表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/24

第一話 はじめましては、最悪だった。たぶん、俺のせい。

放課後、朱色に染まる体育館裏。

静まり返った空気を破るように、震える声が響いた。


「初めて会った時から好きでした! 僕と、付き合ってください!」


女子はほんの一瞬だけ目を見開いたあと、かすかに首を横に振った。

 

「ごめんなさい。……私、好きな人がいるの」


振られた男子は笑顔を作ったが、目が笑っていなかった。


「そっか。いきなり呼び出して、ごめん。……俺、行くわ」


そう言って、彼は踵を返し、夕焼けの中に消えていった。


ーーその一部始終を、俺は体育館裏の階段の影から見ていた。

 


手を合わせ、心の中で合掌。

振られた彼に、俺なりに最大限の敬意を捧げる。


なぜ敬意を? 理由は単純だ。

彼も、彼女も、俺と同じ一年生。

入学してまだ一か月。

これから三年間、顔を合わせ続ける間柄だってのに、そんなリスクを背負って告白した。

その勇気だけで、十分だろう。


しかも、彼女は言った。“好きな人がいる”と。

つまり、この恋は報われない可能性が高い。

もしその“好きな人”が、彼の友達だったら──友情にヒビが入る未来すらある。

 

誰かを好きになる。それを伝える。

つまり俺が言いたい事は告白した事によって、人間関係の歯車が動いたと言う事だ。

 

それでも挑んだんだ。すげぇよ、マジで。


これをネタにして騒ぐ連中もいるだろうけど、俺は違う。

俺はただの傍観者。

 

手を合わせて、去りゆく背中を見送るだけだ。

 傍観者として、静かに階段に座っていた。


……静かに、終わるはずだった。


「はぁ、また告白された。付き合えるわけないじゃん。私、これでもバーチャルで活動する歌い手なんだから。しかも結構人気あるし」


……聞いてしまった。

独り言。


俺は慌てて、ブレザーの下に着たパーカーのフードを被り、身を隠す。

バレたら面倒だ。息を殺し、気配を消す。

彼女が立ち去るまでここに居よう。


だが、彼女はその場を離れる気配がない。

しびれを切らした俺は気付かれないよう、まるで忍者のように超スローで階段を降りた。


一段、また一段。

驚くほど慎重な動きに、自分でも感動する。

俺……こんな動きが出来るのか!


そして最後の段を降り、顔を上げた時――


「……聞いてた?」


彼女が、すぐ目の前にいた。


その目は、殺意すら感じるほど鋭い。


「な、何を……ですか?」


額に汗。必死にとぼける俺。


正直に言うと、告白は聞いてた。でもその後の独り言は……たぶん、聞いてない。

ゾーンに入ってた。たぶん。


「ゾーンに入ってたから、たぶん何も聞いてないと思う。いや、聞いてない!」


「ゾーン? 意味わかんない。絶対聞いてたでしょ、白状しなさいよ!」

 

 一歩、彼女が詰め寄ってくる。


ちょっと待て、この子……俺のこと知ってる感じだな。誰だっけ?


……やばい。名前が出てこない。顔は見たことある。多分クラスメイト。美少女枠。

でも名前がマジでわからん。

 

「マジで聞いてないって! 聞いてたのは告白だけだから!」


ポケットに手を突っ込み、反射的に一歩下がる。


「はぁ? 告白を趣味で盗み聞きとか、最低なんだけど!」


「違ぇよ! 趣味じゃねーんだわ! なんなら先に俺が階段に座ってたわ! 告白の最中に階段から降りて邪魔した方がタチ悪いわ!」


大げさなジェスチャーで弁明する俺。

彼女は面食らった顔をしながら、さらに言い返す。


「仮に先に階段に座ってたとして、告白を聞くのは非常識じゃない? 人として最低! 人の心は持ってないの!? 本当に最低!」


「そっちこそ! そんな声で“私バーチャルで活動する歌い手なんです”とか独り言言うなよ!」

 

俺の反論に、彼女は明らかにむっとした。


なるほど、プライド高め系女子ね。


……これはさっさと引き下がった方が良さそうだ。

 

「俺は、君がVTuberだかVSingerだろうが何だろうが、興味ないから。正体をバラすつもりもない。活動名も、知らないし、知りたくない! 面倒事はごめんだからな! じゃ、そういうことで!」


背を向けて歩き出す俺を、彼女が慌てて引き止める。


「ちょ、待って!そこ重要だから!待ちなさいよ!」


肩を掴まれ、渋々立ち止まる。


「言っとくけど、俺は傍観者だ。人の秘密に深入りしない。誰にも話さない。興味も持たない。君の名前も知らないし、知るつもりもない。それが、俺のルール」


 ルールその一、人の秘密に関わるなら、深く関わらない。

 ルールそのニ、秘密をバラすな。

 ルールその三、何かするなら先を考えろ。


 これが俺の“傍観者三原則”。


真剣に告げると、彼女はジト目で睨んできた。


「私たち、同じクラスなのに? 一ヶ月経ってるのに? 何が"俺は君の名前を知らないし、知るつもりもない"よ。失礼過ぎない?……信じらんない」


「おっと、失礼。はじめまして、俺は鶴留慎爺つるとめ・しんじです」


軽く会釈すると、彼女は信じられないという顔で言った。


「本当に失礼すぎ。私は鈴谷未来すずや・みく! 覚えときなさい、バカ!」


黒いセミロングに、絶妙な丈のスカート。そしてニーハイ。

そこから伸びる太ももが、なんというか、まぶしい。


……俺、今めっちゃ観察してるな。

いつの間にか俺は腕を組み、片手を顎に当てて観察していた。


「ちょっと、どこ見てんのよ」


「違う。絶対領域の観察だ」


「変態ね……」

 

 俺は人差し指を立てて鈴谷さんを黙らせる。

 そして、観察を続行した。


「違ぇよ。勉強。俺は絶対領域と言う言葉の意味を知りたかっただけだ。目を見て話すのも、太もも見て話すのも、情報量としては似たようなもんだろ」


 ニーハイと太ももの絶対領域と言う言葉の意味を知りたかっただけだ。何が絶対領域なのか? 俺にはわからない。

 だからこそ、その意味を知りたかった。


「違うわよ!!」


鈴谷さんは頭を抱えて叫んだ。


「もういい、疲れた……帰る」


彼女が背を向けたとき、俺はふと声をかける。


「鈴谷さん、独り言には気をつけた方がいいぜ?」


「気をつけるわよ……良い人生勉強になったわ」


そう言い残し、彼女は去っていった。

 

「大丈夫、絶対言わないから! ここに誓う! 喋ったら屋上で、空を自由に飛びたいなーってやってやるよ!」


そして俺はその背中を見送りながら、静かに思った。


ーーこれが、鈴谷未来との最初で最後の関わり。

 

 帰り道、ふらりとゲームセンターに寄った。

UFOキャッチャーを一通り眺め、特に欲しいものもなく店を出る。


駐車場脇の自販機でお茶を買い、ベンチに腰を下ろした。

人通りが少ない場所。

気疲れせずに、ただぼんやりと過ごせる時間が、今は何よりありがたかった。


ひと息ついたあと、家に帰る。

夕食を済ませ、風呂に入り、ようやく自室へ。


俺の部屋には、ベッドがひとつ、二人掛けのソファがひとつ、勉強机がひとつ。

机の上にはノートパソコン、隣には小さな本棚。

取り立てて特徴もない、至って普通の部屋だ。


時計は、午後九時を回っていた。


ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

今日一日の出来事が、ゆっくりと脳裏をよぎる。


──鈴谷未来。


できれば、これ以上は関わらずにいたい。

ただの傍観者でいられれば、それでいい。


俺にはルールがある。

踏み込まない。

秘密を守る。

先を読む。


明日からも、そのルールに従って、静かに日々を見守るだけだ。


目を閉じる。

次第に意識が遠のいていく。


そして──朝が来た。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!


「傍観者でいたい男子」と「秘密を抱えたヒロイン」の、ちょっとズレた青春ラブコメ、楽しんでいただけたでしょうか?


作者的には、慎爺くんの「いや俺関係ないし!」ムーブと、

未来ちゃんの冷静っぷりをニヤニヤしながら書いていました。


最初は「静かな青春を書こう」と思ってたのに、

気づけば太ももだの絶対領域だの観察しはじめていて、

「……これ大丈夫か?」って不安になりつつも、何とか第一話を書けました!


まだ始まったばかりの物語ですが、

慎爺と未来、そして周りのみんなが、どう成長して、どんな”ゼロセンチ”の距離を埋めていくのか──

これからも、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです!


次回も、自重しつつ書きます!


またお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ