渇望
戦闘は何の前触れもなく始まった。獅子の魔物が咆哮を上げると共に、セオも剣を握りしめ突撃を始めた。
それに対し、俺達は即座に動き出す――間近に迫ってくるセオに応じたのは俺。騎士やメイリスを守るように、セオを阻み……剣が激突した。
「セオ……!」
「最後まで邪魔立てするか! アルフ!」
叫び、俺の剣を弾き飛ばそうとする。だが俺はしっかりと受けきり、俺とセオは同時に一歩相手から距離を置いた。
攻防の間に獅子の魔物と騎士達が交戦を開始する。メイリスもその中に混ざり、戦いは一進一退の状況となる。
「対策を立てたようだな」
そんな状況をセオは淡々とした口調で評する。
「さすがにここへ来るのであれば、魔物の対抗策くらいは作り上げる……聖剣の力か?」
――ここで俺は、セオの視線が俺ではなく騎士やメイリスへ向いていることに気付く。
「……俺がここにいる理由はわからないのか?」
なんとなく尋ねてみる。それにセオは、
「興味がないな」
「何?」
「アルフがここに立っているのは、理屈に合わない……何かしらの力を得てここにいることは想像できる。その理由までは……別段知る必要はない。どんな手法であれ、倒すことに変わりはない」
剣を構えるセオ……俺に対し興味がない、というのではなく得た力を含めてどうせ倒すのだから考察しても無意味、と言いたいようだ。
だが、これは大きな情報だ……なぜならセオは俺の能力について把握していない――ならば、記憶の技術を活用して裏をかくという手法を使えるのではないか。
「さっさと終わらせることにしよう」
そしてセオは告げて俺へ向け突撃しようとする――が、
「――何故だ?」
問い掛けると、セオは動きを止めた。
「どうしてこんなことをしたんだ?」
「説明は必要なのか?」
「……弟である以上、気になるのは当然だろう」
「そんなものか……確かに、アルフから見れば俺が国に反旗を翻す理由などないように見えるな」
――そう述べた直後、セオの表情が変わる。暗く、口だけ顔を歪め笑っている姿。
「俺は、力を得たかった……それが、国に反旗を翻した理由だ」
「力……本当に、それだけなのか?」
「シンプルで良いだろう? 理解できないかもしれないが、それをずっと追い求めていた」
直後、セオは俺と視線を重ね――こちらへ向け踏み込んで剣を放った。
それに俺は真正面から応じ、受けた。魔力が飛び散り、戦場となっているこの場を満たす……ギリギリと刃がかみ合う中、セオは告げる。
「全てを支配するために必要な力。それを得て初めて、アスディア王国と肩を並べることができる」
「……国と肩を並べるだろ?」
「そうだ」
荒唐無稽と考えても仕方のない発言だが、セオが語るその目は本気だった。
「足りなかった、何もかもが。騎士から剣術を学ぼうとも、魔法を修練しようとも、いかなる学問を頭の中にいれようとも……身の内に宿った渇望が満たされることはなかった」
「だから、力を得ようとしたのか?」
「そうだ。父のコネクションを使えば様々な人間と出会うことができた……その一つがオーズローだ。彼はアスディア王国が行っていた秘密の研究……重臣達が私利私欲のために行っていた研究に従事していた人間だった」
それは、まさしく俺が指輪の力を通して得た情報。
「彼は無茶苦茶な研究をしていたこの国を叩き潰すために活動していた……まあ、俺から言わせればそれはただの虚言で、実際は国を蹂躙して欲望を果たそうとか、そういう理由があったんだと考えている」
「……構成員は、国に復讐心を持つ者、だったとか?」
俺の疑問に対しセオは「そうだ」と答える。
「そういった人員を拾い上げながら、活動規模を拡大。結果としてあの魔物が生まれた」
周囲では戦いが続いている。メイリスが持つ聖剣が煌めき、獅子の魔物を一体撃破する。
「聖剣ですら苦戦するほどの力……これを大量に生み出せれば、アスディア王国は間違いなく終わりだ。もしかするとオーズローは国を滅ぼすだけでは飽き足らず、圧倒的な武力による支配を世界で行うつもりだったかもしれない」
と、ここでセオは俺を見据えた。
「計算違いがあるとすれば、圧倒的な存在であったはずだ魔物を倒せる人間が出てきてしまったこと……オーズローとしては対策を立てられたとしても時間を要すると推察していたが、そうではなかった」
――俺がいなければ、間違いなくオーズローの考え通りになっていただろう。
「ま、ここについては別にいい……見たところ対策はあるにしても、アスディア王国全体に行き渡っているわけではないようだ……ここにいる者達を全て、王子含め始末できれば対処できる」
「……セオは、何をするつもりだ?」
俺の問い掛けにセオは笑みを浮かべる。
「さらなる力を……そのために必要なものは何だと思う?」
「何?」
問い掛けに思わず聞き返した俺だが、
「……資金と資材か?」
「確かに、より強くなるために必要なものは多い。だが、それ以上に……力を得るに必要なものがある。それは――闘争だ」
そう語るセオの表情には、明らかに狂気が宿っていた。




