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悲劇の英霊を継ぎし者  作者: 陽山純樹


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指輪の記憶

 砦の外へ出た時、俺の真正面に魔物がいた。目標を見つけた巨躯の魔物は雄叫びを上げ、俺へ向け突撃を開始する。

 その勢い、魔物が握る戦斧……指輪を手にする前、それら全てが身を竦ませるほどの恐ろしさだった。けれど今は違う。


 ――魔物が持つ魔力の総量。戦斧に秘められた魔力の大きさ。巨躯の動きとそれに基づく相手の速力。そして何より、俺に向けられた魔物の視線――その全てが瞬時に理解できた。


 俺は剣を構える。同時に両手に魔力を集めた。ついさっきまでの俺なら絶対に出来なかった行為。今はスムーズにできるどころか、全身に血流と共に流れる魔力を、明確に把握できた。


(これが、英雄の……)


 指輪を通して、秘められた技術を得た――魔物が近づく。そして振りかぶり放たれた戦斧。俺はそれを、剣をかざして受けた。

 次の瞬間、刃を滑らせ軌道をわずかに逸らし、受け流すことに成功した――それと共に英霊が持つ技術を把握。彼は王道を行く騎士。宿った剣術と魔法はまさしく騎士として正道であり、極めて真っ直ぐで芯の通ったものだった。


 けれど同時に、普通の騎士とは異なる力も持っている。ただの騎士であれば、目前にいる魔物に抗うことは難しかっただろう。けれど俺が宿した力は、魔族すら倒しうるもの……記憶は魔族と戦う寸前で途切れた。しかし俺はあの戦いの結末が、わかっていた。

 足を動かす。魔物の懐へ飛び込むように、臆することなく前へ。魔物は即座に反応した――が、俺の方が早かった。


 放ったのは大上段からの振り下ろし。その切っ先は魔物の頭部へ入り――俺は一気に振り抜き、確かな手応えが腕に伝わってきた。

 直後、生じたのは一瞬の沈黙。魔物は動かず、俺は様子を見て……やがて、魔物は吠えた。けれどそれはこれまでとは異なりひどくか細いものであり――巨躯が、塵と化して消え失せた。


 同時に握りしめていた戦斧もまた消滅する。武器も魔物も一部だったのだろう……俺に死をもたらそうとした魔物の、あまりにあっけない最後だった。


「……倒せた、か」


 呟いた後、笑い出したくなった。まさか死の淵に立ち、そこから逆転できるなんて思ってもみなかった。最後の最後で今までの不幸を帳消しにするような幸運が、やってきたということだろうか。

 俺は剣を鞘に収めた後、空を見上げた。時刻は昼をとうに過ぎて、夕刻前。少しずつ空の色が青から赤に変化し始めており、時間を認識すると肩にずっしりと疲労感がのしかかる。先ほどまで魔力による強化で体は軽かったが、それが嘘みたいに全身が重い。


「休むしか、なさそうだな」


 疲労感から一歩も動きたくないとさえ思ってしまったが、このまま寝れば野生の魔物に襲われてしまうかもしれない。

 ボロボロではあるけど、砦の中で休むしかないか……そんな風に思いつつ、俺はゆっくりと動き出した。






 俺は再び砦の中へ。疲労感で睡魔が少しずつ迫る中、今後のことを考える。虎口を脱した俺が次に何をすべきなのか……魔物に追われ、セオや父は俺が死んだと思うだろう……いや、死体が見つかるまでは行方不明扱いだろうか? どちらにせよ俺はいないものとして扱われる……まあ、今までも似たような境遇だったけど。

 だから俺は、好き勝手にしていい。学園に通うことはできないけれど、指輪により生活の糧となる技術は得た。これを使い、自由気ままに生きるのも一つの手……ではあるのだが、


「放っては、おけないよな」


 先ほど交戦した魔物の姿を思い浮かべる――俺はあの魔物が兄や父の仕業だと考えた。けれどそれはあくまで推測しただけであり、真実はどうなのかわからない。兄や父と因縁のある人間が、俺を始末しようとしたのかもしれない……もっとも、第三者であればなぜ俺を狙ったのかという動機が思い浮かばないけど。


 ともあれ、これは解決すべきものだろうと俺は考える。具体的に何をすれば解決になるのかについては正直わからないけど……ただそれより前に、もう一つやるべきことがある。


「能力の検証はしないといけないな」


 頼れる人間はいない。俺を狙う存在と戦うには、自分の力でなんとかするしかない。


 記述によると英霊の記憶を宿している指輪と書かれていた。そして俺は指輪に封じられていた記憶を受け、魔物に勝ったわけだが……思い出せたのは、彼が戦った断片的な記憶と技術だけ。

 彼がどんなことをしたのかなど、わからないことも多い……この英霊の記憶で俺はどのくらい強くなったのか。先ほどの魔物には勝ったけれど、そこについては精査しないといけない。


 色々頭の中で考えていると、お腹が鳴った。魔物に襲われてから水以外何も口にしていない。山の中なので木の実でも採れればいいのだが、あいにくサバイバル知識はほとんど持ち合わせていないため、採取は難しい。

 そもそも睡魔が押し寄せてきているし……俺は廊下を歩き、眠れる場所へ向かう。


 候補となるのは魔術師が使っていた私室。ベッドはあるけど埃被っているので使いたくはないが……そこでふと、俺は砦の中を見回した。

 この中は静寂に包まれ、生物の気配はない。虫くらいいそうなものだがそれもない……たぶん、砦の建材か何かに生物よけの特性を持つ何かが使われているのだろう。


 虫に食われるようなことにはならなそうなのでそこは幸いだけど……やがて魔術師の私室に戻ってくる。そこでとうとう俺は力尽き、壁を背にして座り込んだ。


「少し休んでから……何をするか、考えるか……」


 そんなことを呟いた直後、俺の意識は暗転した――その寸前、中指にはめた指輪が、わずかに熱を持ったような気がした。






 ――次に意識を覚醒させたのは、魔物の咆哮だった。別の魔物が来たのか、などと思った矢先、さっきまでいたはずの建物の中ではないことに気付く。


 そして自分は何故か弓を持っていた。魔物の声は、どうやら自分が放った矢を頭に受けたために発したもの。

 場所は森の中。目前には魔物……その姿は人間のように四肢を持ち、漆黒で――見上げるほど高い木々にも負けないほど、巨大な姿をしていた。


 そんな存在に対し、弓を持つ自分自身は逃げることなく新たな矢をつがえ、弓を構える。すると同時、矢の先端に光が生まれる――それは紛れもなく、凝縮された膨大な魔力。


「お前は……」


 巨人の声がなおも響く中、俺自身の口が勝手に動いた。


「命を、どれだけ貪ってきた……山に生きる動物達を……この場所に広がる緑を……そして俺の故郷を……どれだけ蹂躙すれば気が済むんだ……!!」


 巨人はようやく声を止めた。そして、目前にいる俺へ向け虚ろな瞳を向けた。


「その命で、全てを償ってもらうぞ……化け物!」


 限界まで引き絞った矢が放たれる。それは明らかに普通の矢とは違っていた。射出された瞬間、光の塊と化した矢は雷光すら及ばないほどの速度で駆け抜け、巨人の頭部へと突き刺さる。

 グオオオオオ! と、再び巨人は吠えその巨大な腕を振り下ろす。だが俺は軽快な動きでその攻撃を避け、


「ああああああっ!」


 悲鳴のような雄叫び。全てを失ったが故に――視界が歪む。涙だ、と思うと同時に再び矢をつがえ、血が滲みそうなほどに強く弓を握りしめながら、解き放った――






「――っ!?」


 そこで俺は目を開けた。夢を見ていた……が、単なる夢ではない。

 左手を見た。指輪――英霊の記憶を宿す指輪がほんの少しだけ、熱を帯びていた。今のは間違いなく、指輪が発動したことによるもの。であれば、


「……宿した記憶は、一つではない?」


 言葉を口にすると同時、俺は先ほどの夢――狩人の力が、体に備わっているのを感じた。


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