表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/24

第三話 破りたくなんてなかった、俺のルール

放課後


放課後のグラウンドに、俺の足音だけが一定のリズムで刻まれていた。


部活帰りの生徒たちが楽しげに声を上げる中、

その隙間を縫うように走る俺は、ただ無言で、ひたすらにペースを保ち続けていた。


──この学園のグラウンドは、広い。

空は高く、風は軽い。思考を削ぎ落とすには、ちょうどいい場所だ。


どれくらい走った頃だったか。

遠くに座るひとつの影に気づいた。


体育座りでこちらを見ていたのは──鈴谷未来。


「慎爺くーん! まだ走ってんのー? そろそろ疲れた頃じゃないー?」


明るくて、どこか気の抜けた声が、夕方の風に乗って届いてくる。


俺は視線を向け、軽く手を振る。“もう少し”のジェスチャーを添えて。

ペースは変えない。まだ、走り足りない。


走りながら、昨日のことが頭に浮かぶ。


──偶然、彼女の独り言を聞いてしまった。

「バーチャルで活動してる」と、自分の口で言っていた。


たぶん、今日こうして俺を呼び出したのは、その口止めが目的だろう。

けど、昨日のうちに俺は伝えていた。


「興味ないし、誰にも言わない」って。


それでも、わざわざ会いに来る。

……気になるのか。俺が、本当に“興味ない”のかどうか。

 

この学園の“ザ・ワン(天上天下唯我独尊)”と、放課後にどこ行くんだ? カフェ? ファミレス?

いや、たぶん──行き先は、彼女が決めるんだろう。

 

息が整うのを待たず、俺はそのまま彼女に近づいた。


「で? このあとどこ行く? ってか、話があるなら連絡先くらい交換しようぜ」


未来は一瞬きょとんとしたあと、やや慌ててポケットからスマホを取り出した。


「あ、うん……そうね。連絡先、交換しよっか」


どこかぎこちない。

いつもの堂々とした彼女からすれば、随分とトーンが違う。


その隙をつくように、俺はシャツの裾で額の汗をぬぐう。

露出した腹筋に、彼女の視線がすっと吸い寄せられた。


……見たな。


すぐにスマホに目を戻したが、頬がほんのり赤い。


「お前さ、男の腹筋見て照れるって……中学生かよ。かわいすぎだろ」


「べ、別に!? 見てないし! 自意識過剰なのはどっちよ!? ていうか、早く着替えてきなさいよ、風邪引くわよ!」


動揺の火種は、耳の先まで燃え広がっていた。

視線を合わせず、早口で返してくるその様子は──まあ、わかりやすい。


俺は彼女の隣に腰を下ろし、スマホを操作して連絡先を交換した。

日が傾き、グラウンドに吹く風が涼しさを帯び始める。


「で、要件って?」


彼女は少し前を見たまま沈黙したあと、ぽつりと口を開いた。


「──昨日、言ってたよね。“傍観者”って。どういう意味?」


……来たか。


俺は一瞬だけ目を閉じ、それから立ち上がり、彼女の正面に立つ。


「教えてやるよ」


そう言って、ポケットに手を入れたまま、彼女に告げる。


「──俺はさ、自分の恋愛より、他人の恋愛を見てるほうが楽しいんだよ」


「……は?」


彼女の眉がわずかに寄る。


「自分で恋をすれば、きっと楽しい。たぶん幸せにもなれる。でもな、それは同時に、盲目になるってことでもある。好きな相手しか見えなくなって、世界が狭くなる。だから俺は、そこから一歩引いた場所で、傍観してるのが性に合ってるんだ」


俺は空を仰いで、言葉を継ぐ。


「告白、すれ違い、爆死……青春の恋って、ほんとよくできたドラマだろ?眩しくて、切なくて、時々、こっぱずかしくて。でも、だから面白い。俺にとっては、それが一番のエンタメなんだよ」


風が吹いて、汗の残る首筋をなぞる。

思わずひとつ、くしゃみが出た。


「……言った通りじゃない。早く着替えてきなさいよ」


少し呆れたように笑いながら、未来は立ち上がる。


「それと──お腹、空いた」


「了解。すぐ戻る」


俺は軽く手を振り、小走りで体育館へ向かった。



着替えを済ませた俺が戻ると、彼女の前にもうひとりの男子がいた。


佐藤。昨日、未来に告白して、フラれた男だ。


「鈴谷さん、好きな人って……鶴留のことだったの?」


「ち、違うってば! あいつなんか、なんとも思ってないし!」


「そっか……じゃあ、さ。昨日はいきなりだったけど、せめて友達からってのはどう?このあと、ちょっとだけでもどこか──」


彼女の目が泳ぐ。困っているのが一目でわかった。


「佐藤くん、ごめんね。友達ってのはいいけど……二人きりは、ちょっと……」


佐藤はそれでも引かない。隣に腰を下ろし、なお食い下がる。


「じゃあさ、二人きりじゃなければいいんだろ? 何人かでさ──」


──俺は“傍観者”だ。


でも、“友達”が困ってるなら、話は別だ。


未来が俺を友達だと思っていなくても、俺はそう思っている。

その気持ちに、理屈はいらない。


俺は肩にかけたカバンを整え、ポケットに手を突っ込んで歩き出す。


「未来、お待たせ。腹痛くてさ、トイレ行ってた。……お、佐藤じゃん。話、混ぜてくれよ」


佐藤の目が鋭くなる。


「……鶴留、お前、鈴谷さんのこと呼び捨てにしてんの? いつからそんな仲?」


俺はにこりともせずに答える。


「勝手に呼んでるだけ。お前もそうすりゃいいんじゃね?」


返事をする前に、口を開いたのは、未来だった。


「佐藤くん。私たち、友達からってことで合ってるよね?……下の名前で呼ぶのは、もう少し仲良くなってから、かな」


佐藤の肩が、わずかに落ちる。

俺はその横顔を見ながら、未来の表情を確かめた。


……ふうん。助かったって顔、するんだな。


そして俺は、心の中で呟いた。


──やっぱり、他人の恋は面白い。


でも──

関わるのも、案外悪くない。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

傍観者だった慎爺が、ちょっとだけ踏み出してしまった第三話でした。

未来との距離が少し縮まったようで、でもまだまだぎこちないふたりです。

次回も、彼らの不器用な青春を、ぜひ見守ってあげてください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ