第十話 少し楽しみだった日曜日---ゲームセンター後編---
六人に戻った俺たちは、わいわい騒ぎながらUFOキャッチャーを見て回った。
だけど、どの景品の前でも、女子三人は「可愛い〜」と同じ反応をするだけ。
はっきり言えば、どれ狙えばいいかわからない。
困り果てた俺は、ふぅと息を吐き、みんなと別れて一人で歩き出した。
(……仕方ねぇ、自力で探すか)
そして、目に留まったのは、ギターを持った手のひらサイズのぬいぐるみだった。
……いや、よく見りゃ、顔が完全に笑わせにきてる。
ニワトリ、猫、犬。三種類。
全部、目がイッちゃってるし、口もアホみたいに開いてる。
しかも、チェーン付きでバッグに付けられそうなんだけど、
センスの欠片もないな。
どう見ても、好きな相手に渡すもんじゃない。
だけど、何故か。
見た瞬間、無性に欲しくなった。
(……なんだこれ。やべぇ、欲しい)
気づけば、俺はもう金を入れていた。
一発で取れた。
ギター抱えたニワトリ。
手に持った瞬間、思わず吹き出しそうになる。
口を開いたまま、目の焦点が上にいってる。
こいつ、ひでぇ顔してんな。
続けて猫を狙う。
こいつはベースを持って、舌を出してる。ヘラヘラした顔が妙にツボった。
三つ目、犬。これも無事ゲット。
マイクを持ってるせいか、イッてる目もアホみたいに開けてる口もカッコよく見える。
こいつは……まぁ、いちばんまともか。
手に三匹のぬいぐるみを抱えながら、ふっと思った。
(欲しくて取ったけど、俺ってセンスないな)
対決が始まって速攻で景品をゲットしてしまった。
みんなの元へ行くか迷って、俺は龍ちゃんにメールを送った。
[どこで待ち合わせにする? ゲームセンターってうるさいから外の椅子に座ってていいか? あと、自販機に行ってくるわ]
すぐに返信が来た。
[もう取ったのかよ! 流石だな! わかった、外で座っててくれ!]
俺はメールを確認して、ゲームセンターの隅にある自販機へ向かった。
小銭を入れて、微糖のコーヒーを選ぶ。
缶がゴトンと落ちた。
片手に缶コーヒー、もう片方に──
イカれた顔のぬいぐるみ三匹。
ショッピングモールのベンチに腰を下ろすと、缶を指でころころ転がしながら、ぼんやりぬいぐるみたちを見た。
ニワトリはアホ面でギターをかき鳴らし、
猫はベロを出してベースを抱え、
犬は……なぜかマイク持ってやたらカッコつけている。
(犬、お前だけズルいな)
そう思いながら、ニワトリを手に取る。
イカつい顔した俺が、こんなぬいぐるみ三匹持って座ってる。
前を通る女の子たちが、クスクス笑って通り過ぎていった。
まあ、そうなるよな。
俺は、コーヒーを一口飲んだ。
冷たい液体が喉を流れていく。
(……未来、これ見たら笑うかな)
ふと、そんなことを思った自分に、苦笑する。
別に、未来に渡すために取ったわけじゃない。
ただ、なんとなく欲しくなっただけ。
……そう、自分に言い聞かせる。
冷めたコーヒーをもう一口飲んで、一息ついてると、佳織が歩いてきた。
「また、コーヒー飲んでる。好きなの? コーヒー」
佳織は隣の椅子にちょこんと座る。
俺は咄嗟に愉快なぬいぐるみ三匹を隠した。
勝負は勝負、ズルしたらダメだ。
「佳織はゲームセンターはもういいのか? みんなは?」
話題を振ってみると、彼女は足を伸ばしながら答える。
「んー、男子たちはUFOキャッチャーしてるよ。見てる感じだと好きな女子へのプレゼントだったりして?」
勘がいいな。女子って怖い。
俺は言おうか悩んだが言わなかった。
さりげなく、なんでそう思うか聞いてみた。
「なんで、そう思うんだよ。もしかしたら、UFOキャッチャーがすげぇ好きなだけかもしれないだろ」
佳織はくすくす笑ったあとに答える。
「だって、龍一くんは彼女の反応に敏感だし佐藤くんも未来の反応に敏感になってるんだもん。わかるよ」
勘がいいだけじゃない……だと?
カフェの時から思ってたが、人のことよく見てるな。
俺は誤魔化そうとコーヒーを飲むことしかできない。
一拍置いて、佳織が聞いてくる。
「慎爺は何を取ったの?」
俺は観念して取った景品を見せる。
目がイッちゃってる、ギター持った動物たち。
佳織はツボったらしく、笑っている。
「笑うなよ、可愛いだろ? 特にこの猫」
俺はむすっと言いながら、舌を出してベースを抱えた猫を突き出す。
佳織は顔を真っ赤にしながら、肩を震わせた。
「み、みんな、女子が喜ぶ景品、え、選んでるのに、そ、それ?」
とうとう声を立てて笑いだして、目尻に涙まで浮かべてる。
これは、ツボらせるチャンスだな。
俺は追撃するように目がイッちゃってるニワトリを見せた。
「やめて、い、息ができない。目が、ニワトリの目が」
更にツボった佳織は心から笑っていて、少し俺は嬉しかった。
すると、未来が少し駆け寄ってきた。
「どうしたの? そんなに笑って。私も混ぜて?」
佳織は未来にも笑って欲しくて伝えた。
「慎爺が私を笑い殺そうとするの、慎爺、見せてあげて」
俺は未来が笑うか気になって、見せた。
未来は猫のぬいぐるみを一目見るなり、ぷっと吹き出した。
そして、肩を震わせて笑い出す。
──よし、掴みはOKだ。
俺は、心の中で小さくガッツポーズする。
続けて、ニワトリのぬいぐるみを突き出した。
「この動物たち、絶対ヤバい薬キメてるって。目が……!」
俺はショッピング番組っぽくイカれたニワトリを説明した。
未来はもう言葉にならないくらい笑い始めた。
隣で佳織も、顔を真っ赤にして涙ぐんでる。
俺はコーヒーを一口飲みながら、ぼそっと言った。
「二人とも、笑いのツボ浅すぎだろ。まだまだ修行が足りねぇな」
笑いながら、未来が俺の腕を軽く叩く。
そのぬくもりに少し胸の奥から何かが湧き上がるような気持ちを感じた。
気がつくと、ゲームセンターにいた三人がこちらを見ていた。
凛恵ちゃんが龍ちゃんに小声で言う。
「佳織と未来が、こんなに笑ってるの初めて見たかも」
龍ちゃんは誇らしげに胸を張った。
「流石は慎爺だな。やっぱ、相手を笑顔にできる勝負は、一筋縄じゃいかねぇな。……で、慎爺、何取ったんだよ!」
龍ちゃんと凛恵ちゃん、佐藤が俺たちの元に駆け寄り、俺が抱えていたぬいぐるみを見た瞬間、三人とも腹を抱えて笑い出した。
笑いがひと段落したところで、龍ちゃんが佐藤の腕を肘で小突く。
その合図みたいに、龍ちゃんは凛恵ちゃんに、小ぶりなクマのぬいぐるみを差し出した。
佐藤も、未来にふわふわの白い犬のぬいぐるみを渡す。
未来は、少し驚いた顔をして──でも、すぐに嬉しそうに受け取った。
(……そうだよな。佐藤は、ちゃんと……)
心の中で小さく呟きながら、俺は手の中のぬいぐるみたちを見た。
龍ちゃんが、唐突に言った。
「三人とも、実は俺たち男子、勝負してたんだよ」
「勝負……?」
未来がきょとんと首を傾げる。
佳織は「やっぱりね」という顔。
凛恵ちゃんは小さく笑った。
「ああ。好きな女子に景品渡して、一番喜ばせた奴が勝ちだ」
女子たちが一瞬、固まった。
未来が俺を見る視線に、微かに戸惑いが混じる。
(やべぇ、龍ちゃんが爆弾発言しやがった……!)
心の中で俺は全力でツッコミを入れた。
龍ちゃんがさらに追撃してくる。
「俺が見た感じ、優勝は慎爺だな! ……って、おい、慎爺、渡してねーのかよ!」
俺は三つのぬいぐるみを抱えたまま、内心、焦る。
(どれ渡せばいいんだよ……)
少し考えて、ふっと笑って、佳織と未来に向き直る。
「あのさ。勝負とか内容は置いといて──未来と佳織、どれが欲しい?」
両手に抱えたぬいぐるみたちを差し出した。
アホ面のニワトリと、ベロを出した猫と、カッコつけた犬。
因みにどの動物もラリってる。
未来は顔を真っ赤に染め、佳織も耳まで赤くなっていた。
佳織は、腕を後ろに隠すようにしながら、そわそわと足元を見つめる。
「好きな相手に渡す……ってところまでは、気づかなかったなぁ……」
言葉とは裏腹に、佳織の目は明らかに泳いでいた。
未来は、少しだけ強がるように笑ってみせる。
「へ、へぇー、好きな相手に渡すんだ……ど、どれにしようかな……」
二人とも、顔を真っ赤にしながら、ぎこちなくぬいぐるみたちを見比べて迷い続ける。
だけど、なかなか選べない。
美少女二人がラリってるぬいぐるみを真剣に選んでる。
俺はなんだか申し訳なく思ってきた。
先に手を伸ばしたのは、佳織だった。
「あ、えーっと、じゃあ……私は、これにしようかな! 猫!」
やけに勢いのある声で言いながら、ベースを抱えた猫のぬいぐるみを指さす。
俺は少しからかい気味に言った。
「……本当にいいのか? 見てみろよ、このベロ出してるし。完全にキマってるぞ」
佳織は一瞬、ぐっと言葉を詰まらせたが──
「い、いいのっ! 猫、好きだから!」
むきになったように答える声はツンとデレが混ざったように聞こえた。
俺は少し苦笑して、そっとぬいぐるみを渡した。
「はい、プレゼント」
受け取った佳織は、恥ずかしそうに目を伏せながらも、そっと猫を抱きしめる。
「……ありがと」
小さく答えたあと、ぬいぐるみを見つめて、照れくさそうにもう一度ぎゅっと抱きしめた。
その仕草だけで、どれだけ喜んでくれたかが伝わってきた。
「どういたしまして」
未来は、佳織が先に選んだことに少し焦った様子で、えーと、んーと、とぬいぐるみたちを見比べて迷っていた。
そんな未来に、俺はそっと犬を差し出した。
未来は一瞬、え? という顔をする。
俺は頬を軽く掻きながら、照れ隠しして理由を告げた。
「……ほら、この犬、マイク持ってるだろ? きっとボーカルだと思うんだ。中学時代の俺みたいでさ。ちょっとイカれてるけど、なんか、似てるだろ?」
未来はぬいぐるみと俺を交互に見て、ふっと笑った。
未来は、俺から犬のぬいぐるみを受け取ると──
小さく「ありがとう」と呟きながら、
ぎゅっと、胸の前で抱きしめてから、少し上目遣いのまま目が合った。
一瞬のことだったけど、俺には、やたらと愛おしく見えた。
未来はすぐに恥ずかしそうに顔をそらして、
ぬいぐるみの耳をいじりながら、微笑んでいる。
俺は、そんな未来を、ぼんやりと見つめた。
(……喜んでくれて、よかった)
そう思いながら、俺は残りのアホ面のニワトリを見て、ぬいぐるみに感謝した。
少し楽しみだった日曜日---ゲームセンター後編---
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