穏やかな一日
翌日、俺とメイリスは昨日と同様に学園へ向かった。午前の授業内容が被ることはなかったため、学園に入ると俺と彼女は分かれた。
教科書は相変わらず持っていなかったけれど、次の授業内容はおそらく理解できるし大丈夫だろう……そんな風に思いつつ小さな教室で講義を受けたら、頭にスルリと内容が入ってきた。
教師から質問されても明瞭に答えることができたので、驚かれた……そして授業後、男子生徒に声を掛けられた。
「なあ、一体何が起きたんだ?」
それはどうやらメイリスとのことらしい。俺の姿を見て尋ねたくなったのだろう……そういえば講義中、俺のことを見てくる人間が複数人いたのだが、同じように考える人が多いようだ。
よって俺は事情を話す……さすがに魔物に襲われたとかそういう経緯は喋らない。ある程度整合性のある話をして、とりあえず切り抜ける。
授業の合間にある休憩時間はもっぱら質問攻めに遭い、移動もままならない状態だったのだが……その間も、俺を観察する存在は気配で察知することができた。監視者はメイリスではなく俺を見ている。まあここは昨夜セオと話をしている時点で察することはできたけど。
そして、もう一つ……兄の動向についてだが、特に何もなく授業を受けているようだ。暗殺者の記憶を得たことでセオの魔力もある程度つかむことができているのだが、その動向におかしなところはない。
このまま授業を進めれば、セオは昨日監視者に指示した通り深夜に顔を合わせて報告を聞くことになるだろう……その一方で王宮の方ではカーヴェイル家がクロード氏へ俺を引き取る旨を伝える。そして、騎士エイントと作戦を決行するべく準備を進める。
もし敵方がクロード氏の動きに気付けば、おそらく兄に報告がいくだろう。よって俺は監視者よりも兄の方に意識を向けつつ……昼を迎えた。
食堂へ足を向け進んでいた時、俺はメイリスと一度顔を合わせる。
「ごめん、今日は友人と一緒に食べるから」
「わかった」
短い会話の後、俺はいつものように食堂へ赴いて料理を注文して食べ始める。席はいつもと同じであったのだが……俺に注目して会話をする男子生徒の声が聞こえた。
「……なあ、聞いたか? セオの弟が聖剣使いと一緒にいたって」
その言葉の後、どうやら俺へ視線を向けているのが気配でわかる。
他にも俺を見ながら話をしているのがわかる……暗殺者の気配によって、食堂内の動きなどが明瞭にわかるようになっている。正直、煩わしいくらいなのだが……これを一時的に消すこととかはできるのか?
俺は食事を進めながら少し意識をして……能力を使わないようにできるかやってみた。記憶により能力を持っているのであれば、それを例えば意識しなければどうだろうか。
口を動かしつつ色々と探ってみるのだが……うーん、成果はあまりよくないな。能力はたぶん記憶と共に俺の体に結びついているか。
よって耳にいくつもの会話が入ることになる……話題の中心は俺とメイリス。ただ、俺に関する情報が少なすぎるせいで、もっぱらメイリスのことについて言及している。
そういえば兄のことについて……と、意識した瞬間にセオの名前が出されている会話を耳にする。どうやら暗殺者の特性によって、自然と注意すべきものが耳に入ってくるらしい。
「――今回の件、セオの方はどう考えているんだ?」
「さあ? 別段普通みたいだが……内心でどう考えているのかはわからんな。朝一番の講義前は友人達と談笑してたぞ」
「表面上は特にないと」
「むしろ、聖剣使いと接する機会が生まれて感謝しているとかありそうだよな」
……セオの活動を踏まえると、聖剣使いであるメイリスと交流することは単純に権力を高めるため、ということだろうか。
裏組織の力に加えて聖剣使い……それを手にして兄は何をするのか。力を手にして支配するとかであれば、別に聖剣使いの存在は必要ないと思うんだけど。
「……そこは、兄に直接聞かなければ無理か」
今日で決着はつくのだろうか……食事を進めながら俺は考え続ける。幾度か俺に話を聞きにくる人間はいたが、深く尋ねてくるような人はおらず、比較的平穏に昼食を済ませることができた。
そして授業が終わった後、俺は図書館へ入り昨日と同じように記憶を得た人間に関する情報を調べる。その途中でメイリスもやってきて、
「アルフ、監視者はまだいるの?」
問い掛けに俺は頷きつつ、
「ああ、ご丁寧にまったく同じ場所だ」
「相手の動きは何も変わってない、か」
「セオのについても今のところ動きなしだ」
「……わかるの?」
「ああ。暗殺者の能力によって」
メイリスはそれで笑みを浮かべ席に着き、
「なら、今日も調べものをして……それから、屋敷へ戻ってだね」
「ああ」
それ以上は語らないまま俺達は本を読み始め……結局、成果を上げることはなく屋敷へ戻ることに。
昨日と同じ事の繰り返しであり、監視者も俺達の動向を注視していながら何かしてくるようなことはなかった……そして屋敷へ戻り夕食をとる間に、クロード氏が戻ってくる。
「準備は済ませた」
そう彼は話し始めた。
「昼間、カーヴェイル家の人間がアルフ君を引き取る旨をこちらに通達してきた。回答としては了承したが」
「それで良いと思います。変に拒否しても怪しまれるだけですし」
「うむ……それとオーズローという人物についても調べてみたが、この短時間では判明しなかった。まあ偽名であるならどれだけ調べても情報は出てこないだろうから、無駄骨かもしれないが」
「まだ同じ宿にいますか?」
俺の問い掛けにクロード氏は頷く。
「セオ君の仕事ぶりを見るのかわからないが……同じ宿にいることは確定している。既に騎士は展開を進めており、町中で交戦した場合に備えて準備中だ」
「……本来なら、町中の戦闘は避けたいですよね」
「ああ、しかしあの魔物の存在を踏まえれば、早急に解決すべきと判断した」
――間違いなく、かなり無理をしていることだろう。そもそも魔物の恐ろしさは騎士団に伝わっているが、それが国の上層部に伝わっているかと言えば疑問だ。
よって「町の中で戦いなどと被害が出たらどう責任をとるのか」と非難してくる人間だっていたはず……いや、もしかするとクロード氏を始め騎士団が独断で動いているとか? どちらにせよ、失敗は許されない。
「深夜、アルフ君の監視者が移動を開始した時点で本格的に行動を始める」
クロード氏はなおも語る。
「話し合いが始まった時点で突入することになるだろう」
「俺達も現場に到着した段階で……」
「そういうことになるな……オーズローの方は騎士エイントが動く。可能な限り精鋭を引き連れているが……魔物が現れればどうなるかわからない。時間との勝負でもあるな」
セオ達を捕まえ、さらにオーズローを……作戦そのものの成功率はどの程度だろうか。正直、分の悪い賭けであると俺は思う。
俺とメイリスにしか倒せない魔物。あれが出てくるかで大きく戦局は変化するだろう。少々不安ではあるが――
「頑張ろう、アルフ」
そんな中、力強い言葉をメイリスは投げかけてきた。
それを聞いて俺は……深く頷く。
「ああ、事件を解決して、セオからなんでこんなことをしたのか、訊かないと」
言葉を口にすると同時、使命感によって不安が消えた。強い決意を胸にしながら……夜は更けていった。




