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突然の通告

 学園を卒業するまで耐える……決意と共に勉強し続ける日々。ただ俺には何一つ才能がないらしい。


 剣の指導者から「君は魔法を学ぶべき」だと薦められ、魔法の指導者からは「君は剣など武器を扱うべき」だと言われる。貴族だから言い方はずいぶん遠回しではあるのだが、いっそのこと「お前は何をやっても無駄だ」と言われた方がマシだったかもしれない。


 魔法学園ということで、実技もちゃんとやれなければ卒業できない。だから俺は時間を作って必死に打ち込む……放課後、夕刻となり日が沈む寸前となって俺はようやく学園を出た。夕食は家族でとることになっているのだが、俺のことを気に留める人間なんていないし、学園入学後は一度も家族と食事をしていない。


 これでいい、と俺は思いながら帰り道を歩く。とにかく波風立てず卒業する……俺の落ちこぼれ具合を見て両親がどう考えていようと構わない。今の境遇から脱するために耐え続ける……鬱屈な感情を抑えつつ、ヘトヘトになりながら屋敷へと戻った。

 自室へ入ると、侍女に食事を頼もうと声を掛ける……と、


「ご主人様がお呼びです」

「……俺に?」


 どうしたんだろう、と思いつつも俺に顔を合わせないという選択肢はない。とうとう夕食の席に顔を出さないことを咎めるつもりか……いや、父が俺に対し小言を述べるために時間を作るとも思えない。

 ただ少なくともここ数ヶ月は何もしていない……心当たりがない。


 呼ばれる時は正直ロクなことがないため、な顔をしそうになったが、それをぐっと堪えて「わかった」と返事をした。

 父の部屋は屋敷の奥にある。普段は足を踏み入れることすらしない領域を進み、部屋の前に辿り着いた。そして扉をノックして、


「アルフレッドです」

「入れ」


 端的な言葉が飛んできた。俺は扉を開け、部屋へ。

 壁際、左右に本棚が並ぶ当主の部屋。そして椅子に座り執務机の上で手を組み俺を見据える父の姿。


 ――血みどろの政争をくぐり抜けてきたためか、その顔つきは政治家ではなく戦士のそれであった。白髪一本ない黒髪と精悍な顔は対峙する者を圧倒する……思わず目を背けたくなるが、それはそれでたしなめられるので、俺は視線を合わせながら父の前に立った。


「お呼びでしょうか」

「お前に一つやってもらいたいことがある」


 嫌な予感がした。仕事であれば普通、兄に頼むものだ。なぜ俺を呼んだのか。


「別荘があるだろう。アスディア王国西の果てに」

「ああ、はい……湖のほとりにある……」

「そこの管理人が高齢で、屋敷を離れるそうだ。お前、そこの管理をしてくれ」


 ――俺は、咄嗟に何を言われたのか理解できなかった。別荘の……管理?


「所有している別荘の中でも頻繁に人を招く場所だ。管理人がいなくなるのを機に、人を派遣した方がいいだろうと思ってだな」

「あの……えっと……俺を、ですか?」

「そうだ」


 別荘がある場所は、果てしなく遠い。俺は湧き上がる疑問を尋ねられずにはいられなかった。


「あの、学校はどうすれば?」

「辞めてくれ」


 それだけだった。目の前が突如、真っ暗になった気がした。


「成績を見る限り、卒業できるかも怪しいだろう。正直、身にならんだろうと思っていたし、これを機に家のことをやってくれればと思ったまでだ」


 ……崩れ落ちそうになる心境と同時に、思わず叫びつかみかかりたくなる衝動を、どうにか堪えた。

 俺には、父の命令を拒否できる権利はない。俺にできる返事は「はい」か「わかりました」の二つだけだ。


「……あの、もう一つよろしいですか?」

「何だ?」

「俺を派遣すると推薦したのは一体誰ですか……? 突然降って湧いた話なので、誰かが提案したと思うのですが」

「セオだ。結果の出ない学業に哀れんで、良い道だと提案してくれた」


 ――とうとう、俺を屋敷から追い出すことにしたのか。


 ここまで直接的に行動を起こしてくるとは思わなかった……いや、管理人がいなくなると聞いて、これだと思い立ったのだろう。セオにとっては、ついに邪魔者がいなくなると歓喜したに違いない。

 父はどこまでも俺を見据える。その視線はさっさと返答しろと急かしているようにも見えた。


「えっと……その、出立はいつですか?」

「既に管理人は屋敷を離れた。支度もあるだろうが、数日以内には向かってもらう。学園への退学届もこちらから出しておく。明日から行く必要はない」


 そして考える余裕すらもない……なおかつ反抗する機会すらない。

 既に父の頭の中では決まっている。発言権のない俺にはもはやどうにもできない状況だが、それでもなんとかならないかと必死に考える。


「……どうした?」


 父の視線が向けられる。その瞬間、何もできないと抵抗の意思が消えた。


「……はい、わかりました」


 俺は、そう返事するしかなかった。






 その後、半ば呆然と部屋に入り、二日後には家を出る手はずが整ってしまった。俺が意見をする機会はなく、出発の日屋敷にある自分の部屋で最後の朝食をとり、外へ出た。


「やあ」


 見送りに、セオを始めとした兄弟が来ていた。俺の下には妹と弟が一人ずつ……俺を見る視線は、大して興味なさそうに見えた。

 そうした中で唯一セオだけは上機嫌な様子で、俺へ話し掛ける。


「夏には別荘に行くことにするから頼むぞ」

「……ああ」

「お前が羨ましいよ」


 ――こうなったのはセオのせいだろ、と言い募りたくなったが、結局口にはできなかった。


「勉強一つしなくていいんだからな。別荘周辺は良いところだと聞く。もし名所があったら、是非とも教えてくれ」

「……わかった」


 何一つ言い返せぬまま、屋敷に背を向けた。目前にあるのは一台の馬車。カーヴェイル家専用の馬車ではない。おそらく別荘のある場所へ行くためにチャーターした物だろう。

 このまま、馬車には乗らず逃げれば良いのだろうか……そんな考えを抱きつつも、何一つ無意味だと悟り、諦めた感情を胸に馬車に乗る。


 一応貴族ということで天幕などが張られた物ではなく、ちゃんと屋根のあるそれなりの馬車。ケチろうと思えばできたのにそこそこの馬車を用意したのは、セオの僅かな温情だろうか。

 馬車が動き出す。御者が何やら世間話を始めるのだが、俺の耳に入らない。


 車内に存在する窓から屋敷を顧みることはしなかった。妹と弟はただ眺めているだけだろうけど、きっとセオは満面の笑みを浮かべているだろう……そんな露骨な態度を見せているであろう兄に、俺はため息をついた。


 ――占い師と会う瞬間まで、俺にとって兄は憧れであり、尊敬する対象だった。何もできない自分に対し、完璧にどんなこともやり遂げる兄をすごいと思っていたし、心の底から誇りに思っていた。いずれ兄がカーヴェイル家を継いで、家をさらに大きくしていくだろうとさえ思っていた。


 でも、どうして……あの出来事がどこまで変えてしまったのか。いや、もしかするとあの出来事がなくともいつか同じようになっていたかもしれない。それまで表面化していなかっただけで、どんなことがあっても今のような状況に陥っていたのかもしれない。


 俺はどうすれば良かったのだろうか……馬車に揺られながら自分の持ち物を見る。着古した地味な配色の衣服に、替えの服や生活用品が入ったザックが一つと、護身用の剣。俺の残されたのは、ただそれだけだ。

 別荘へ辿り着いた後、剣を振り魔法の修練をすることはできるけれど、指導もない俺にやれることは高が知れている……もう、どうにもならないだろう。絶望的な心境の中で、俺はただ馬車に揺られ続けることしかできなかった。


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