第七話 穿いてるダメージデニムを見て田舎の婆ちゃんに無言で小遣い渡されたことある?
地下に戻ってきた翌日・・・
俺は昔の勘を取り戻すためにガレージで筋トレをしていた。
6年もの間、無駄にしちまった。
今からでも取り戻さねーと。
重いダンベルを何度も何度も持ち上げる。
「ふあぁぁぁぁ」
ラブが両腕を上げながらガレージにやってきた。
「健ちゃん、おはよーーー」
「あのさ、いきなり馴れ馴れしいんだよ。」
昨日は夜も遅かったこともありコイツを一晩泊めることにした。
・・・もちろん何もしてない。
ここは元々師匠が使っていたアジトのような場所でボロいが部屋もいくつかある。
ハンターを辞めていた期間、金はないがこのお陰で住む場所には困らなかった。
「ここに住まわせてもらう代わりに何かやることはありますか?」
ふと、ラブの着ている服が目に入った。
「って、お前何着てんの!?それ、売り物にしようと思ってたビンテージのスウェットだよ!?本当に困った時に売ろうと思ってた30万はつけられるレギュラーものの古着なんですけどー!」(※1 レギュラーものの古着)
「え、このボロいのが?着ていた服が臭かったから、なんか着るものないかって探してたら大きめのサイズでちょうど良さそうだったし、ボロいから着ても怒られないかなっって思ったのに・・・」
それ、ビンテージ好きの人にやるとホントに怒られるよ?
「ふざけんじゃねーよ!あと、住まわせてやるなんて一言も言ってないから。とりあえず、なんかしてくれるって言うなら洗濯でもしてくれ。昨日まで地上に行っていた時の洗濯物が溜まってる」
「あいあいさー!」
元気のいい返事をするとラブはスタスタと部屋に入って行った。
俺はトレーニングを終え、シャワーを浴びて汗を流した。そして洗濯をしているラブの様子を見に行くことにした。
ラブは洗濯を終えて庭に洗濯物を干している。
!?
「おいっ!ラブ!!」
「ん?今、洗濯物を干してますからねー。ちょっと待ってくださいなー」
「いや、待つのはお前だ・・・俺がお願いしたのは地上に行った時の洗濯物だったはず!」
「うん。ついでに部屋に散乱してたのも拾って洗濯機にぶち込んどいたよー!」
「ばかやろーーーー!!それ俺が普段穿きにしてるビンテージのLEVI’S 646 Eだよーー!色が濃くて穿き込んでいくの楽しみだったのに!大切に色落ちさせようとしてたのに!勝手に洗濯しちゃう実家の母ちゃんかよ!」(※2 LEVI’S 646 E)
ビンテージデニムを勝手に洗うと基本的に怒られます!
一回洗って色が落ちるだけで数万円は価値が落ちるからビンテージデニムを買う人は気をつけよう。
「ええええーーー!こっちは良かれと思ってやってるのに・・・健ちゃんのイケズ」
「ふざけんじゃねー。もういいから洗濯物干したら出ていけ」
「えー。洗濯中に泊まった部屋を掃除して私の部屋にしたのに・・・」
「ちょっと待て。掃除って何したんだ?」
「え、床を拭いて・・・」
「うん」
「窓を拭いて・・・」
「うん」
「部屋にあったボロボロのジーンズとか捨てて」
「・・・おいっ!!!」
「え?」
「アホォぉぉぉォォォーーーーーーーー!!!!あの部屋に置いてたジーンズは、いい感じにダメージが入ってたビンテージデニムなの!お洒落なの!お前、田舎の婆ちゃんかよ!ふざけんじゃねー!出てけ!」
「え、大切なものだったの・・・?」
「馬鹿野郎!出てけ!」
健一の顔は本気だ。
「ご、ごめんなさい・・・」
しょんぼりとしながら家を出て行こうとするラブ。
「おい、そのビンテージのスウェットは着替えていけよ!」
「うん・・・ごめんなさい」
ラブは学生服のようなものに着替えると家から去っていった。
その後ろ姿はとても悲しそうだった。
「くそっ・・・イライラがおさまらねー・・・こうなりゃ昼寝だ」
ソファーで横になりながらテレビをつける。
ーーーでは次のニュースです。
大富豪が所有する300年前のビンテージカーが何者かに盗まれる事件が多発しています。
「物騒な事件が起きてんなー」
ゴトッ
玄関から音が聞こえた。
「ん?」
居間から玄関の方に向かうとラブが捨てたダメージジーンズが丁寧に畳まれて置かれていた。
そして破かれた手帳のページに一言・・・
ごめんなさい
※1 レギュラーものの古着
古着にはビンテージとレギュラーという概念が存在しており、ビンテージは1960年代くらいまでのものを指すことが多く、それ以降のものをレギュラーという。
ただ昨今、ビンテージが高騰していることもあり70年代や80年代の古着のこともビンテージと呼ぶようになっている傾向がある。
(2024年11月現在)
※2 LEVI’S 646 E
デニム自体は元々、作業着として生まれ50年代までは労働を目的として着用する人が多かった。
しかし60年代後半に差し掛かるとファッションを目的としたデニムパンツが作られるようになる。
LEVI’Sの中で646はフレアシルエットで裾にかけて広がっていくいわゆるラッパのようなシルエットのパンツである。このパンツはビートルズのジョン・レノンをはじめ自由を求めるヒッピーというジャンルの人々から愛された。
Eという表記についての説明だが通称 BIG Eのことだ。
70年代に入るとLEVI’Sは株式の店頭公開をきっかけにロゴをLevi’sに変更。それに伴い70年代以降のLevi’sの右ポケット脇に小さく縫い込まれた赤いネームもLevi’s表記に変更されている。つまりその赤いネームの部分がLEVI’S表記のものは60年代以前のデニムパンツということになり大変な価値を持つ。