高校生のイヴ その3
「高校生のイヴ その2」の続きです。
ビビの家から帰る頃には、日が傾き始めていた。
緋色の幻想的な空が、たまたま見た昔のアニメの空と似ていた。
その中を歩いていると、自分も物語の主人公になれたような、青春の1頁を感じた。
誰も居ないバス停のベンチに座ると、昼間のアレを思い出して少し不安な気持ちが湧いてくる。
フードを被った…男?女?
ガタイはそんなに良い方じゃなかったような気がするけど、確実に目が合った。
こんな事なら身体もしっかり見ておくべきだった。
一瞬の出来事すぎて全然覚えてない自分を少し情けなく思う。
「かなりビビってたなぁ…」
冷静になってから思い返すとダサいなって思う。
格闘技でもやってれば捕まえる気になっただろうか?
そしたら感謝状とか貰って…
新聞にも載って…
過去のビビが過る。
きっとやっかみで嫌がらせされるんだろうなぁ…
めんどくさい。
覚えてない方が正解なような気がしてきた。
こういう時に活躍するのは本来ビビなんだよ。
私はその隣に佇むワトソン?のような…おっと、バスが来た。
夕方近いと言うのに車内はガラガラで、私専用みたいな雰囲気。
それにしても、ビビが風邪なんて珍しかったなぁ…
やっぱ陸上やってた頃は体調管理もしっかりやってたのかな…?
練習に付き合ってる程度じゃわからなかった苦労が見えてきて、ちょっとだけ申し訳なくなる。
なにがワトソンだよ。
ハァ…自己嫌悪。
憂鬱になってきた。
全部夕日のせいにしよう。
バスが停まった。
ICパスをピッとやって降りる。
こういう時はスマートグラスより携帯端末が良いんだろうなぁ。
駅前も人通りは疎らで、殆ど年寄り。
私が産まれる前はどこも国際色豊かだったって聞いたけど本当だろうか?
だとしたらその国際色は今どこに行ったんだろうか?
国へ帰った?還された?どちらにせよ勝手な話だ。
社会科の授業を真面目に受けてしまったせいで興味ないのに変な所で変な事に気付く。
こういうのって、ちょっとイライラする。
科目を好きにさせなかった教師にイライラするし、社会科に関しては楽しい歴史を作れなかった大人たちにイライラする。
まだ地域交流で老人の昔話を聞いてる方がマシだ。
どっちみち私の役には立たないけど。
まぁ…学校の勉強なんて殆どは役に立たないか。
電車に乗り込む。
流石に電車内は人が居た。
まだ6月の始めだと云うのにエアコンが効いてる。
「寒っ…」
比較的風が当たらない場所を探す。
「ハァ…キツ。」
つい悪態を呟いてしまう。
扉が閉まってから気付く。
「最悪…急行だ…」
乗り換えが必要だった。
今更だけど今日の自分はツイてない気がしてきた。
「あれ?もしかして…えっと、イヴちゃん?」
見覚えのある顔に声を掛けられた。
「えっと…あっ!"ひなちゃん"…先生?」
確かビビがそう呼んでた。
ビビは最初『イヴと同じ綺麗な黒髪だよ。』なんて言ってたけど、私のより断然綺麗だと思う。
いいニオイもするし…
「すれ違ったくらいなのに覚えててくれてたんだ?」
"ひなちゃん先生"は私の隣に座ってきた。
「それはこっちのセリフですよ。えっと…なんて呼べばいいですか?」
「岩木比奈子。あの時はちゃんと自己紹介してなかったわよね?けど"ひなちゃん"でも何でもいいわよ?」
「じゃあ、"比奈子さん"で。」
「あの子の友達にしては律儀ね?私はなんて呼べばいい?」
「"松本"でお願いします。」
「あれ?もしかして下の名前嫌い?」
「はい。」
即答した。
「…理由って訊いてもいい?」
私は自分の名前がついた経緯を話した。
途中で感情が先行して早口になった気がするけど、声の音量は気を付ける事ができたから前よりは自制できるようになった気がする。
「確かにそれは嫌ねぇ…」
経緯を話した2人中2人が同じ反応なので私は間違ってないと確信できた。
「話してくれてありがとう。松本さん。」
比奈子さんの振る舞いはとても柔らかい。
なのに心にスッと入ってくるような、つい悩み事とかを話したくなってしまう空気があった。
たぶんリハビリとかをやらせる人だろうし、そういうのが上手いんだと思った。
「この話したの2人目ですよ。」
「そうなの!?えっ…訊いといてなんだけど、よかったの?」
「まぁ、比奈子さんはビビの知り合いだし…」
「じゃあ、もう1人ってのはあの子なんだ?」
「…そうですね。」
こういう鋭さに私は弱い。ビビとかもそう。
そして、私もひとつ気付いた。
「比奈子さん、もしかして私に気、遣ってます?」
「あはは…中々鋭いね。まぁ、大した"気"じゃないんだけどね。あの子の事ビビって呼び捨てにしていいものか、ってね。」
優しい目で見られている。
私がビビの事をどう思ってるのか、見透かされてるような…
「別に気にしないでください。ビビはビビですし…その、ただの友達、だし…」
そっと頭を撫でられる。
「別に悪い事じゃないよ。そういうの。友達でも、それ以上に想ってても。あるものだよ。」
あぁ…全部を許されてるような、包み込まれる感覚。
「その、そういう意味じゃ…」
言葉が出てこない。気持ちを形容できない。
「想いなんて、全てを簡単に言葉にできるものじゃないよ。大丈夫。」
確かに、私がビビに抱いてる感情は、私でもわかってない。
友達以上だと思ってる。親友かと訊かれれば躊躇わずに返事ができる。
けど、それだけか?と訊かれれば、言葉に詰まると思う。
この『好き』を形容しきれない。
LikeもLoveもごちゃごちゃで、その曖昧な境界の上にビビが居る。
それを大人に見透かされてる。
恥ずかしい…!
心を丸裸にされた気分…
「あの…あんまり見ないでください。」
「ごめんね。つい…」
「いえ…」
わかった事がふたつある。
ひとつは、大人の中にも信頼していい人が居る事。
もうひとつは、信頼したからって話していい訳じゃない事。
そうじゃないと…
「恥ずかしい…」
私は口を塞いだ。
いつの間にか声に出ていた。
──です。南武線をお乗り換えです。分倍河原の次は~…」
アナウンスが乗り換えを知らせる。
「すみません。乗り換えなので。」
「そっか。話相手になってくれてありがとうね。」
比奈子さんが微笑む。
「いえ…私こそ。」
心を脱がされた私はどんな顔で比奈子さんを見てるだろう。
駅に停車するなり、軽くお辞儀をしてそそくさと電車を降りる。
6月の湿った熱気がクーラーで冷えた身体に纏わりつく。
空には月が顔を出していた。




