本当の姿
「強者が生まれることによって俺はさらに力を得る……そうやって究極の存在へと昇華していく」
――どこか陶酔したように語る兄を見て俺は、半ば恐怖を覚えた。目の前にいる存在が、兄だとは到底思えなかった。
人間を捨ててしまったが故に、ここまで心境に変化が――あるいは、目の前にいる兄こそ、本当の姿なのか。
「どうやら、驚愕しているようだな」
俺の様子を見て、内心を悟り兄はそう言った。
「そんな感情になるのも無理はない。今までに誰にも見せてこなかったからな」
「……今まで、父であっても本心を隠し続けていたということか?」
「そうだ」
「……自分の地位が失墜しても、それを引き換えに得たいものだったのか?」
「そうだ」
あっさりと同意するセオ。どうやら、俺が思っている以上のその心情は――歪んでいた。
「……ならなぜ、俺を屋敷から追い出そうとした?」
「何?」
俺は剣を構えながら問い掛けると兄は眉をひそめた。
「お前を別荘へ追い払おうとしていた話か?」
「それだけじゃない……俺が何かしでかせば、それを口実に家から追い出そうとしていただろ?」
「ああ、それは事実だな」
「……もっと言えば十歳の時、占い師がでたらめに語った言葉。その時俺に見せたあの表情……それは俺がどんなに才覚がなかったとしても、敵であると認識したんじゃないのか? けど、力を得ようと邁進していたのなら……それこそ、俺に構う意味なんてないだろ?」
「――煩わしいと思ったのは事実だ」
どこかさっぱりとした口調で兄は応じる。
「お前を無視し続けることもできた……お前だって俺の邪魔立てをするつもりはなかったはずだ」
「そうだな」
「理由を話そう。単純な話だ。敵になると考えたんじゃない……俺はお前が全てを奪ってくると考えた」
――その言葉を聞き、俺は眉をひそめた。
「奪う……? 俺が?」
「そうだ」
「セオの地位を脅かすと考えた……のか? いや、違う。その言い方だと……セオに成り代わるとでも思ったのか?」
「そうだ」
相次いだ同意の言葉に俺は……合わせ鏡のように同じ顔の兄を見て、理解する。
俺が――兄の代わりとして動くなんて、騒動すらできなかった。けれど兄は考えた。偉大な騎士になる……そんな世辞でしかない占いの中で、俺がそういう存在になり得る……兄の代わりになれると、セオは考えた。
「だからこそ、少しでも隙を見いだせば追い出そうと思っていた」
「……俺に才覚がないのはわかっていたはずだ。そもそも、俺にセオの代わりをしようなんて発想も、度胸も胆力もないことはわかっていたはずだ」
「ああ」
「ならなぜ……俺のことと力を得ようとしたこと、関係はあるのか?」
「俺が犯罪組織と手を組み、それが露見すれば俺は屋敷から追い出されるだろう」
そう兄は口にする。
「父がアルフを後継者にするとは思わない。だが、一時の代わりくらいにはなると考えるかもしれない。騒動がもし起こったらアルフを身代わりにして……その間に、俺のことを処理するかもしれない」
「……もし俺がいなければ、父が力業で誤魔化すと考えた?」
「まあそんなところだ。力を得るまでは俺も屋敷から離れるわけにはいかなかったからな」
……そんなもしもの可能性で俺は屋敷を追い出されそうになったのか。
いや、むしろそれほどまでに俺という存在は邪魔だった……自分の目的のために排除すべきだと考えた。学園生活をしている間はさすがにセオも家から追い出されるわけにはいかない。だからこそ僅かな可能性すら排除し、地位を固め――やがて、力を得て全てを蹂躙しようとした。
無茶苦茶な話である。兄のやったことそのものに整合性があるとも思えない。だが、それでも――
「……俺を消そうと考え魔物を使ったのは、何故だ?」
「魔物の動きなどについてデータを取ろうと思った。それまでは騎士などと出会っても小競り合い程度でロクな検証はできなかったからな。実際にこちらの指示を聞くのか含め、調べる必要があった」
「俺を追い出すついでに使役してみて、ちゃんと動くのか確認をした……と」
「ついでにお前を始末し、それを口実に聖剣使いと接触するという手法も考えた……聖剣について調査し、魔物の能力をさらに向上させようと考えたが、そう上手いことはいかなかったな」
――オーズローの対抗策として彼の友が残した指輪。それと出会い俺は魔物を倒し、今こうして兄の目の前に立っている。
オーズローは消滅した……けれど、彼の友の策によって、セオの目論見も防げている。俺は指輪を残したことを内心で感謝しつつ、
「……そうか、わかったよ。なら、決着をつけようか」
「ああ」
にこやかに応じるセオ。周囲ではまだ戦いが続いているが、オーズローが消えた今、セオを倒せば全てが終わる。
ならば――俺は魔力を叩き込む。最後の決戦、兄と弟の最終決戦が、始まった。




