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第四話 「過去の俺と君、今の俺と君」

「じゃ、また明日ね!」


佐藤にそう言い残して、俺と未来は並んで歩き出した。

できる限り、穏便に。それが一番だ。

余計な感情がこじれて面倒になるのは、誰にとっても得じゃない。


「腹減ったな。どっか行きたいとこある? さっきはちょっと余計なことしたかもしんないから、今日は俺が奢るよ」


俺がそう言うと、未来は両手でカバンを握り直して、小さく首を傾けた。

その頬はほんのり赤く染まっている。


「……余計なことなんて、してないよ? ありがとう。助かった。正直、ちょっと……困ってたから」


その一言に、ほんの少しだけ胸が軽くなる。


俺は目線を落として、歩調を整えながら答えた。


「俺さ、基本は傍観者なんだけど──友達が困ってる顔をしてたら、さすがに見てるだけってのは……無理だった」


確かに未来が困っていると思ったから声を掛けた。

だが、人の気持ちは本人にしか分からない。

そう見えただけで、俺の行動は自分勝手だ。

エゴに過ぎないと自分でも思う。


それでも──「ありがとう」と言ってもらえたなら、十分だ。


未来は立ち止まり、俺の横顔をじっと見つめた。


「……友達、か。そうだよね。あんな最悪な出会いだったのに、不思議ともう慣れちゃってるし、普通は私から友達って言うんだよ? 本当に掴めない人」


「俺が友達と決めた瞬間に友達なんだよ。まあ、覗き見は不可抗力だとして、バレた上に告白の現場だったからな。最悪どころか、地獄スタートだろ」


 俺が苦笑まじりに返すと、未来はふっと吹き出してから笑顔を見せた。

その笑顔があまりにも無防備で、反射的に視線を逸らしてしまう。


「……何、いまの。ちょっと照れた?」


「…照れてない」


「照れたよね、今。ほら、目が泳いでるし。“可愛いかよ”とか言ってた人が照れてるの、わかりやす〜い」


未来が悪戯っぽく笑って俺の顔を覗き込んでくる。


「佐藤くんとの会話に割り込んだのって……もしかして、ヤキモチ?」


「はあ?」


「だって、“俺のほうが先に見つけた”って顔してたよ」


「そんな顔してねえよ」


「してたー」


──まったく。

この女、からかうのが上手すぎる。


俺はため息をついて、前を向いた。


「飯、行くならさっさと決めろ。こっちは燃料切れ寸前だ」


「はいはい。じゃあ、あそこのファミレスで」


「了解。奢りな。……いや、奢るんだったわ」


「ふふ。覚えてたんだ。やっぱり、優しいね、慎爺くん」


その一言に、なぜか鼓動が少しだけ早くなる。


まいったな。

──ほんと、掴みどころがないのは、どっちなんだか。


 ファミレスに入ると、二人そろってパフェとアイスコーヒーを頼んだ。


運ばれてきたパフェの生クリームをひとすくいすれば、

甘さが走った体に心地よく染み渡る。

アイスコーヒーの冷たさが喉を滑り、ほてった体を冷ましていくのがわかった。


未来はテーブルに両肘をついて、両手で頬を支え、じっと俺を見ていた。


パフェを口に運びながら、目が合った。


「なんだよ? なんか変なことした?」


未来は首を小さく振る。


「ううん。なんかね、慎爺くん、見た目に似合わず美味しそうに食べるんだもん。ギャップっていうか……可愛い」


「龍ちゃんにも言われたな。“見た目いかついのに女子力高ぇ”って」


「ふふっ、わかる気がする。慎爺くん、自分のこと、ちゃんと見た方がいいよ? たぶん、思ってるよりずっと──ギャップ、あるから」


未来はストローでアイスコーヒーを飲む。

その仕草が、妙に大人びて見えた。


パフェを平らげた俺は、改めて問いかけた。


「それじゃ、運動して糖分を摂ってカフェイン摂取した万全な俺が未来に問う。話の要件は? アレか? 例の活動してる事を本当に言わないかどうかってやつ」


 未来は少しきょとんした後に答える。


「歌い手の話? 確かにそれもあるけど、もういいの。慎爺くんは言わないって信じてるから。それに、配信してるのは動画だし、歌声だけで、顔も出してないから大丈夫。……今は、慎爺くんと話してたい、かな。……だめ?」


なるほど…Vsingerってやつか。

それより、気になる事があるんだよなぁ…。


 見つめる未来に俺は疑問を直球に問いかけた。


「なんで、未来から俺への好感度が高いの? すごく気になるんだけど」


 彼女は微笑み答える。


「なんでだろうね? もしかしたら、昔に会ってたかも?」


 昔? いつだ? 記憶にない。いや、今まで人と距離を置いて覚えようとしてなかったのが裏目に出たのか!?

 とりあえず、少しずつ謎を解き明かそう。


「それは、いつの話? 俺と未来に一体なにが?」


 そう言って、未来はスマホの画面を俺に向けた。


そこには、中学時代の文化祭で歌う俺の姿が映っていた。

小さな体育館で、少ないながらもライブした下手くそなギターとドラムに合わせて、必死に歌っていた頃だ。

 

 当時、俺たちのバンド名は無く、中学時代に友達との最初で最後のライブだった。

 

 俺は動画を見て懐かしさを感じていた。


「……懐かしいな。こんなの、まだ残ってたのか」

 

「うん。私、見に行ってたの。あのときの慎爺くんの歌う姿はカッコ良くて、慎爺くんみたいになりたいって、私も歌いたいって思ったんだよ?」


未来はもう一枚、写真を見せた。


そこには、過去の俺と、未来が一緒に写っていた。

未来はまだ小さくて、俺は疲れた顔で笑っていた。


「覚えてないと思うけど──あのとき慎爺くん、言ってくれたんだよ。“歌いたいなら、歌えばいい。やりたい事をして後悔するより、やりたい事をしないで後悔するよりマシだ”って」


未来は小さく息を吸い、言葉を紡ぐ。

 

「慎爺くんの言葉が嬉しくて──それで、ネットで歌うようになったの。今の私があるのは、あのときの慎爺くんのおかげだよ?」


……頭が真っ白になった。


──まさか。

そんな大事な言葉を、俺があのとき、投げていたなんて。


「どういたしまして。俺の最後のライブを見に来てくれて、俺も、ありがとうな」


優しい瞳の未来は、ぱあっと笑って、こくりと頷いた。


 ファミレスを出ると、夕陽が路地を赤く染めていた。

分かれ道の前で、俺たちは立ち止まる。


「俺、こっち。……またな」


「うん。また明日、慎爺くん」


手を振って、未来は別れた。


家に帰り、風呂に入り、飯を食って、自室に戻る。

ベッドに転がったところで、スマホが震えた。


【今日はあの時のお礼が言えて良かった。パフェ、美味しかったね。また一緒にどこか行けたらいいな】


送られてきたのは、未来からのメッセージ。


俺は、少し笑ってから返信する。


【今日は楽しかった。また明日】


すぐに、また通知が鳴った。


【うん、また明日ね。おやすみ】


画面を見つめたまま、俺は小さく呟いた。


「──友達、だよな? ……俺たち、友達、だよな」


ベッドに沈み込み、ふわりと笑う。


俺と未来は──友達だ。


たぶん、これからも、長い付き合いになる。


もし、友達以上になったとしても。

せいぜい、親友どまり。


恋をしたら、きっと、何かが壊れる。

俺は、そう思っている。


──それでも、心のどこかが、微かに痛かった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


この「過去の俺と君、今の俺と君」は、

青春が始まりそうな雰囲気をなるべく等身大で描きたくて書きました。


慎爺も未来も、強いようで弱くて、臆病なようで優しくて。

そんな不器用な二人が、じわじわと心を近づけていく過程を、

少しでも「いいな」と思ってもらえたなら、本当に嬉しいです。


一歩踏み出すのは怖いけれど、それでも誰かを大切にしたいと思う気持ち。

それが、誰かの胸に少しでも届いていたら、そんなに幸せなことはありません。


ありがとうございました!

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