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8.解呪

「これ以上凛を困らせないよう、本家で監視しようか」

「柊! あたしは気にしてないから、お姉ちゃんを許してあげて!」


 柊ちゃんがそう言うと、凛が慌てて走って来た。


(実際には凛がわたしを困らせているのだから、監視されたら困るよね)


 柊ちゃんは凛が姉を心配して走ってきたのだと勘違いをしていて、目を細める。


「凛は優しいね」

「あたしは柊がいてくれればそれでいいの。ね?」


 凛が上目遣いで柊ちゃんの手を取る。


「それに、お姉ちゃんは結界の腕だけはぴか一だから、いたほうが日ノ宮にとってもいいでしょ?」

「さすが僕の婚約者だ。日ノ宮のことを一番に考えるなんて偉いね」


 柊ちゃんが頭を撫でると、凛はえへへと嬉しそうに笑った。


「さすが凛様!」

「まったくどうして凛様の姉があのような無能で浅ましい人間なんだか」


 解呪師たちから凛への称賛と私を蔑む言葉が飛ぶ。


「お姉ちゃん、あたしのこと嫌いかもだけど、日ノ宮にはどうか力を貸して。お願い」


 瞳を潤ませわたしに視線を向けると、凛が胸に飛び込んで来た。


「凛……」

「なんて健気な!」


 柊ちゃんもみんなも凛の言葉に感動している。


「日ノ宮を出るなんて許さない。お姉ちゃんはあたしの幸せを羨みながら生きていくんだから」


 耳元で凛が囁く。


「な……?」


 青ざめるわたしを見て凛がにっこりと微笑む。


「お姉ちゃんのことは、日ノ宮で一生飼い殺しにしてあげるからね」


 可愛いはずの凛の笑顔が悪魔に見えた。

 全身から血の気が引く気がして、わたしは言葉を失った。


(一生、このまま……?)


 凛はわたしの未来までも搾取すると言うのだろうか。


(だからわたしのバイト代も何かにつけて使わせて、貯まるのを邪魔していたというの……?)


 絶望するわたしの表情を見て満足した凛は、柊ちゃんの隣へと戻る。


「さあ始めよう。今日は久しぶりに国から依頼された案件だ。日ノ宮の力を見せつけるときだよ」


 当主のかけ声に、解呪師たちからは鬨の声が上がる。


「楓」


 久しぶりに柊ちゃんから呼ばれた名前が物のように感じられた。それくらい無機質な声色だった。


「……はい」


 わたしは俯きながら返事をすると、胸の前で手を組み、頭の中でこの周辺に張る結界をイメージしながら唱える。


(いずる)――(うたかた)


 結界は一般人を巻き込まないために、呪詛と解呪師だけを閉じ込めるものだ。

 透明なベールのような膜が公園全体を覆う。


「また祝詞を飛ばしたぞ……」


 結界を作り上げるわたしを解呪師たちがひそひそと蔑んだ目で見る。


「あんな無能の結界で大丈夫なのか?」

「仕方ないさ、結界を張れるのはあの無能だけ。綻んでも俺たちが呪詛を秒殺するから大丈夫だろ。外に被害は出ないさ」


 日ノ宮は伝統を重んじる家なので、祝詞を唱えず結界を張るわたしを異質なものとして見る。

 解呪師の術はいくつかあり、その前に必ず祝詞を唱えるのが日ノ宮に伝わるやり方だ。


 わたしは幼いころから結界を張るのが得意だった。だからこそ、柊ちゃんの伴侶にと父が期待を持ったのだ。

 結局、わたしは他の術を扱えることができず、肩身の狭い思いをすることになった。それでも国から要請される解呪の仕事に結界は必要で、そのときだけは呼ばれるようになった。


 せめて皆が早く解呪の仕事にとりかかれるよう、わたしは早く結界を張れるよう工夫した。いつしか祝詞を唱えなくとも結界を張れることに気づき、実行した。――それからだ。わたしが日ノ宮の恥と言われるようになったのは。


 無能で一族の恥、それが日ノ宮でのわたしだ。

 一刻も早くあの家を出たくて、高校に上がると、解呪の合間にアルバイトを始めた。月之院からの依頼が少ないと、わたしが呼ばれることもなかったから。


『お姉ちゃんのことは、日ノ宮で一生飼い殺しにしてあげるからね』


 凛の言葉が脳裏に焼き付いて離れない。


「掛けまくも畏き大和祓大神やまとはらえのおおかみ――」


 柊ちゃんの祝詞が始まり、ハッとする。


「おい、無能は下がってろ」


 解呪師の一人に怒鳴られ、後ろに下がる。結界を張った後は、邪魔をしないよう隅で控えるのが常だ。


 柊ちゃんの術が発動すると、埋め込まれていた呪詛の場所が一斉に赤く光った。


(多い……!)


 十個近くあるそれからは瞬く間に瘴気が立ち上り、邪鬼が次々に生まれる。

 不気味な姿の邪鬼は、ドロドロと実態をとどめてはいないが、鬼の角を携え人の形をしている。


「凛が封印できるようにサポートしろ!」

「はっ!」


 凛が祝詞を唱えている間に解呪師たちが順番に邪鬼たちを攻撃していく。弱ったところを柊ちゃんと凛が封印していくのだ。

 いちいち祝詞を唱えないといけないので、攻撃は順番に行われる。これだけの数でも上手くこなせるのは、連携がしっかりしているのと、術者一人一人の力が強いからだろう。

 そこはさすが日ノ宮だと思う。


「ウォォォォ」

「やった!」

「さすが柊様と凛様!」


 邪鬼の耳を割くような悲鳴と、解呪師たちの歓喜の声が飛び交う。解呪は順調なようだ。


(あれ……)


 わたしは違和感を覚える。


(一般の人が結界内に紛れこんでる!)


 結界を張っている間、わたしは結界内の気配を感じ取ることができる。


「大変! 外に出してあげないと!」


 慌てたわたしはその場を離れ、走り出した。 

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