第3話 悪女、キャパオーバーする
『終了です。これにて新入生のオリエンテーションを終了します。各自教室に戻り担任に手に入れた封筒を渡してください』
とうとうオリエンテーションが終わった。結局私が手に入れた封筒は二つ。一つは白紙でもう一つは丸であることは確認した。もちろん私は何も考えていなかったわけではない。私はどの組に所属しても構わないが絶対に千華だけは嫌なのである。それに千華に入らずとも成績も就職もなんとかなるのだから。私が今回のオリエンテーションを使ってしたかったことは学校の仕組みと人員。運よくキトに出会えて良かった。
ちょうど自分の席に座ると担任が入ってきた。
「お前ら出席番号順に自分の封筒を渡していけよ〜」
と言い順番に先生に渡していった。全員の封筒が回収されると先生は立ち上がり言った。
「組分けは決まり次第お前たちに知らせる。このあとは45分間の昼休みだ。次の授業は委員会を決めるから今の席に座って待ってろよ〜」
と言って先生は出て行った。クラスはザワザワとしだした。私は特段興味もなかったため机に肘を突きつまらないと思いつつ目を閉じて時間が過ぎるのを待った。いくらか時間が過ぎた頃廊下の方も騒がしくなってきた。よく聞くと女子の声の方が大きいだろうか。騒がしい方がこちらのクラスに近づいている気もする。目を閉じていたからか微睡んでしまい少し眠ろうかと机に伏せて寝ようとしていると騒がしかった声がぴたりと止んだ。不思議に思っていると髪の一部がそっと解かれた感じがして顔を上げるとシュウが私の髪を一房掬ってそっと口付けていた。その途端クラスや廊下から女子の悲鳴が聞こえた。
ああ、厄介なことになってしまった。それより何故シュウがここに?
不思議とイラつきが湧き上がり眉を寄せて私の髪を掬っていたシュウの手を振り払った。
「勝手に触らないでって言ったはずだけど?」
そう言うとシュウは優しく髪から手を離し一歩下がってエスコートするように手を差し出した。
「これは失礼。貴女へ千華からの招待状です」
そう言われ目を細めながらそっとシュウの手を取った。シュウのエスコートをうけるように手を引かれ廊下に出ると野次馬の中からちらりと彼が見えた。どこかイラついたように睨んでいた。それに心が満ち足りるような気持ちになり彼に向かって
(待て)
と口パクで言い口元に人差し指に置いて静かにと言いたげに口角を上げた。その顔を見て彼は驚いたかのようにしつつ満足そうに頭を軽く下げて野次馬の海に流れて行った。しばらく廊下を歩くと会議室と書かれた教室に着いた。ここが千華の教室。中に数人の気配がする。シュウが勢いよく扉を開けるとそこには長机に向かい合うように座る三人と所謂お誕生日席に一人いた。あの人がこの高校の生徒会長だろうか?そう思っているとシュウは私の手を離しそのまま気だるそうな人の横に座った。
「アゲハちゃんようこそ千華へ」
と扉の前で立ったまま動けない私に向かって言う。どうしようかなんて思いつつ明らかに生徒会長と思われる人に流し目で目配せすると彼もまたどこか困ったかのように私に向かって微笑んだ。彼もこの状況は本意ではないということだろう。私が立ったままで彼らが座ったままというのはなんとも分かりやすい序列だろうか。私は生徒会長の前の席に何も言わず座った。
「君は新入生?すごく綺麗な子だね!」
と背の低い子が私の髪を見て言った。彼は新入生かと思ったけど違うような気がする。説明を求めるようにシュウを見ると仕方ないと言いたげに肩を竦めた。
「アゲハちゃんを皆に紹介したかったんだ」
悪気しかなさそうに言う彼にイラつきを覚えつつ生徒会長らしき人を見た。
「貴方がここの生徒会長で?」
そう尋ねると彼は頷き
「そうだよ!僕は双木 加陽!女の子っぽい名前だけど立派な男子高生だよ!」
まるで太陽のように彼は笑った。つい彼が眩しく見えて目を細めてしまう。
「千華の皆を紹介するね!まずは副会長の神木 梢」
カヤから見て右の方の背の低い彼を指さして紹介した。
「よろしくね!綺麗な人!」
「その隣が書記の伊糸 尚登」
シュウの隣に座ったメガネをかけた真面目そうな坊ちゃんを指して紹介した。彼はパソコンから一瞬だけ目を離してこちらを見たかと思えば興味がなさそうにパソコンに目を向けて分かるかどうかくらいの小さい会釈をした。
ここで彼は照れていると思うほど傲慢ではないつもりだがどうも気にかかる。なんだろうか
「そして彼がこの学校の風紀委員長の波兎 理玖」
「ういーっす」
と副会長の隣に座っている気怠げな彼を指さした。風紀委員?確かシュウは統括長のはず。一体どこが違うのだろう。説明を求めるようにシュウを見ると肩を竦めてシュウが言った。
「確かに俺は統括長だけど風紀委員とは全くの別物だよ。俺らの仕事はその名の通り百花と愁嵐の大々的な衝突を防ぐこと。だからこそどちらにも目を光らせておかないといけない。昔百花と愁嵐が大々的に衝突して死者も出したことがあったらしくそれによって統括長という役職ができたと言われてる。風紀委員は百花と愁嵐の衝突を止める委員だよ。まあ統括と風紀は持ちつ持たれつの関係ってことだよ」
なるほど。だからシュウを初めて見た時あんな会話を。しかし妙だ。なぜ私をここに呼んだのか。気まぐれにしては少々どこか引っかかる。
私は生徒会長様に目を向けて言った。
「生徒会長様?私を呼んだ本当の理由を伺っても?」
彼はきょとんと不思議そうに首を傾げた。彼はきっと作っていない。そのままの彼が本当の彼なのだろう。少し掴めない。
「えっとね、会ってみたいのが半分でもう半分はお願いがあるんだ」
「お願い?入学して早々私にですか?」
まだ入学して一日だ。展開が早すぎやしないだろうか。話を聞くだけ聞いてみてもいいのだろう。
「うん。シュウから聞いてるかはわからないんだけどね______」
それは私想像を絶する内容だった。
私は千華からの話が終わって、着いてくると聞かなかったシュウを交して廊下を歩いていた。先ほどシュウの手を引かれて千華に行くところを多くの人が見ていたからか好奇の視線に晒されていた。
ああ、面倒だ。そう思ったとき一人の女子生徒が声をかけてきた。
「あ、あの…シュウ様と貴女はいったいどういう?」
おずおずと頬を赤らめながらこちらに声をかけてきた。だがその目はシュウの方しか見ておらずそればかりか私に敵対心を燃やしているかのように睨んでいた。そんな彼女を見てシュウはいつもと変わらない笑みを浮かべながら少し考える間を置いてゆっくり口を開いて言った。
「恋人かな」
そのシュウの発言により周りは一瞬の静寂とともにお祭りかのように騒ぎ出した。私は気が遠くなるように感じた。
「違います。ただ千華からの呼び出しで教室のわからない私を案内してくださっただけです」
なるべく冷静に声を荒げず落ち着いて興味のない顔をして言った。すると周りもそうなのか、なんて言いながら私たちの前から去っていった。それを見てシュウは私の腰を引き寄せて階段の影に引きずり込んだ。
「なに」
眉を寄せて今にも不快ですと言いたげな顔をしながら言った。すると今までに見たことのない顔をしたシュウが私を見つめていた。その顔につい言いたいことすら忘れて見惚れてしまった。なんて、子供のように寂し気で青年のように無邪気で大人のように諦めたような、そんな顔をするのだろう。ここで初めて私はシュウをとても美しいと感じた。こんなにも何重もの感情が入り組んだような瞳は初めてだった。
ああ彼は私が思っている以上に…
そう思った時彼が愛らしく感じた。なぜ彼なのだろうそう考えても仕方ない。今はとにかく目の前の彼を慰めたくなった。この器用なのに不気味な赤子のような彼を
「寂しくなったの?」
私の肩に額を押し付けてずっと私が痛がらない程度に腰を強く掴んでいる彼にいつも以上に優しく語りかける。そんな私に驚いたのか顔をゆったり上げて私を見つめた。すると私の頬に手を添えてそっと耳にかけて指先で撫でていく。何も後ろめたいことはしていない。なのに官能的な雰囲気に私は少し動揺した。おそらく彼の醸し出す雰囲気がそうさせているのだろう。いつもの軽薄そうな雰囲気とは違いどこか怪しげに儚げな空気だ。私はそんな彼から目を離すことができなかった。
「おかしいと思う?昨日今日会ったばかりの娘にそう思うのは」
迷子になりそうな瞳。このままだと迷って永遠に戻ってこれなさそうな、そんな瞳。
「いいえ。まったく。私と関わった人は皆そう言うわ。貴方は自由にしていいのよ」
シュウの頬に手を添えて先ほどの彼同様、耳にかけて指先で撫でてみる。すると彼は私の腰を尚更強く引き寄せて私の耳元に顔を寄せて呟いた。
「君はほんとに不思議な子だね」
そのまま私たちは階段の影という誰に見つかるかもわからない場所で私たちの影は重なった。