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五つ時

今日はアランとの定例のお茶会の日だ。今回は私の家ではなく、アランの家で執り行われることになっている。今、私はお気に入りの黄色のワンピースにエメラルドのピアスをつけている。一応婚約者なのだからと、アランの髪と目の色に合わせて買ったものだ。アランが似合ってるねと褒めてくれたのを思い出し、クローゼットから慌てて引っ張り出してきたのだ。


だから待ち合わせの時間にギリギリの時刻に家を出ることになってしまった。


王都を見渡せる小高い丘の上に、セギュール侯爵家の屋敷は建っている。

私は馬車の窓からその景色を見下ろした。

アランを訪ねるために、私は度々この緩やかな坂道を馬車で上った。

けれども思い返してみても、今以上に緊張した日はなかっただろう。


馬車が止まり、扉が開かれる。

するとそこには私を出迎えに来たアランが立っていた。


「ようこそ、ジゼル」


アランはそう言って、いつものように手を差し出した。

いつものアランに、いつものセギュール侯爵家だ。それなのにアランを見つけただけで、心臓がバクバクと高鳴り続けている。キラキラとエフェクトが飛んで、世界が色付いて見えるのだ。


(ああ……やっぱり)


「っ……」

「ジゼル?」


いつまでたっても手を差し出さない私を見て、アランは心配するように顔を覗き込んでくる。


私は震えながらも差し出されたアランの手に、自分の手を重ねた。


(これが恋なのね)


きっと耳まで真っ赤になってしまっているはずだ。

いつもより静かな私を見て、アランは不思議そうに首をひねる。

でも平然とする演技なんて出来そうもないし、アランに見られているというだけで恥ずかしくてたまらない。


ずっと一緒にいたのに、今更、それもこんな急に自分が変わってしまうなんて落ち着かない。でも恋の相手がアランで良かったと少し喜んでもいるのだった。



恋をすると人は、随分とポンコツになるらしい。

いつもはアランの慌てぶりを宥めるのは私の役目だった筈なのに、今日の私は全然ダメダメだった。


部屋について早々、紅茶を出していただいたので飲もうとして、思いっきり自分の服に注いでしまった。

せっかく気合を入れて着てきた黄色のワンピースが、屋敷について早々に駄目になってしまったのだ。


「手を滑らせるのは誰でもあることだから気にしないで」


アランはそう言って優しく私を慰めて、着替えを貸してくれた。その為、今私はメイドのお仕着せを着ている状態だ。服からは爽やかな柑橘の匂いがして、そこで初めて香水だと思っていたアランの香りが、洗剤の匂いだと知った。


アランと同じ香りを身に纏うことに、少し落ち着かない気持ちになりながら、用意された椅子に座る。

卓上に用意されているのは、ショートケーキだった。


ケーキの中でも私は、一周回ってショートケーキが一番好きだった。シンプルが故にお菓子作りの上手さが際立つケーキだと思う。幸せな気分で、口にショートケーキを運ぶと、上品なクリームの味に、舌がとろけるような感動を覚えた。その感動を伝えようとしてアランを見上げると、真っ直ぐに私を見つめるアランの瞳と目が合う。


「……」


いつから見られていたんだろうか。アランのケーキが減っていないところから見るに、私だけが美味しいショートケーキにはしゃいでいたらしい。子供っぽい自分を恥じるとともに、アランに見られているという事実に心臓が煩くなる。


「口元にクリームついてるよ」


アランがそう言って、ハンカチで私の頬を拭う。


「あ、ありがとう……」


(クリームつけてたから、こっちを見てたのね……)


辛うじてお礼は言えたものの、アランの方を見ることは出来なかった。顔が沸騰するように熱い。


私は酷く動揺していた。自分の左手にフォークを突き刺してしまうほどに。傷を隠すようにしていたが、血が出ていたために、目ざとく傷をアランに見つけられてしまった。


「ジゼル」


アランは少し怒ったように、私を見た。そして有無を言わさず丁寧に治療をした後、怪我をして食べにくいだろうからと、アラン手づからケーキを私に食べさせてくれたのだった。いわゆる「あーん」というやつだ。

きっと私に一人で食事をさせたら、同じ事が起きると考えたのだろう。申し訳なかったし、恥ずかしすぎて、あんなに美味しいはずのケーキの味が全然しなかった。アランは至極真面目な顔をしていたのが、益々自分の羞恥を加速させた。


それだけでは失敗は終わらず、極めつけにはベランダで自分のスカートの裾を踏み、バランスを崩して、ベランダから落ちそうになった。

 

「危ない!」

「きゃぁあっ!!」


体が投げ出されそうになった所をアランが抱きとめてくれる。


「……ふぅ。良かった」


そう安堵のため息を吐いたかと思うと、アランは少し苦しいくらいに私を抱きしめた。


「っアラン——」


死ぬかもしれなかったという恐怖と、近すぎるアランとの距離に情緒がおかしくなる。固まった私を見て、アランは「ごめん」と言って体を離した。


「ジゼル、今日何だか変じゃない? 俺また何かした?」


不安げにアランが私を見るものだから、私はきっぱりと否定した。


「違うっ。アランじゃなくて私の問題なの」


アランは私の言葉を聞いて、眉を下げた。


「……それって俺が相談に乗れること?」 

「えっ、ええ!? アランに相談……!?」


『アランのことが好きだから、そばにいると意識してしまう』

なんて言えるわけがない。言ったとして、今更すぎて信じてもらえる気もしないし、気まずくなってしまうのも嫌だ。


婚約者だから意識することは悪いことではないだろうけど、私達の間にはずっとそんな雰囲気はなかったから、きっとアランを戸惑わせてしまうだろう。

アランは優しいから、頑張って私の気持ちに答えようとしてくれるかもしれない。でもそんなの惨めで嫌だった。アランには他に好きな人がいるのだから


「い、いつか……言うわ。その、……勇気が出たら」


私は、言葉を極力選びながら、アランにそう告げた。


「勇気が、必要なことなんだね」

「ええ、とても」


真剣な声音で尋ねられるから、私もまじめに返した。そして一拍置いたあと、アランは決意したように頷いて、あっけらかんと笑った。


「……分かった。待つよ」

「ありが——」


お礼を言うために言葉を紡いだ時、アランの言葉を聞いて体が硬直した。


「この婚約を白紙に戻すように、親に掛け合おうか」


ご覧いただきありがとうございますm(_ _)m

明日完結予定ですー!

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