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悲劇の英霊を継ぎし者  作者: 陽山純樹


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日常の出来事

 授業内容は指輪で得た知識の範囲を越えることはなく終わった。そして最初の授業の後、俺はメイリスと別れ小教室で行われる講義を受けることに。これも資料はなかったが、たぶん大丈夫だろうという目論見があった。


 授業は薬学――薬草など、自然に存在する植物などに関するもの。将来家を出るなら何かしら役に立たないかな、と思いつつ受講したものだったが、これもかなり指輪の記憶により知識を得ていることに気付いた。

 これは騎士の教養と、狩人の経験だろう……薬草名を見た瞬間に特性や、実際の効能などが頭に浮かんだ。ならば、この講義で得られる知識も俺にとっては既知のものがほとんどなのだろう。


 ――これについて、がっくりしたとかそういう感想は抱かなかった。それよりも考えたのは俺が得た騎士や狩人、そして王子の記憶……その知識の深さ。ただ単純に強大な相手を倒したというだけではない。三人とも敵を打倒できるだけの経験と知識を持っている……それらがあったからこそ、彼らは戦いに勝利できたのだ。


 それがわかると同時に、俺は中指にある指輪を見ながら考える……騎士団長エイントは指輪が俺を選んだと語っていた。しかし、だからといって俺にしか使えないのかと言われると疑問ではあるけど……仮にそうだとしたら、指輪の制作者は俺に何をさせたいのか。


 例えば記憶で垣間見た英雄達のように強大な存在と戦う? 俺が遭遇し、騎士団が相手をしていた戦斧を持つ魔物は確かに強大ではある。

 けれど、それだけなのだろうか? 講義を受けながら俺は幾度となく疑問を抱いた。そして気付けば、昼食の時間がやってきた。


「……学食へ行くか」


 そういえばメイリスと合流するような話し合いはしていなかったな……昼休憩後の予定も聞いていなかったが、内容的に一緒になるだろうし、そこで顔を合わせればいいだろう。

 そう思いつつ食堂へ向かっていたのだが……ここで一つ気付く。明らかに俺へ視線を向けてくる学生の姿があった。


 しかもそれが多数であることから、俺は最初の授業のことを思い出す。


「……噂になっているのかな」


 あの授業は学園で一番大きい講堂だし、俺とメイリスの姿を見ている人も多いだろう……隣同士で座っただけならスルーしていただろうけど、資料を融通し話し合っていたのだから、注目した人もいたことだろう。

 兄のセオもそれを見ていたのだろうか? だとしたら……色々考える間に食堂に到着。とりあえずビーフシチューを注文して、いつも陣取る食堂端へ移動する。


 で、食べ始めようとした段階で……俺と対面する形で座る人物。見なくともわかる、メイリスだ。


「よく俺がいるってわかったな」

「食堂に入る姿をバッチリ見ていたからね」


 笑いながら話す彼女と――それと対比するように、周囲がざわつく様子が視界の端に映る。


「それ、ビーフシチュー?」


 彼女はそれに気付いているのかいないのか……普段通りのテンションで俺に問い掛けてくる。


「ああ、メニューにある時は大抵頼んでいる」

「何か理由が?」

「別に、単純に食べやすいのと時間が掛からないのと……とにかく、そういう理由だ」

「時間って……別にお昼の休憩って切羽詰まっているわけじゃないでしょ?」

「そういうんじゃなくて、この場の雰囲気……人が多い状況があまり合わないってだけ」


 本当は少しでも意識してしまうと俺を見て「弟の方か」などと言及してくる学生の声が嫌でも耳に入ってくるためだ。なんだか監視されているような気がして嫌な心地になるので、すぐに食べて食堂から出ようとしているだけである。

 さすがにそんな考えを抱いているとはつゆ知らず、メイリスは「そうなんだ」と相づちを打ちつつ、


「頼んだことないから、今度注文してみようかな」

「……なあメイリス、友人達と顔くらい合わせているだろ? そちらに行くという選択肢はなかったのか?」

「作戦にならないじゃない」


 それもそうだ、と思いつつ肝心の作戦そのものは大成功である……食堂端なのに、明らかにこっちを見ている人が多い。


「……最初の授業の後、俺と会話をしていることを友人に言及とかされなかったか?」

「されたよ。その辺りはまあ……父上が報告したのと同じような感じで説明したけど」


 つまり魔物討伐において俺が貢献し、彼女の屋敷に厄介となっている点か……だとしたら当然注目するよな。何事だと。

 とはいえ、向けられる視線がなんだか刺々しい……というのは被害妄想だろうか? ともあれ注目の的になっている状況ではなんだか食欲も失せてくる。


 ただ彼女の方は一切気にしている様子もなく食事を始める。そんな様子を見て俺は、


「……視線に気付いてはいるよな?」

「うん」

「注目されているのは……慣れてるか」

「うん」


 むしろ、それが日常であるかのように――俺はそうか、と心の中で呟く。聖剣を手にしている彼女にとって、耳目を集めることは単なる日常なのだ。

 生い立ちが違いすぎる俺では絶対に理解できない領域……彼女は自分が動けば当然人々が注目するものだと思っている。そうした環境に慣れているからこそ、今の状況でも自然体で普段通り過ごすことができているというわけだ。


 これが偶発的に力を得てしまった人間と、元々持っていた人間の違いということか……妙なところで納得しつつ、俺はビーフシチューを口に入れる。

 ただ、周囲は観察するだけで話し掛けてくるようなことはしない……聞き耳を立てて会話を聞こうとしているのだろうか?


 あんまり下手なことは喋れないかもしれない……などと思っていると、


「あのさ、アルフ」

「ん、どうした?」

「次の授業実戦訓練だよね?」


 彼女の問いに俺は頷く……俺もメイリスも騎士課程を受講しているのだが、その中で実戦形式で訓練を行う授業がある。その際は訓練服に着替えるのだが……いや、制服で受講しても問題はないのだが、服が汚れるので多くの人は着替える。


「ああ、そうだけど……訓練服は家にあるから、最悪見学とかでも――」

「そう言うだろうと思って、事前に用意してもらった」

「……誰に?」

「学園の人に」


 ここはさすが聖剣所持者といったところか……しかし事前に用意しておくのは――


「私と友人の訓練服を、ということで貸してもらった。アルフも参加するように」

「何か狙いが?」

「……次の訓練、お兄さんが出てくるでしょ」


 セオのことか……って、もしや、


「お兄さんのことだから、たぶん私達に干渉してくると思う」

「で、訓練を俺かメイリスのどちらかとやる、と」

「もし魔物がお兄さんと関係があるなら、アルフに関わってくる可能性が高いかもね」


 周囲に聞こえないよう小声で彼女は告げる。うん、そうだな……とはいえ果たしてどのような展開になるのか――


「そこで、アルフ。今なら勝てる?」

「記憶を得た今の俺なら、か?」

「うん」

「正直、俺はセオの実力とかあまりわかっていない。家でだって差がありすぎて訓練とかしたことないからな」


 でも……さすがに聖剣を持ち魔物と戦う彼女と比べたら……そこまで言及することはなかったが、彼女は俺が何を言いたいのか理解したらしい。


「よし、それならやってみようよ」

「セオが動くのなら、俺達が何かするより前に干渉してくるだろうな……反応を見てどうするかは考えるか」

「うん、そうだね」


 食事を進めながら作戦会議を続ける俺達。そして、周囲のざわめきはいつまでも消えなかった。


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