対面
やがて俺は屋敷に――自分の家に辿り着いた。けれどその門構えは、どこか自分の居場所ではないように思えた。
中からは色々と声が聞こえる。騎士達がセオのことで屋敷に入っているためだろう。俺達は鉄門を開き、中へ。
騒々しい声が聞こえる中で出迎えたのは見覚えのある侍女。彼女は俺達へ一礼した後、屋敷奥へと案内していく。
屋敷内では騎士や兵士が動き回っていた。けれど使用人の姿はほとんどない。部屋にいるよう指示されているのか、それとも他に理由があるのか。時間的に弟や妹は家庭教師による教育を受けているはずだが、さすがにこの状況では無理だろう。今どうしているだろうか。
考える間に屋敷最奥にある父の書斎前に辿り着く。
「……騎士エイント」
扉の前に立ち、俺は呼び掛ける。
「一対一で話をさせてもらえませんか」
「……確認だが、怪しい気配などはないか?」
「はい、そこは大丈夫です。父についても……力を持っている様子はありません」
「わかった、いいだろう」
俺は扉を開ける。そこに、威厳のある父が椅子に座り俺を見据えた。ただ既に聴取などは受けたのか、書棚などを調べた形跡がある。
――少し前、ここに訪れ全てが始まった。まさかこうして再びこの場所を訪れることになるとは、さすがに予想していなかった。
俺は歩み父の前に立つ。その表情は、怒りとも悲しみともつかない。
「……シャルレード家に厄介になっているそうだな」
「はい」
「お前はどうするつもりだ?」
主語のない問い掛け。けれど、父が何を問いたいのかを察し、俺は言葉を紡ぐ。
「答えを言う前に、一つ質問を。セオのやっていたことは知っていたのですか?」
「お前は信じられないかもしれないが、知らなかった。国の中枢に居座り続けるには、綺麗事ばかりではない……そう考えているにしろ、町中で騒動を起こすような組織と手を組むなど、とても考えられん」
決然とした物言い。その言葉は、紛れもない真実で間違いなさそうだった。
「とはいえ、取り入ろうと色々画策し怪しい輩が入り込んでくるケースはある……そうした組織とセオは独断で繋がったのだろう」
「何故、でしょうか?」
「わからん」
ただ一言。それと共に父の顔には苦悩が一瞬浮かび上がった。
どうしてこんなことをしたのか……次代の当主として教育をした自分こそ、一番知りたいと言いたげだった。
「……俺は、セオを追います」
少し間を置いて、俺は口を開く。
「捕まえて、何故こんな真似をしたのか訊くために、追います」
「……そうか」
父は否定しなかった。そして俺は、
「あと、学園を卒業したら家を出るつもりでいました。状況は変わりましたが、その思いは変わっていません」
「わかった」
それだけだった……さすがに今までの境遇を水に流して当主になれ、などとは言わなかった。
おそらく今後、弟を次期当主に指名するだろう……何も語らないが、間違いなく家族にはセオはいないものとして扱え、と指示したはず。
だから俺はセオのことはどうするのか、父に尋ねることはなかった……話は終わりだとして一礼し退出しようとする。だが、
「……私は、カーヴェイル家が繁栄するべくあり方を決断した」
父は話し出す。
「その中でお前には、ほとんど何もしなかった……政争に勝ち抜くだけの教育を施すのは、一人が限界だったというのもある。だが才能がないと判明した時の私の決断でもある。恨むなら恨め」
「恨みませんよ、俺は」
そう応じた俺は、父の姿を目に焼き付けた後、一礼する。
「今まで、ありがとうございました」
――父は何も返答しなかった。そして部屋を出て、メイリス達と合流する。
「騎士エイント、父は何も知らないと言っていました。本当のことでしょう」
「そうか……きっとそれは真実だろう。おそらくこの屋敷から情報が出てくることはなさそうだ」
「それと」
屋敷を出ながら俺は、騎士エイントとメイリスへ告げる。
「俺はセオを追います……あと、もうここに戻ってくるつもりも、ありません」
「なら当面、私達の所にいる?」
どこか嬉しそうにメイリスが問う。それに俺は苦笑し、
「正直、どうしようか考えていたんだけど……騎士エイント、その、学生寮とかを借りるようにしたいんですけど……」
「部屋か……学園と話を付けるとしようか」
「ありがとうございます。セオの居所が判明したのなら追うつもりですし、その状況によって他の場所に拠点を構えるかもしれませんけど……あ、でも父が退学届を出して、まだ受理されていないだけでしたっけ」
「その辺りはどうとでもなるとは思うよ……そうだね、実はもう一つ用事があるのだけど、そこで話をしてから決めないか?」
「……用事?」
俺が聞き返すと騎士エイントは頷き、
「君と騎士メイリス、二人と話がしたいという人がいてね」
俺とメイリスは互いに顔を見合わせる。騎士エイントに指示を出して呼ぶということは――
「唐突で申し訳ないが、今から向かっても構わないか?」
「俺はいいですけど」
「私も……ただそれ、父に連絡しました?」
「していない。というか、君達の所へ向かう寸前に指示されたんだ」
あまりに急な話――いや、もしかすると昨日の騒動が起きたことで、騎士エイントに指示を出した誰かは判断したのかもしれない。
ただ拒否する理由もなかったので俺とメイリスは承諾し、騎士エイントが先導して歩き出す。
その道中、俺は一つ彼へ言った。
「あの、カーヴェイル家についてですが……」
「現当主が事件に関係ない、という結論になったら少なくとも家が取り潰しになるということはないよ。それに、事件解決に手を貸してくれている君の存在もあるからね」
「そうですか……」
「立場上、君としては気になるか……現当主である君の父親はセオ君と縁を切った、と言えばそれなりに穏便には済まされるとは思う。ただ、政治的なダメージは大きいだろうけど」
「わかりました……俺の働き次第で、その辺り変わってきそうですか」
「かもしれないが、事件解決の功績を家の方にということか?」
「……弟や妹、あの家で働く使用人なんかは関係ないと思いますから、セオの一件で悪い方向になるのは、あんまり良くないかなと」
「私にできることはそう多くはないけれど、君がどう思っているかについては、後で報告しておくよ」
「ありがとうございます……オーズローという人物を追えば、セオに会えるでしょうか」
「連れ去ったのが彼の配下であるなら、おそらくは。ただ、どういう目的で彼を……」
そこから先は言わなかった。俺を監視していた人間の末路。それを考えれば、セオもまた同様に――
自然と体に力が入る。叫びたくなるような感情を自制し、俺は歩き続ける。騎士エイントが足を向ける先には――王宮がある。
騎士団長である騎士エイントに指示を出す以上、俺とメイリスを呼ぶのは相当偉い人なのだろう。それは一体誰か……そして、俺達をどうしようというのか。
不安を抱く中で、俺は一つ決意をする。絶対にセオを追い、こんな馬鹿げたことをした理由を問い質すまで、戦い続ける――その感情を胸に秘め、俺は王宮へと進み続けた。




