第2話 悪女、見つける
あの後シュウとはすぐに分かれた。入学早々問題児だと思われるのは嫌だからである。しかしクラスに遅れて入ってきた私を待ち受けていたのは思わず眉を顰めてしまいたくなるような出来事だった。
「お前愁嵐派の人間だろ!百花の俺に何逆らうんだよ!」
ああ、なんて醜い争いだろうか。こんなところにまで格差が広がっていた。なんて愚かなのだろうか。
「1年でそんなのあるわけねえだろ!カマトトぶってんじゃねえよ!」
こんなの収集がつくのだろうか。付くはずがない。どうしたものか。そんなことを思いながら席に座る。
「ほら〜席座れよ〜」
教室のドアを開けて先生らしき人が入ってきた。その途端騒いでいたクラスが一瞬で静まり全員が席に座った。
「入学して早々何騒いでたんだ?」
そう尋ねる先生にクラスの皆は何も言えず口を閉ざした。何も言わない私たちに先生は溜息を吐き次の話を始めた。
「それはそうとお前らまずは入学おめでとう。お前たちは晴れて高校一年生だ。そこで本校の構造を説明する」
そう言って私にシュウが教えてくれた内容を教えてくれた。ただし最後を除いては
「そしてお前らはまだ百花と愁嵐のどちらかは決まっていない。決まるのはこれから始まる新入生のオリエンテーションの合否でだ」
オリエンテーション?そんんものカリキュラムにもシュウも言ってなかった。このオリエンテーションで百花になるか愁嵐になるか決まるということ?それはあまりにも…
「理不尽だと思うか?」
ハッとした。先生がこちらを向いてニタリと嫌な笑みを浮かべて言った。
「この世の中は理不尽なことばかりだ!!だからこそこうしたい、ああしたいなんていう欲望や理想は捨てろ!!そんなもの社会ではそこらへんの空き缶ほどの価値もない!!」
この教師はいきなり何を言い出すのだろうか。それでもこのクラスの皆には刺さるものがあったらしい。先ほどのジトリと湿った感じの雰囲気は消え今では先生の話に真剣に耳を傾けていた。
「ルールを説明する。この学校全体に数えきれないほど多くの封筒を用意した。封筒の中身はどれも丸や二重丸が描かれたものだ。ただし一つだけ星のマークが描かれた封筒がある。それを制限時間内まで持っていた者、そして数多くの封筒を持っていた合計二名を今年の千華に入れる一年生とする。千華は全てに融通が効く。学力面も就職面でも心配事は何もない」
つまり千華にはそれを可能にするだけの権力と財力があるということ。どうやって百花と愁嵐を振り分けるのだろうか。
「制限時間は60分。立ち入り禁止区域はない、が屋上などは特に気をつけるように。後はアナウンスに従えよ〜」
そう先生が言って教室から出て行った瞬間教室中が浮き足だった。耳を傾けると千華に入れたらどうしようだの一緒に行動しようだの調子のいいことばかり。
このオリエンテーションは普通に考えれば単純な宝探しだが先生は禁止事項は言わなかった。それはうっかり忘れたものではなくあえて言わなかったということ。つまりこれは争奪戦である。たくさん見つけた者に近づき無理やりでも騙してでも奪えばいい。先生は言っていた。制限時間内に持っていた人が、と。つまり見つけた人ではない。この事実に気付いた者はいるのだろうか。
そんなことを考えていると独特な音楽が流れアナウンスが鳴った。
『新入生オリエンテーションを始めます。制限時間は60分。範囲は校内全体。制限時間になり次第各自の教室に戻ってください。なお、他の人との協力は咎めないものとします。それでは第103回新入生のオリエンテーションを開始します」
他の人との協力は咎めないものとする?そんなのなんでもありになってしまう。このオリエンテーションで一番危険なのは百花と愁嵐との振り分けがどのような選別方法なのかということ。単純に手に入れた封筒の数で決まるのかそれとも別の方法なのか。とりあえず人が少なそうなところに行くしかないかな。
そう考えながら記憶の中の学校のマップと道を照らし合わせながら進んでいく。旧校舎の3階の少し奥にある旧美術室。もう授業では使われてはいないが過去の先輩たちの受賞作品などが置かれている。そこにも一つくらいは封筒くらいあるだろう。そう思い足を進める。
「埃っぽいのね…」
ドアを開けてから眉を顰めながら言う。しかし美術室の中にはたくさんの色とりどりの絵画たちが飾ってあった。あたりを見渡しているとふと教卓と絵画の間に挟んである封筒を見つけた。
「白紙」
封筒を手に取り中を見ると白紙でなんとなく目を細める。すると奥から鋭い声が聞こえた。
「誰」
春なのにここだけ雪が降っているのだろうか。空気が凍った気がした。
「お前誰」
癖のある黒の短髪に高くも低くもないどこか落ち着きのある声。切れ長にこちらを見据える瞳はどこか冷たさを帯び少しの恐怖を覚える。
「新入生の者よ。オリエンテーションでここに来たの。貴方は?同じ新入生かしら?」
怖くはなかった。不思議と安心感を覚えるような打ち上げられた魚が海水に返された、そんな感覚。
「邪魔だから退きな」
そう冷たく見下ろしながら言い隣をすり抜けようとした。私を邪魔と言った?私が?
不快感も躊躇もしなかった。
「何様?貴方が元々いただけの話よ。貴方が私から離れればいいだけの話」
私は彼の制服のネクタイを勢いよく掴み教卓の上に押し倒すような形で乗り上げる。あまり不快にもイラつきもあるわけではないがなんとなくそうしていたくなった。彼は目をスッと細めてネクタイを掴んでいる私の手首を強く掴んで言った。
「傲慢で矛盾した女」
それくらいわかっている。自分でも何をしているのだろうと思っている。それでも私はこの男を逃したくはなかった。
「何か勘違いしてるけど。俺は3年。お前のセンパイなんだけど?」
そう呆れたように私の心を読んだかのように言った。ああ、やはり彼は同類だ。
「お前名前は?」
そう
彼に言い放った。どうしてもこの男が欲しい。客観的に見たら中々に勘違いされやすい体制で私は獰猛類のように目をギラつかせているのだろう。
「……如月 キト」
教えてくれるなんて思わなかった。驚いた素ぶりを見せながら何故?と首を傾げる。
「あんたの目がギラギラして幻想的だった」
そうやって私の頬に手を伸ばし強く私の手首を掴んでいた手の力を弱めた。まるで初めての物を見た少年かのような顔をしながら私の目元を親指でそっとなぞった。
「キト、私の名前にそっくりね。私は小都」
そう言った途端表情は変わっていないものの驚いたかのような雰囲気を感じとった。
「コト?」
私の名前を確かめるように言ったキトがどこか可愛らしく写った。つい彼の頭を撫でてしまった。
「触るな」
流石に跳ね除けられてしまった。彼の上から退き服を整えていると彼が言った。
「コトはどうしてこの学校に来た」
ああ、それはダメだ
「知らなくていい」
と自分でも冷たく言ってしまったのがわかるほどだった。キトは目を細めつつ服を整え私に一枚の封筒を渡してきた。オリエンテーションの封筒である。この美術室には2枚あったのか。ありがたく受け取り時計を見ると残り10分でオリエンテーションが終わることがわかった。そのまま美術室を出て行こうとドアを開けて足を一歩踏み出した時思い出した。
「キトありがとう」
感謝を伝える為にと今度は優しくネクタイを引っ張り頬に口付けた。目を細め私とは裏腹に目を見開いているキトを見て満足し口パクでご褒美と言いそのまま美術室を出た。
オリエンテーションが終わるまで残り25分。