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高校生のイヴ その2

──2095年、6月4日(Sat)、13:30

府中駅前

────────────────


今日は遊ぶ予定だったけど、急な用事でビビが来れなくなってしまった。

そのまま帰ってもよかったんだけど、散歩がてらブラブラする事にした。

府中の駅前は人も多く賑わっている。

ちょっと行けば治安が最悪なのにいい気なもんだと思うけど、きっと見ないフリをしてるんだろうなって思う。

私は学校の事が過って嫌な気分になる。

みんな都合のいいものしか見ないし、信じない。

途端に人混みが嫌になって路地へ逃げる。

かつての府中なら人通りも多かっただろう路地を歩く。

休日の昼間だと云うのに誰も居ない。

まるで世界が滅亡して自分だけ生き残ってるような…

その時ビビの顔が脳裏に浮かぶ。

「…生き残るなら2人がいいな。」

つい口を衝いて出る。


──その時。

曲がり角の向こうでガシャン!と大きな音がした。

恐る恐る覗くと、フードを目深(まぶか)に被った人がブルーシートに包まれた何かを丁寧に置いていた。

よく見ると、そのブルーシートからは真っ赤な液体が滲み出ていて…

あれは…

まさか…

もしかして…」

その時、ギロリとした視線がこちらに向けられた。

どうやら思っていた事が口から出てしまったらしい。

ヤバい…

ヤバいヤバいヤバい…

私は次の言葉が浮かぶ前に走り出した。

ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…

正直、ビビの練習に付き合ったりしてたから運動は得意な方だけど、殺人鬼から逃げられる自信なんてない。

とにかく走った。

人通りのある方へ、人混みのある方へ。

来た道をひたすら走った。

ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…

息が苦しい…

汗が噴き出てるのがわかる…

じめじめしてしんどい。

ふと、振り返ってみるとフードの人物は居なかった。

逃げきった…?

いつぶりかの全力疾走で鼓動が早い。

ドクンドクンドクンドクン…

周囲の音も聞こえないくらい鳴ってる。


ようやく少し落ち着いてくると、駅前の喧騒が聞こえてくる。

ついさっき嫌な気分になった人混みが今は安心する。

あれは何だったんだろう?

物騒な事件なんて毎日のように起きてるから、そのひとつを運悪く目撃してしまったのかもしれない。

交番へ行くべきか…?

いや、面倒事に巻き込まれるのは嫌だ。

…ビビに会いたいな。

気付いたら、私は電車に乗っていた。


ビビと私は幼馴染みと言うか、小学生の頃から同じ学校だった。

クラスが違ったから全然話した事は無かったけど、帰り道や塾が同じだったりして、顔見知りではあった。

私は中学の友達と一緒なのが嫌でわざと遠くの学校を受験した。

だから、まさかビビが同じ高校に入るとは思ってなかった。


ビビは中学の頃から大会で成績を残してたから、入学式の時から話題に挙がっていた。

早々に陸上部からスカウトされてたし、クラスでも人気者だった。

ちなみに私は、何かしらやらなきゃいけなかったので渋々だけど生徒会に入った。

私がビビと仲良くなったのは、ビビが陸上部に入ってからだった。

周りに知り合いが居なかったビビは、違うクラスだった私を廊下で見掛けた瞬間に駆け寄ってきた。

「ねぇ!同じ中学だったよね!?」

家の都合で地元の高校に通えなかったビビは入学式の時点でホームシックのような状態になってたらしく、生徒会の紹介で見知った顔である私が壇上に立っていた時、女神に見えたらしい。

その時は少し鬱陶しく思っていたけど、ビビの明るい笑顔で私自身も自然と笑っている事に気付いてからは鬱陶しさも無くなっていた。


夏休みになると、ビビは陸上部の練習が忙しくなっていて、自主練もやるようになっていた。

「中学までは才能だけで何とかなってたけど、高校じゃ通用しないと思う。」

そんな風な事を言っていた気がする。

私は自然とビビの自主練を手伝うようになっていた。

応援したいってのもあったけど、何よりビビと一緒の時間を過ごしたかった。


夏の後半から秋に掛けては大会シーズンで、ビビは一年生にも(かか)わらず入賞したりしていた。

ビビは目立ってしまった事で、学校内で人気の男子や他校の生徒からも告白されるようになっていた。

この頃からビビに悪い噂が立つようになった。

顧問とヤってるだとか、繁華街で遊んでるだとか、そういう噂で先生から呼び出されたりもしていた。


冬休みに入る直前、ビビは怪我をした。

何があったのかは今でも訊けてないけど、ビビの脚が動かなくなった。

私は毎日のようにお見舞いへ行った。

ビビの担当だった女医さんが綺麗だったのを今でも覚えてる。

あの頃のビビは今にも消えてしまいそうな顔をしていて、私が好きだった笑顔は姿を見せなかった。

ビビが自棄(やけ)になって当たり散らした後でも私は通うのを止めなかった。

そんなある日だった。

「髪、染めようかな。」

ビビが伸びた髪を指に絡ませながら呟いた。

「いっそピンクとかにする?」

私が返したら、久しぶりに笑ってた。

色々話した結果、私がビビの髪を金髪にした。

後で怒られて、最終的には茶髪になったけど、それからビビは笑うようになった。


2年生になってからビビは学校をサボるようになり、私とも距離を置いているようだった。

それが嫌で私から積極的に話していたけど、まさかあんな喧嘩になるとは思わなかった。

優しかった頃のビビが居なくなってしまったようで、悲しくて…


ビビとの事を思い出していたら最寄駅についていた。

電車を降りて、駅前のロータリーにあるバス停へ向かう。

バスに乗って大通りの坂を下る。

確か3つ目がビビの家に1番近い。

バス停から歩いて、コンビニがある角を曲がって…

「イヴ…どうして。」

「ごめん、来ちゃった。」

ビビは額に冷却シートを貼っていた。

「風邪なら風邪って言えばよかったのに。」

「言ったら見舞いに来ると思ったから急用って事にしたんだよ。」

「まぁいいじゃん。看病させてよ。」

ビビを座らせてパジャマを脱がす。

タオルで背中の汗を拭く。

「こうしてると、自主練を思い出すね。」

「あー…あったね。マッサージとか!」

「懐かしい…」

思わず、寄り掛かるように抱きつく。

「イヴ…?どうしたの?」

ビビが優しく私の手に触れる。

「ごめん、何となく。」

そっと離れて、ビビの身体にタオルを当てる。

「…なんかあった?」

「まぁ、あったっちゃあったけど…」

言わない方がいい気がする。

心配掛けたくないし。

「何?ナンパでもされた?」

それでいいや。

「…そんな感じ。」

「あ、わかった。勧誘だ!神を信じますかー?的な。」

身体を拭き終わると、ビビは新しい服に着替える。

「…ねぇビビ、下着(それ)派手じゃない?」

「え?そう…?」

流石に高校生で黒のレースはどうなんだろう?

「でもギャルっぽくない?」

なんかの雑誌を真似してポーズを取ってるビビ。

「ふふっ…何それ…w」

額に貼ってる冷却シートのせいで面白くなってる。

「笑わなくたっていいじゃんかー」

「ごめんごめん…wでも冷却シートが…w」

私が指差すと、ビビは姿見の前に立った。

「あっ、ホントだ。」

それでも姿見の前でポーズを取るビビ。

どこか抜けてるビビを見てると放っておけなくなる。

「ほら、いい加減にしないと風邪引くよ。」

パジャマの上着をビビに向かって放る。

「もう引いてるよ。」

姿見には、だらーっと鼻水が垂れたビビが映ってた。

「はい。」

箱ティッシュを足元に投げる。

「ん。」

ビビがしゃがんで鼻をかんでる。


──着替え終わったビビは溜め息をつくように大きく息を吐いてベッドに横たわった。

「何か買って来ようか?」

ビビの家は共働きだから心配になる。

「ありがと。でも冷蔵庫に大体あるよ。」

「そっか。じゃあ、ほしいものある?取ってくるよ?」

「ねぇイヴ。そんなに尽くさなくていいよ。あたしたち友達じゃん。」

ビビが申し訳なさそうな顔をしてる。

困り顔でも可愛いのは少し狡い。

「…友達だからだよ。」

「へへへ…」

ビビが嬉しそうにしてる。

風邪で弱ってるせいか、ちょっと色っぽい。

「…迷惑ならやらないけどね。」

「迷惑じゃないよ。イヴ好き。」

「はいはい。」

雑に言われたから雑に流した。


「ごめん。ちょっと寝る…」

「うん。寝な。私は漫画でも読んでるよ。」

本棚から適当に1冊持ち出して読むフリをする。

「まだ帰らないでね。」

「帰らないよ。」

私は漫画に目を落としたまま答える。

しばらくすると寝息が聞こえてきた。

「おやすみ…」

ビビの前髪を直してやると、私はそっと部屋を出た。


階段を降りてリビングへ入る。

小綺麗だが生活感のあるスペース。

他人の家のニオイは好きじゃないけど、ここのニオイはとっくに慣れた。

冷蔵庫を確認する。

ポカリとアクエリが乱雑に入っていたので素早く整頓しつつ、風邪の真っ只中に居るビビの為にポカリを選ぶ。

10秒でチャージするタイプのゼリーも良さそうだ。

冷えすぎていると身体に悪いので持って行ってやろう。

他にも幾つか風邪の時に良いものを選んで部屋に戻る。


ビビの首元に手を当てると熱を感じる。

私の手が冷たいからかビビが気持ちよさそうにしてる。

寝てる時に口がもごもごしてるのは風邪の時でも変わってない。

このまま眺めてるのもいいか。


しばらく眺めていたらビビのお母さんが帰ってきた。

「お邪魔してます。」

私が軽くお辞儀すると、驚いてた顔が笑顔に変わった。

「いつもありがとうね。」

"いつも"

ビビのお母さんは毎回そう言ってくれる。

家や学校だったら『したくてしてるだけなので。』なんて突き放した言い方をするけど、この人にそんな冷たい言い方はできない。

「ビビってなんか、放っておけないんですよ。」

言い方を丸くする。

豪速球じゃなくて、ちゃんとキャッチボールする。

「この子、結構そそっかしい所もあるし、イヴちゃんに迷惑掛けてないかしら?」

「ビビは親友ですから。そんなの気にしませんよ。」

こう言えば親は安心するだろうか?

そんな事を考えて喋ってる。

コミュニケーションって難しい。

「イヴちゃんがビビの友達で本当に良かったわ。」

「そんな、私の方こそ…」

友達の親と云う微妙な距離感の会話は長く感じた。


今日会った人の紹介

・ビビのお母さん…良い人。私の事を信頼してくれてる。ちょっと隙がある感じは可愛いと思う。

・フードを被った不審者…たぶんバラバラ殺人の犯人。我ながらよく逃げられたと思う。


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