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耐える日々

 十歳の時、俺と兄は二人で屋敷を抜け出し町を散策したことがある。商店並ぶ大通りに出てはしゃいでいると、占いをしている女性と遭遇した。


「二人の運命を占ってあげましょうか?」


 そんな優しい声に俺達は頷いた。可愛い子からお代はいらないと、無料だったのだが――真面目に占いをやるのではなく、良い未来を適当加減に言ってあげようくらいのノリだったとは思う。


 まず先に兄を占ってもらうと、あなたは歴史に名を残す偉人になるだろうという予言を女性はした。兄はそれに対し当然だという顔をしたため、当時の俺は苦笑した憶えがある。

 嘘みたいな予言も当然だと受け入れるくらい、兄の自意識は肥大していたということでもある……当時の俺と兄の関係性は、兄が出来の悪い弟の面倒をみなければ、という感じだった。何をするにしても劣っていた俺を兄は見捨てなかった……というよりは、面倒見のよさを他人に示し仲が良く演出。結果、株を上げようとしていたと言うべきか。


 当主の父は厳格でありながら傲慢で世間体を気にする人間だった。兄にもその考えが伝播し、体裁を気にして表面上、俺に目を掛けていたわけだ……ただ、そうだとわかっていても俺は受け入れていた。兄と一緒に遊ぶことだって嫌いじゃなかった。

 そして俺が占ってもらう番に。そこで占い師は「あなたは偉大なる騎士になるだろう」と告げた。


 十歳の時点で才覚のなさにうんざりしていた俺は、そんなことあるわけないと達観した心情で占いを聞いた。だから真に受けることはなかったし、からかわれているんだろう、という気持ちしか湧かなかった。

 その予言を聞いて、反応したのは兄の方だ――弟の予言を聞いた瞬間、兄は得体の知れないものを見るように視線を送ってきた。それは未だかつて見せたことのない表情……その時俺は恐怖を覚えた。


 そしてその日から、兄の弟に対する扱いは変わった。二度と一緒に遊ぶことはなくなり、俺を無視するようになった。将来当主となる兄のその扱いによって周囲の人々も俺を露骨に避けるようになったし、母ですら完全に無視するようになった。


 ――兄は占いを真に受けたわけではない。占いの文言を通して、才覚のない俺であっても兄を脅かす地位に至る可能性がある……つまり『敵』となる可能性があると認識して、扱いを変えたのだ。

 そこから、俺はどうにかできないかあがいたけれど、何一つ状況を変えることはできないまま、十七歳に至った。兄との差はさらに広がり続け、交友関係も、剣と魔法の実力も追い抜くどころか近づくことすらできない状況に至っていた――


 最初の授業が終わる。俺は憂鬱な心情を抱えつつ講堂を出る。その寸前、兄のいる方を見ると授業開始前より人だかりができていた。あの中には将来有望な兄に取り入ろうとする人間だっているだろうけれど……あの兄なら、そうした人間全てを把握し、掌握できるだろう。

 それに対し俺は……いや、やめよう。比較し続けてロクなことはない。そういう思いを引きずりつつ、俺は次の授業がある教室へと向かった。






 この国では公的な教育制度はあるのだが、貴族ともなると専属の家庭教師とかを雇って家柄に沿った教育を行う。そして十五になったら王国内に存在する魔法学園に入学することができる。ここで魔法や剣術などを学ぶことで騎士や宮廷魔術師――さらには国の重臣として採用される。


 特に俺や兄がいる王都の魔法学園――国の名を冠するアスディア国立魔法学園は特に才ある者が集い、日々切磋琢磨している。ここには貴族の子息だけでなく、才能ある者であれば家柄や出自など関係なく入学できるため、様々な人間がいるのだが……その中で俺は落ちこぼれだった。


 教養についてはさすがに必要だとして俺にも家庭教師がつけられており、入学はできた。けれど、どれだけやっても追いつかない勉強量と厳しい実技。それらが押し寄せ俺はもがくことしかできない。

 朝早く図書館に入って勉強し、授業が終わったら必死に剣の打ち込みをやって……周囲の生徒達が談笑し街へ遊びに行く中、必死でやっても成績は落ち続けるばかり。どうにか落第は免れているけれど、少しでも油断すればたちまち転落するだろう。


 俺は必死に崖にしがみついて耐える毎日を送っている……学園は三年で卒業する。今は二年目の春であり、卒業まで耐えればいいと自分に言い聞かせながら、必死に勉強し続けている。


 ――カーヴェイル家の中における俺の境遇は、もうどうにもできない状態だった。兄が率先して俺をのけ者扱いし、当主の父はそれに従った。むしろ「ついてこれない者は見捨てろ」とばかりに、受け入れた。

 母も使用人も、誰一人俺を味方する者はいない。朝、朝食を持ってくる使用人でさえ、最低限しか接しない有様だ。俺を小馬鹿にするのではなく、嘲るのではなく、徹底的な無視……それは魔法学園内でも同じ。さすがにイジメでもあったら文句の一つでも飛んでくるだろうとして、周囲は干渉することを避けた。入学当初から、俺は孤独になるしか選択肢はなかった。


 そして俺には、波風立てないようにするしか方法がなかった。騒動の一つでも起こせば学園を辞めさせられて、屋敷の奥に押し込められるだろう。そうなったらもう逃げることさえできない……本当の終わりだ。

 でも魔法学園を卒業さえできれば、多少なりとも箔はつく。家の迷惑にならないようにすれば、外での活動も許されるだろう。俺は卒業したら、家を出ると決めていた。それから何をするかという計画も立てている。屋敷に押し込められ一生を過ごすよりもずっと良い……そんな淡い考えを抱きながら、俺は必死に勉強する――


 授業が一つ終わり、昼の時間を迎える。アスディア魔法学園には食堂もあって、安いのに貴族の子息も唸らせる料理が出てくるので、多くの人が詰めかける。

 俺もその一人で、ビーフシチューを頼んで食堂の隅の方で食べることにする。黙々とスプーンを動かす間、周囲から色々と声が聞こえてくるのだが――


「……あれ、カーヴェイル家の?」


 どうやら俺のことに気付いた男子生徒が一人。ちなみにセオは普段食堂で昼食をとったりはしない。

 で、その男性には友人がいるようで、


「ああ違う違う。あれは弟の方」

「ああ、弟か……なんか、暗そうだな」


 俺のことを名前で知っている人間はいない。決まって呼ばれ方は「弟の方」とか「セオの弟」である。


「そういや、セオのことで思い出した。聞いたか? 聖剣使いの話」

「ん、ああ。知ってるよ。聖剣を手にしたご息女様……が、騎士団に請われて魔物討伐に参戦するんだろ? 在学中に討伐隊に加わるなんて初めてか?」

「らしいな……で、そのご息女様にお近づきになるために、カーヴェイル家が動いているらしいぞ」

「もしかしてセオと婚約させようとか?」

「そんな感じらしい。聖剣……王家に伝わる聖剣の継承者、ってことで権力をより強固にできるって考えたんだろ」

「セオは年間主席をとったし、学園内では敵なしだからな……いけると考えたんだろうか。しかし、それに対し弟の方は全然目立たないな」


 俺のことはどうでもいいだろ、と内心で呟きながら黙々と食事を進める。そして食事を終えるとすぐに食器を返して図書館に向かう。

 他人の陰口に構う余裕はなかった。卒業まで耐えれば……それ自体儚い希望かもしれないが、俺はただ前を向いて進むしかないと自分に言い聞かせ、ひたすら廊下を歩き続けたのだった。


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