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6.憂鬱な朝

「きゃあ! 見て見て、イケメン!」


 台所で朝食の準備をしていると、凛がスマホ片手に叫びながらやって来た。


「月之院グループ、社長……交代!?」


 先に座っていた義母が凛にスマホを見せられ驚いている。


 月之院は日ノ宮と同じく現存する解呪師の家だ。ただし、あちらのほうが国からの信頼も厚く、格上である。

 衰退の一途を辿る日ノ宮は、何かにつけて月之院を陰で敵視していた。


 なぜなら、大掛かりな解呪の仕事は国から依頼されるのだが、それらは月之院が一手に引き受けていた。そして日ノ宮は月之院から手伝いとして仕事のおこぼれをもらっている。

 個人の依頼に頼る日ノ宮にとって、大事な収入源なので、月之院には表立って噛みつけない。それでもプライドの高い日ノ宮は、感謝を示さないどころか敵視していた。


「若くして当主の座も継いだみたいだが、こんなちゃらちゃらした奴に格式高い仕事が務まるものか」


 新聞を片手にやって来た父が席につく。日ノ宮で成り上がれなかった父は、妬みからかぐちぐちとこぼす。


「お父さんってばふるーい。こんなハイスペックイケメンなら、乗り換えたいくらい」


 スマホにちゅっと唇をつけて凛が無邪気に笑う。


「凛ならどんな男性だっていちころよ。月之院を篭絡するのもいいんじゃない?」


 義母がまんざらでもなさそうに笑みを浮かべる。

 二人の会話を聞いた父が慌てふためいた。


「な、何を言っているんだ! 柊様の伴侶に選ばれたのは、日ノ宮一族にとってこの上ない名誉なんだぞ!」

「わかってるわよ、お父さん。柊様はあたしに夢中だから安心して。あたしも柊様と結婚するつもりだし。この前も心変わりしないか心配されちゃったのよ」

「そ、そうか」


 おどけて話す凛に父が安堵する。


(柊ちゃんとはうまくいっているんだな)


 ふざけていたとしても、柊ちゃんを蔑ろにする凛の発言にわたしは憤っていた。

 結局は柊ちゃんとの惚気話を聞かされただけだったが。


「お姉ちゃん、まだー?」

「いまできたから……」


 話題に飽きたのか、凛がテーブルに頬杖をついて朝食を催促した。

 誰一人、運ぶのさえ手伝ってくれない。


「本当にお前はとろいな」


 父のお小言を聞きながら朝食を三人分並べていく。わたしは同じ席につくことを許されていないため、いつもキッチンで立って食べている。


 焼き魚におひたし、お味噌汁とご飯、うちはいつも和食だ。伝統ある解呪師の一族として、父のこだわりらしいが謎だ。


「ねえ、たまには西京焼きとかできないの?」


 自分のお弁当を作ったり、洗濯をしたりとわたしは朝から忙しい。凛のわがままなんて聞いていられない。それに食材は宅配サービスで送られてくるものなので献立は変えられない。


「ねえねえ、すぐそこのコンビニで売ってたでしょ? 買ってきて」

「は?」


 当たり前のように命令する凛にわたしは言葉を失う。


「凛がこう言ってるんだから買ってきたら?」


 義母も当然のようにこちらを見た。父は何も言わずに黙っている。


「でも、もう作ってしまったので」

「口答えするな!!」


 テーブルをバンと叩いた父に身がすくんだ。


「凛の機嫌を損ねるんじゃない、この役立たずが」

「はい……」


 そのやり取りをみていた凛がクスクスと笑う。


「もちろんあなたがお金を出しなさいよ」

「は……」


 義母の信じられない言葉に絶句する。


「お姉ちゃん、あたしの焼き魚をあげるからお弁当に持っていきなよ。これでプラマイゼロでしょ?」

「ああ、凛はなんて優しいのかしら」


 無邪気に笑う凛を義母が褒め称える。


(ぜんぜんプラマイゼロじゃない。またバイト代が消えていく……)


 わたしは拳を握りしめると、部屋に財布を取りに行き、家を出た。


(こんな日々がいつまで続くんだろう……)


 家の近くのコンビニで西京焼きを買って家に戻る。


「お姉ちゃんおそーい! あたしお腹が空いて我慢できなかったから、お姉ちゃんの分の焼き魚も食べちゃったよ?」

「は……?」


 帰るなり凛が不満そうに言った。


「その西京焼きはお昼にでも食べるから、冷蔵庫に入れといて」

「え……でもわたしの朝食……」

「タダ飯食らいが何言ってるの?」


 わたしの言葉を義母がぴしゃりと遮る。

 わたしが何も言い返せないでいると、父が話題を変えた。


「そうだ今日の夜、解呪の仕事が入ったから柊様の元に行って欲しい」

「はーい」


 食事を終えた凛が椅子から立ち上がって返事をする。


「楓、お前も行くんだ。無能なりに役に立ってこい」


 凛に頼むのとは違う、父の冷たい声に心が冷えていく。


「ふふ、お姉ちゃんどんくさいから、囮とかになればいいんじゃない?」

「そうね。凛の足を引っ張るくらいならそうなさい」

「いいか、お前がどうなろうとも、凛の邪魔だけはするな。日ノ宮の名にこれ以上泥を塗るなよ」

「はい……」


 この人たちはわたしがどうなってもいいんだと思うと、悲しくなった。それと同時に、まだこの家族に期待していた自分に辟易とした。

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