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三つ時


 小さい頃からアランは会うときに手作りのお菓子を持って来てくれた。私はお菓子をたくさん頬張っては、アランに食べ過ぎだとよく注意されたものだ。


 そんな私も「自分でお菓子を作れたら、自給自足できるかも」なんて安易な考えから、お菓子を作ってみたことがある。一番最初に食べてもらいたい人は誰かと考えたときに、やはり思い浮かんだのはいつも一緒にいるアランの顔で。そんなこんなで初めてのお菓子作りに慌てふためきながら、私はアランが家にやって来る時間に合わせて、クッキーを焼いた。簡単なバタークッキーだったが、アランは思ったよりも喜んでくれた。


「おいしいよ。すごくおいしい」


 そう言ってアランは蕩けるような笑みを浮かべて嬉しそうに、どんどんクッキーを食べ進める。味を褒められて気を良くした私は、アランにもっともっととクッキーを勧めた。最終的にアランは全てのクッキーを食べてくれたのだった。


 しかし私は重大なミスを犯していた。後から気づいたことだが、クッキーを作る際に塩と砂糖を入れ間違えていたのである。当然クッキーは塩っ辛くて食べられたものではなかったはずだ。それなのにアランは全てを食べ尽くしたのだ。

 

 その日真実に気づいて動転した私は急いでアランのところに行き、クッキーのことを尋ねた。するとアランは眉を下げて、照れたように笑った。


「ジゼルが頑張ってお菓子を作っていたのを知ってたから。それにジゼルの手料理を一番に食べさせてくれたのが、すごく嬉しかったし」


 アランの言葉を聞いて、涙が出るくらい胸が温かくなった。努力を認めてくれたことが、ただ嬉しかったのだ。

 その時からだ。私もアランのように優しくなりたいと思ったのは。

 

 アランのダンスの練習にいつも付き合うのは、アランがしてくれた事を返しているに過ぎない。優しいアランに優しさで返したいし、私だって一生懸命頑張り続けるアランを応援したい。不器用でどんくさくても、アランは誰よりも優しくて素敵な男の子であることを私は知っていた。


◇ 


(アランはいつでも、誰にでも優しい)


 私は先程見た光景を思い出しては、ぼんやりとしながら長い廊下を歩いていた。


 運命の出会いがあるのなら、きっとあの出会いのことを言うのだろう——


 私とアランは国の教育機関である王立学院に通っていた。学院は前までは男女別学だったのだが、近年時勢の移り変わりとともに共学へと変化を遂げた。

 この学院は誰にでも自由に開かれた学び舎だが、授業料の高さゆえに貴族が多く通っている。


 そんな私たちの学院に猫が入り込んだ。それだけならよくあることだったのだが、その猫は木に登って降りることが出来なくなってしまったようだった。


 それを見た女子生徒が猫を下ろしてあげるために木へ登っていった。大胆な行動を取った女子生徒に周囲はざわついた。はしたない、そう言う声が口々に上がった。


 結果的に猫はその女子生徒が登ってくるのを見て、自分から地面に降りることができた。しかし猫が木から飛び降りた際に、驚いた女子生徒は木から足を滑らせてしまったのだ。


 あわや大事故になりかけたところを、下で見物人をしていた一人の男子生徒が女子生徒をキャッチした。

 

 その生徒こそがアランだったのである。


 抱きとめられて、顔を赤くする女子生徒と、彼女を心配するように覗き込むアラン。その姿は、さながら恋愛小説のワンシーンのようだった。


 猫を助けようとした心優しい少女と、その彼女の命を救う優しい青年。そんなラブストーリーの中の私の立ち位置は、さしずめ二人のことをただ見ているだけの通行人Aだろうか。


 アランは現在、体に異常がないか確かめてもらうために、女子生徒と共に保健室へ連れていかれた所だ。


 学院内で今やアランは英雄だ。一人の命を救ったのだから、その評価も当然と言える。でもアランが褒められるのは嬉しいけれど、どこか胸がもやもやした。


 通行人Aと英雄では、随分と立場が離れすぎてしまった。


 ◇


 私はアランの様子が気になり、保健室へと向かった。


 保健室の扉が開く。アランが丁度出てきたため、声をかけようとした。


「アラン——」

「アラン様、お待ちになってください!」

 

 その時、再びガラリと大きな音を立てて扉が開いた。先程のアランが救った令嬢だろうか。


(つい隠れちゃった)


 私は壁から覗き込むように、保健室の方を見やる。アランの前には小柄な少女が立っていた。


「!」

 

 まるで妖精のようだと思った。ふわふわとした白に近いプラチナブロンドに、サファイアを嵌め込んだような鮮やかな瞳。遠くから見ていた分にはスタイルが良いくらいしか分からなかったが、近くで見ると驚くほどに可愛らしい。並みの人間とはオーラからして違う。


 プラチナブロンドにサファイアの瞳といえば、ベルナール男爵家の一人娘、ブリジット・ベルナール嬢だろう。ベルナール男爵には会ったことがある。確かに彼女は男爵に目元が似ていた。

 

(ブリジット嬢が美しい令嬢とは噂で聞いていたけれど……想像以上だわ)


「先程はありがとうございました」


 ペコリとブリジット嬢がお辞儀をする。所作1つ1つが可愛らしく感じるのは、何かの魔法だろうか。

 

「いえ当然のことをしたまでですよ」

 

 一方のアランは優雅に微笑む。傍目に見ても完璧な貴公子だ。


(とても自然な笑みだわ)


 アランはずっと苦手意識が抜けないようだけれど、ダンス以外のマナーに関しては既に完璧だった。心配する必要も無いくらいに、この八年間でアランは素敵な男性に成長していたのだ。

 

「それでも本当感謝してます。貴方がいなかったらどうなってたか。あ、あのそれで私……」


 ブリジット嬢が突然口ごもる。モゴモゴと言葉を紡ごうとしているようだが、それは中々形にならない。数秒経ってやっと彼女はパッと顔を上げ、決意したように言った。


「アラン様と仲良くなりたいです!」


 そう言った彼女の顔は、熟れた林檎のように真っ赤だった。

 その頬の赤さに、私はじわりと手に汗がにじむのを感じた。

 

本日は3話分投稿します!

次回本日15:30頃に投稿予定ですー!

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