第九話 少し楽しみだった日曜日---すれ違いとゲームセンター前編---
立ち寄ったゲームセンターで、龍ちゃんが俺と佐藤の前で仁王立ちをして、いきなり意味不明なことを言ってきた。
「なあ、せっかくだし、勝負してみたらどうだ?」
「……いきなり何言ってんだ?」
俺は眉をひそめた。
勝負ってなんだ? 龍ちゃんの意味深な笑みから察するにろくでもない内容なのはわかる。
俺は後ろを一度見た。女子たちはいない。
今は、龍ちゃんの提案で女子三人は別行動中だ。
龍ちゃんは肩をすくめ、軽い調子で言った。
「二人とも、未来ちゃんのこと、好きなんだろ?」
その一言に、心臓が小さく跳ねた。
好き──か。
未来の無邪気な笑顔。
こんな俺に優しくしてくれて、俺のライブを一番と言ってくれた。
全部、ひとつひとつが、俺の中に刻まれてる。
一緒にいると、胸の奥が、じんわり熱を帯びる。
だけど、これは「恋」なのか。
それとも、仲間として、大事に思ってるだけなのか。
わかんねぇ。
答えを出せないまま黙っていると、佐藤が一歩前に出た。
「……俺は、鈴谷が好きだ」
冗談ひとつない声だった。
まっすぐな目で、俺を見据えている。
その目を前にして、逃げ場なんてなかった。
「鶴留、お前はどうなんだよ」
問いかけられて、喉が詰まる。
(俺は……未来が、好きなのか?)
胸の奥に浮かぶ答えは、まだぼんやりしていた。
でも──
ひとつだけ、確かなものがあった。
未来の笑顔を、守りたい。
それだけは、何よりも大事なモノだ。
俺は、黙って佐藤を見返す。
嘘偽りを今、言っちゃいけねぇ……けど。
自分でも気持ちがわからねぇ、だから、今の気持ちを言った。
「好きなのか、自分でもよくわかんねぇけど……未来が笑ってくれてるなら、それで十分だ」
口に出して、胸がチクリと痛んだ。
本当に十分、なのか?
誰より近い場所にいたいくせに認めるのが怖かった。
認めたら、もう後戻りできない気がしたから逃げたのかもしれない。
そんな俺の葛藤なんか知らずに、佐藤はふっと息を吐いた。
「鶴留、ごめん。お前も鈴谷が好きだと思って……勝手にライバル視してた。悪かった」
佐藤は頭を下げた。
素直に謝るなんて、流石は陽キャラだな、俺とは違うわ。
俺は彼の肩に手を置き、頭を上げさせた。
「佐藤、頭、上げろよ。好きな女に馴れ馴れしい奴がいたら、ムカつくの、当たり前だろ」
顔を上げた佐藤に俺は無理やり口角を上げた。
普通に返したはずの声が、妙に乾いて響いた。
俺と未来は、友達。
たったそれだけの距離が、今は、途方もなく遠く感じた。
(俺みてぇなやつが、未来を縛っちゃダメだろ)
心の中で、そっと呟く。
未来を失うくらいなら、今のままでいい。
たとえ、未来が佐藤を選んでも──
俺は、俺のまま、そばにいればいい。
そう思い込もうとするたびに、胸の奥が、じんわりと痛んだ。
◆
──男子と別行動していた私は離れた場所からそっと慎爺くんたちを見ていた。
慎爺くんの横顔は、いつもより少しだけ、苦しそうで。
何を話しているのか、声までは聞こえなかったけど、
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
(……なんでだろう)
ただの友達のはずなのに。
慎爺くんの歌が好きなだけのはずなのに。
彼と目が合うと、胸が痛む。
手が触れたとき、離したくなくなる。
さっき、佳織ちゃんと楽しそうに話していたのを見た。
ただそれだけで、胸が苦しくて、悲しくなった。
(……取られたくない、なんて)
そんなこと、思っちゃいけないのに。
私はただ、友達なだけなのに。
──それでも。
(わたし……どうしたいんだろう)
気づかないふりをしていた小さな想いが、
胸の奥で、静かに、確かに、疼いていた。
彼の隣にいるとき、本当は気づきかけてる。
でも、怖くて、知らないふりをしてしまう。
「好き」だなんて、言えない。
そんなこと、言えない。
だから──今は、ただ。
慎爺くんの側にいたい。
それだけで、十分……じゃない。
……たぶん、ほんとは、全然足りない。
気づけば、私は慎爺くんを見つめていた。
周りの音が遠のいていくような、そんな感覚だった。
不意に佳織ちゃんが声をかけてきた。
「未来? どうしたの?」
佳織ちゃんが私の目線の先にある男子たちの方を見て、何かを理解したように笑うと、後ろから抱きついてきた。
「なになにー? 男子たちが気になる?」
身を寄せるように腕を交差させる佳織ちゃんの温もりに、私は小さく頷いた。
「うん、気になる……かも」
素直に答えると、佳織ちゃんは優しく言った。
「好きな人いるの? もしかして、佐藤くん?」
「え……」
私は思わず佳織ちゃんを見返した。
「佳織ちゃんは、そう見えるの?」
「だって、今日は二人で話してる時が多かったもん。私はね、慎爺が少し気になってるの。ああ見えて、すごく優しい人だよね」
「……慎爺くん」
思わず、彼の名前を口の中で繰り返していた。
佳織ちゃんがくすっと笑う。
「怖い顔してるけど、周りに気を遣ってて、いつも誰かを見てて、一人にならないようにしてくれて、本当に優しい人」
胸の奥がまた、きゅっと疼いた。
(──知ってる。誰よりも、知ってる)
でも、それを言葉にはできなかった。
慎爺くんが、どれだけさりげなく気を遣ってくれてたか。
困ったとき、そっと手を差し伸べてくれることも。
私だけじゃない、みんなにも。
……わかってる。
わかってるから。
◆
男子三人で、ひとしきり作戦を練ったあと、
俺たちは何食わぬ顔で、女子たちのところへ歩いていった。
未来、佳織、凛恵──三人は、ゲームコーナーの端っこで話し込んでいた。
俺たちに気づいた未来が、ぱっと顔を上げる。
その目が、一瞬だけ俺を捉えた。
それだけで、胸がざわついた。
「おまたせ」
龍ちゃんが軽く手を振りながら声をかけると、佳織がにこっと笑った。
「何の相談してたのー?」
「んー、それは後のお楽しみってことで」
龍ちゃんが飄々とかわす。
俺は無表情を装いながら、未来から目を逸らした。
(……普通にしろ、普通に)
未来の視線を、ほんの少しだけ感じる。
目が合って逸らしたあと、彼女をまた見つめる。
何も言わず、未来は優しく微笑んだ。
彼女の笑顔に俺は何ができるだろう。
いや、女子を喜ばせたいのは生物的な男の生理的行動だ。
まあ、言い訳になってねぇよな、普通に喜ばせたいだけだな。
俺の頭の中で、言い訳にならない言い訳をしていた。
「じゃあ、そろそろ、ゲームでもすっか」
龍ちゃんの一声で俺たち男子組は気合いを入れた。
みんなが自然と歩き出し、また、六人に戻った。
何事もなかったみたいに。
でも、空気の温度は、どこかほんの少しだけ、変わっていた。
この勝負で俺の気持ちがバレたら恥ずかしいな。
ていうか、勝負の内容も内容だろ。
俺は女子三人に悟られないよう静かに歩き出した。
◆
女子たちと合流する前、龍ちゃんが俺たち男子組をこっそり集めて言った。
「そんじゃ、勝負の内容は──UFOキャッチャー対決だ!」
「は?」
思わず聞き返すと、龍ちゃんはニヤニヤしながら続ける。
「なに、好きな相手に景品を取るだけだ。簡単だろ?」
さらっと言ったその顔は、明らかに悪だくみの顔だった。
簡単と言うけど、お前は彼女いるから簡単なんだろうが。
と、言いたくなったが口から出た言葉はもっと単純だった。
「……おい、マジで言ってんのか?」
「マジ。もちろん俺もやるから安心しろ。相手は凛恵な」
だろうな! 知ってたわ! ノーリスクハイリターンじゃん!
自信満々に言い切る龍ちゃんに思わずツッコミを入れそうになったけど、俺は黙って、ため息をついた。
「で、勝敗はどう決めるんだよ?」
嫌な予感しかしないが、とりあえず聞いてみると、腕組みをしながら龍ちゃんは予想通りの答えを言い出した。
「それは簡単、渡したときの相手のリアクションで決める!」
簡単な勝負に簡単な決着方法だが、俺にとっては最難関だ。
龍ちゃん絶対、楽しんでやがる。自分だけ高みの見物だからな!
しかも、聞けば聞くほど、エグいルールだった。
いい景品ほど、難易度が高い設定になってる。
さらに、一回ごとに金もかかる。
俺たち学生には、財布にじわじわくる仕様だ。
(……なんでこんな面倒なことに付き合わなきゃなんねぇんだ。しかも、未来とは友達だって、言ったばっかだろ……)
──でも。
心のどこかで、観念してた。
ここで「やらない」なんて言ったら、
俺の嫌いな、冷めたフリする奴になる。
(好きな相手に景品を渡すって……これ、もう、ほぼ告白じゃねぇか)
未来にだけ渡したら
それは、言葉に出さなくても、全部バレる。
佳織には誰が渡すんだ? まったく、欠陥だらけの勝負だな
未来だけじゃなく、佳織にも渡すべきだ。
そうすれば、誰も傷つけずに済む。
(……いいさ、俺なりにやる)
「……わかったよ。やってやんよ、俺のやり方でな」
小さく、でも確かに答えた。
それが、俺なりの、精一杯の覚悟だった。
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