
──2095年、6月19日(Sun)、9:30
内部モジュール…正常
警察プログラム…正常
RAINとの接続…良好
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──では次、昨日の件だ。」
今日は朝から捜査会議が行われていた。
昨日、三鷹駅周辺で爆発音がしたと通報があり、数十名の警察官が現場へ向かった。
現場はテロでもあったのかと云う状況で、三鷹駅を始め幾つかのビルは全壊だったらしい。
仙石さんと李さんのコンビが現場に一番乗りして、逃げてきた女子高生2人から聞いた話では、『フードを被った人と見た事もない何かが戦っていた。』との事だった。
騒ぎが落ち着いてから夜通しで周辺を捜査した所、無惨な状態の義肢…と言うか、アンドロイドが発見された。
なぜアンドロイドだと断定できたかと言うと、生物の脳にあたる部分が完全な機械だった。
現状、人類は脳へのアプローチを成功させていない。
今まで義肢の不法投棄だと思われていた事件は、頭部の発見によってアンドロイドの残骸である事が確定した。
「困った事になったな…」
捜査会議後、僕と朔夜は課長に呼び出されていた。
その場には、現場のいち早くついた仙石&李コンビと、防犯カメラを解析している和泉&加賀コンビも居た。
「何が困ったんです?」
状況を知りたかった僕は訊いてみた。
「何って、法的解釈だよ。最初は珍品の不法投棄事件だったが、現状ではアンドロイド殺人って感じ。法的には、器物が器物を破損して投棄してるんだよ。」
和泉がキャリアらしい知識を披露してくれた。
「つまり、逮捕できるのか?って事か?」
「持ち主が登録されていれば楽だがなぁ…そもそも、ここまで自由に動くELLYなんて聞いた事あるか?」
和泉の疑問はわかる。
「…つまり軍事用?」
仙石さんの推測は尤もだと思う。
「そうなると米軍か?旧都心部で何かやろうってか?」
加賀の推測が正解なら警察で対応できる範囲を大きく越える。
「密輸された可能性は?」
李さんに訊いてみた。
「ネットワークに流れてる噂的には銃火器程度でアンドロイドや無線の類は確認されてませんね…」
「「「「うーん。」」」」
4人して頭を抱えてる。
そして僕は、ある疑問に行き着いた。
「…どうしてELLYがELLYを破壊できるんだ?」
ELLYは、基本的にRAINによる統率を受けている。
これは膨大な入力情報の処理を一部肩代わりさせて負担を軽減させるのが主目的だが、もうひとつの理由として"倫理観の統一"がある。
殺めてはいけない、破壊してはいけない、盗んではいけない、騙してはいけない、貶めてはいけない…
そういった原始的な部分から、仲間意識や連携の重要性など協調性や社会性の部分も統一されるようになっている。
「考えられる可能性はふたつある。」
和泉がペンを取ってホワイトボードで解説を始めた。
「ひとつは、解体業などの機械部品に干渉するプログラムや警護などの対人対物用のプログラムだな。つまりは既存の正規品による行為。」
「もうひとつは?」
「優先度の変更だな。RAINよりもユーザーや環境からのラーニングを優先するように設定して"そういう"教育をさせる。ただし、これは原則として違法行為だし、RAINの優先度を下げるには芦本ラボのセキュリティを通る必要がある。」
芦本ラボはRAINとATOMの管理を一括していて、そのセキュリティは銀行や証券取引所に匹敵している。
「もうひとつ可能性があるぞ。」
満を持してと云う雰囲気で課長が口を開いた。
「なんです?それって…?」
「相澤史郎だ。」
「相澤博士は行方不明なんじゃ?」
「ある筋からの情報で居場所を特定できたんだ。」
「その場所って…?」
「三多摩メディカルセンターだ。」
──議論の末、和泉&加賀コンビが相澤博士へ聴取する事になった。
「それじゃ課長、気は進みませんが、キャリアパワーでちゃちゃっと話訊いてきますよ。」
和泉の軽口からは複雑な心境が窺えた。
「ついでに檜山絵理に関しても訊いといてやるよ。」
加賀は僕に気を遣ってくれた。
「助かる。行ってきてくれ。」
僕たちは見送った。
「さて、じゃあ私たちは保護した子たちのメンタルケアに行ってくるわ。」
仙石さんと李さんは逃げ延びた女子高生たちの下へ行くらしい。
女性の事は女性に任せるのが一番だと考えてるのか、課長も頷いていた。
「僕たちはどうするか…?」
正直、僕は加賀たちについて行きたかったが、重要参考人でもない相澤博士の任意聴取に捜査員が4人も出向くのは威圧感を与えてしまうかもしれない。
「青井さん、私は仙石さんと李さんについて行ってみたいです。」
同様の理由で、朔夜の意見にも賛成できない。
「別に行っても構わんぞ?」
課長が朔夜の味方をした。
そうなると僕には拒否する理由も無い。
「わかりました。朔夜、行くぞ…!」
「はい!」
僕たちは急いで仙石さんたちに追い付いて事情を話した。
──八王子。
ここには逃げ延びた女子高生のひとり『後藤ビビ』の家がある。
ピンポーンとインターホンが鳴る。
「はい。」
「仙石です。警察の。様子を見に来ました。」
「ちょっと待ってください。」
しばらくして玄関の扉が開いて、僕は驚いた。
見覚えのある特徴的な義足と元アスリートである事を裏付けるような逞しさが見え隠れする身体を包む最先端のギャルファッション。
「君は…!」
「あっ…!不審者のオジサン!」
僕を指差す義足のギャル。
…女性陣の視線が痛い。
「前に職質掛けただけですよ!」
言い訳がましい真実を口にしつつ、僕ら4人は招かれるままに家へ入った。
「こんな大人数でごめんね。後藤さん。」
仙石さんがフォローするも、義足のギャルこと後藤ビビは明け透けな態度で迎えてくれた。
「普通に心細かったからダイジョブですよー!あと、気軽にビビって呼んでくださいよ!」
「わかったわ。ビビちゃん。」
「へへっ…!」
表面上は何とも無さそうだが、こういう態度の方が心に深い傷を負っている可能性が高い。
仙石さんや李さんもそれがわかってるから目を掛ける事にしたのかもしれない。
朔夜も察したのか、女性4人で他愛の無い会話が始まって、宛ら僕は女子会に混ざるおじさんだ。
──その時、僕の携帯端末が振動した。
「すみません。連絡が…」
僕は席を立って家の外へ出た。
「はい。もしもし。」
「俺だ。加賀だ。相澤博士の聴取が済んだ。今どこに居る?」
「今か?朔夜の要望で仙石さんたちについて被害者の家だけど…?」
「お前だけでも戻れるか?」
「本部にか?構わないけど…?」
「例の話も聞けた。詳細は直接伝えたい。」
「わかった。じゃあ本部だな?」
「あぁ、頼む。」
僕は通話を終了して家に戻る。
「すみません。本部に戻ります。朔夜はどうする?」
「私は、もう少しビビさんとお話がしたいです。」
「わかった。それじゃ仙石さん、朔夜をよろしくお願いします。」
「わかったわ。」
「後藤さんも、ちゃんと学校行くんだぞ?」
「ビビでいいってば!」
「あぁ、またな。ビビさん!」
僕は後藤宅を出てバス停へ向かった。
途中、若い女性と擦れ違った。
普段はそんな事くらいでは意識しないけど、その人は僕の事をじっと見ていた。
長い黒髪に切れ長の目、縁がネイビーのスマートグラス。
スラッとしたモデル体型に似合った大人しい服装は着慣れている感じがしないから普段は職場や学校で制服なのかもしれない。
靴はソールが厚めで履き慣れてないのが歩様でわかる。
振り向くと私道に入っていったので、もしかしたらビビさんの友人か縁者かもしれない。
何にせよ後藤宅の女子会は様々な背景の女性陣だから、より盛り上がるだろう。
反対に僕は貴重な女性警察官が一人も居ないむさ苦しい会議室へ向かっている。
正直、女子会に混ざるおじさんの方がよかったとバス停のベンチに座った辺りで思った。
簡単な登場人物の紹介
・後藤ビビ…義足のギャル。三鷹駅前の事件を逃げ延びた被害者のひとり。ちなみに、名前で呼ばれたい理由は「苗字が可愛くないから」




