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第二話 変わらないはずの毎日に、君が現れた。

朝、目が覚めた。

──アレが元気だった。


……まあ、男子ならよくあることだ。気分と無関係に起きる、あの生理現象。


簡単に言えば、勃起。


特に気にすることもなく、洗面所へ向かう。

親に見られたら面倒なだけだ。鏡の前に立ち、歯ブラシをシャカシャカ動かす。


ジェルを手に取り、セミロングの髪をひとつにまとめる──俺のこだわりは団子結びだ。

前髪は細く束ね、軽く流す。

首にかけたシルバーチェーン、その先に揺れるリングを指でなぞる。──毎朝のルーティン。


鏡の中の自分をぼんやりと眺めた。


「──よし、普通だな。どこからどう見ても、ただの高校生」


誰に聞かせるでもない独り言を吐き、制服に着替える。

白シャツ、ネクタイ、ブレザー、ズボン。


本棚の前で足を止め、今日の一冊を選ぶ。


「よし、今日はこれだな」


手に取ったのは、最近ハマっているエロゲ系異世界転生小説。

官能小説ほど直接的じゃないし、読んでいてもギリギリセーフ──たぶん。

サイズもちょうどいい。ブレザーの内ポケットにすっぽり収まる。


本をしまい、スマホをズボンに突っ込む。

時間を確認し、カバンを手に家を出た。


──朝食? 食わない。

食ったら午前中に寝落ちしかねないからな。

 


登校途中、いつもの自販機に立ち寄る。

微糖コーヒーを一本、朝の儀式みたいなものだ。


プルタブを引き、口に流し込む。

苦味が広がり、脳みそに心地よい刺激を与える。


──控えめに言って、最高だ。


エナジードリンク? ナンセンス。

あんなもん常用したら効果が薄れる。ここぞってときのために取っておくに限る。


駅が近づくと、制服姿の学生たちがちらほら目につき始める。

構内からは、電車通学組が波のように押し寄せてきた。


俺は飲み干した缶を駅前のゴミ箱に投げ入れる。

乾いた音が、駅前のざわめきに吸い込まれていった。


そのまま、ある男を待つ。


「おはよう! 慎爺! 待たせたな!」


「そんなに待ってないよ、龍ちゃん。おはよ」


現れたのは富山龍一(とみやま・りゅういち)

俺と同じクラス、後ろの席──ほぼ相棒みたいな存在だ。


身長183センチ。俺より13センチ高い。

明るくてフレンドリー、顔が広く、情報通。おまけに、うるさい。


……そんな龍ちゃんと、俺には“協定”がある。


拳を突き出してくる龍ちゃんに、俺も拳を合わせる。


「なあ、協定、覚えてるよな?」


「もちろん。面白いことがあったら、共有すること」


「そして──関わらず、傍観すること」


ニヤリと笑う龍ちゃん。

 

「ははっ、なるほどねぇ。お前が巻き込まれた、ってわけだ!」


俺が情報を持ってきたということは、協定の第一条は満たしている。

だが、俺がすでに“当事者”になってる以上、第二条が適用される。

つまり、龍ちゃんはそれ以上深掘りしない──はずだ。


察しのいいやつで助かる。


……そもそも、俺みたいな地味で人付き合い薄いタイプが、

なんで陽キャの龍ちゃんと友達やってんのかって?


答えは、入学直後にある。


あの日、龍ちゃんが他校の不良に絡まれてた。

俺は見かけて、警察に通報して、ただ間に入って時間を稼いだだけ。


喧嘩? してない。

──身を張って、殴られるタイミングをちょっと遅らせただけ。


結果的に「助けた」ってことになった。

それ以来、気づけばこうして拳を合わせる仲だ。

 


並んで歩きながら、俺は問いかけた。


「なんか面白い情報、あった? 俺のは……まあ、察してくれ」

 

待ってましたとばかりに、龍ちゃんが身を乗り出す。


「あるある! 昨日言おうと思ってたんだけどさ、お前が先に帰っちまったからさ……俺は部活があったが、お前なら絶対見たかったぞ?」


「見たかった? ってことは、アレか?」


龍ちゃんが意味深な笑みを浮かべる。


「ああ、アレだ。お前の大好物──告白イベント」


俺は思わず、龍ちゃんの肩を軽く叩く。


「早く言えよ。誰と誰だ?」


ガムを噛みながら、龍ちゃんは答えた。


「“恋人にしたい女子、ザ・ワン(天上天下唯我独尊)”鈴谷さんに、同じクラスの佐藤が告ったらしい。俺の部活の先輩が、佐藤の相談に乗ってたんだよ」


「マジか。佐藤ってどんな奴だっけ? 教室ついたら教えてくれ」


龍ちゃんは俺の背中をポンと叩き、笑った。


「一ヶ月経ってもクラスメイト覚えないとか、さすが慎爺!」

 

俺は苦笑いで頭をかいた。


「顔は覚えてるんだけどな。名前がな……苦手なんだよ」


「相変わらずだな。──ほら、もう校門前だ」


顔を上げると、見慣れた学び舎がそびえ立っていた。


──鵬桜条学園ほうおうじょうがくえん


名前のインパクトに反して、意外と居心地は悪くない。

自由な校風で、服装や髪型も多少の個性は黙認されるし、校則も「常識の範囲で」って感じ。


体育会系も文化系もバランスよくいて、芸能活動してるやつもいれば、ガチで東大狙ってる奴もいる。

……なのに、不思議と荒れない。トラブルも、陰湿な揉め事も、ほとんど見たことがない。


そういう“雰囲気”がこの学校にはある。


正直、俺にはちょっと眩しいくらいだけど──

なぜ俺がこの学園に入学を決めたのは自分でも謎だ。

 


校門をくぐり、朝のざわめきに混じって学園へと足を踏み入れる。


前を歩く女子生徒の、スカートから伸びた脚線美に目を細めた。


「……いい脚だな」


ポケットに手を突っ込んだ瞬間、龍ちゃんのチョップが頭を叩く。


「慎爺、おっさんくせぇぞ。自重しろよ」


「冷めたフリよりマシだろ。俺はオープン派だ」


「……限度は守れよな」


バカな会話を続けながら、俺たちは教室へ向かった。

 


教室に入り、窓際後ろの定位置に着く。


腰を下ろすと、すぐ龍ちゃんが小声で囁いた。


「慎爺、あいつだ。佐藤」


視線を向けると、すぐに見つかった。

──昨日、告白した本人だ。


友人たちに囲まれているが、騒いだりはしていない。

まあ、イケメンだしな。断られる心配はなかったんだろう。


考えに沈んでいると、不意に声がかかる。


「おはよう、慎爺くん。私のこと、覚えてる?」


声の主は、鈴谷未来。

クラスの“ザ・ワン(天上天下唯我独尊)”。


反射的に佐藤の方へ視線を向ける。

……こちらをチラチラ気にしている。やっぱりな。


「おはよう、鈴谷さん。あ、龍ちゃん、紹介するよ──鈴谷さん」


「紹介って、お前な……クラスメイトだろ。おはよう、鈴谷さん」


未来は笑いながら、俺の隣の席に腰を下ろす。


「興味ない人は、本当に覚えないのね」


「驚いたよ。隣だったのに」


苦笑しながら、俺は内ポケットから小説を取り出した。


「え、もう終わり? もっとこう、なんかないの?」


未来が不満げに、龍ちゃんへ助けを求める視線を送る。


「こいつ、マイペースっていうか……話すと意外と面白いんだけどな。掴みどころないタイプ」

 

俺は肩をすくめた。


「目立ちたくないだけだよ。──ほら、周り見ろ。視線が集まってる」


「慎爺くん、自覚ないんだ……あなた、結構目立ってるわよ?」


「なあ龍ちゃん。鈴谷さんが変なこと言ってる」


「いや、目立つっていうか──浮いてるな」


「……どこがだよ」


「その髪型とシルバーアクセ。あとは、その無駄に整ってる顔?」


「ごめん、何言ってるかわかんないわ」


小説を閉じ、足を組み直す。


「で、龍ちゃん。今日、部活あるか?」


話題を切り替えると、未来が口を尖らせた。


「慎爺くん? 放課後、空いてるよ?」


俺はきょとんとした。


「……は?」


 嫌な予感が、じわりと背中を這い上がる。

この日、俺の平凡な一日は──静かに、確かに、狂い始めた。

 

そしてもう、元には戻らないことを──このときの俺は、まだ知らなかった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


最初は「軽いノリで始めるラブコメにしよう」と思って書き始めたんですが、

気づいたら慎爺も未来も、めっちゃ不器用で、めっちゃまっすぐな奴らになってました。

特に龍ちゃんがいい奴になってて自分でも驚きです。



この作品は、

「あと一歩、踏み出せない」

そんな微妙な距離感を、もどかしく、楽しく、時々バカみたいに描いていくつもりです!


好きって言えない。

でも一緒にいたい。

そんな青くて苦い気持ちを、

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです!


次回も、慎爺と未来の“不器用な青春”を見守ってやってください!


ではまた、次の話でお会いしましょう!

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