見慣れぬ場所
その後、魔物の索敵結果が出た。俺とメイリスが二人がかりで倒した魔物が最後……本当に打ち止めかはわからないが、周辺に同様の個体は見受けられなかった。
よって、俺達は魔物の生成者――つまりこの事件の黒幕をあぶり出すために動くこととなった。俺が推測したこと……魔物に兄や父が関わっているというのが真実なのかどうかを、確かめる。
それには一度王都へ戻る必要がある……カーヴェイル家の敷地をまたぐことになるのかはわからないが、その辺りの覚悟も必要だろうか――
「いや、君を家に戻すつもりはない」
王都へ戻る途中、処遇について尋ねるとクロード氏からはそうした返答が来た。
「カーヴェイル家の中に魔物の生成者がいるかもしれんのだ。さすがにそんな場所に英雄である君を置くのは避けたい」
「英雄……」
「聖剣所持者であるメイリスですら倒すのが困難な魔物だ。それを瞬殺できる君は、間違いなく英雄と呼ばれるだけの力を得ている」
……個人的には違和感しかないのだが、指輪の力はそれだけ強大、ということなのだろう。そう思うことにしよう。
ならばどうするのか――と、問い掛けようとした時、クロード氏は俺へ向け笑みを浮かべた。
「話によると君は学園を辞めたのだな?」
「屋敷を離れ数日なので、手続き的にどうなっているのかわかりませんけど……」
「いや、いい。この辺りについても確認はとる」
確認? どういうことかと首を傾げていると、クロード氏はなおも笑みを向けたまま、俺へ言った。
「カーヴェイル家の動きによって対応を変えることになるが……アルフ君に行動してもらう可能性は高い。よって、心構えだけはしておいて欲しい――」
――そして、俺は王都に辿り着いてとある屋敷に入りその日は眠りにつき、翌日ごくごく自然に目が覚めた。
見慣れない天井をぼーっと見た後、少しして起き上がる。状況を思い出し、俺は静かに支度を始める。
着るのは冒険者としてのものではなく、屋敷を出た際に着ていた貴族服。さすがに屋敷の中で冒険者的な格好は目立つし、こちらの方が自然というのが理由である。
支度を済ませる間にノックの音が聞こえた。返事をすると扉が開き、侍女らしき人物が「お食事の時間です」と扉越しに声を掛けてきた。
朝食は食堂でとるとのことだったので、俺は承諾し女性に連れられて食堂へと向かう。程なくして辿り着いたのは、屋敷の大きさと比べやや小さい食堂――家主が使う、プライベート用の一室であった。
「おはよう」
そして声を掛けてきたのは女性――メイリスだ。そう、現在俺はシャルレード家の屋敷に滞在している。
彼女の格好は藍色を基調とした、騎士が城勤めする際に着るような騎士服。本来学生である彼女だが、妙に似合っている。
「おはよう……クロードさんは?」
「朝一でお城に報告へ」
作戦が始まるというわけだ。侍女が料理を並べる間に、俺は一度部屋を見回す。
「えっと……他の人は?」
「お母様は現在王都にはいないの。ついでに言うと兄弟もいないから、家主であるお父様がいない以上は私だけ」
つまり、二人きりというわけか……どうしたものかと思案し始めると、メイリスはクスリと笑った。
「そんな肩に力入れなくていいのに」
「……悪いな、さすがに見知らぬ屋敷に来て雲の上の人が一緒、とくれば緊張しない方がおかしい」
と、発言した時、これはまずかったかな、などと思った。直後メイリスは、
「雲の上?」
「……俺からすれば、な」
頭をかきつつ、俺は彼女へ説明を加える。
「魔法学園の生徒として俺は最底辺だったし、こうして話をするなんて展開、想像することすらできなかった……兄や父により学園を辞めさせられた結果、こうなっているのは皮肉だな」
「ふむ……ねえ、あなたのお兄さんが魔物をけしかけたとして、普通に考えればそこまでやる理由はないよね?」
「俺はそう思っている……でも、セオにとっては何か理由があるのかもしれない。俺にとって見当がつかないけど」
「そっか……」
「何か心当たりがあるのか?」
質問に彼女は首を振る。それはそうか。話したことだってないんだもんな。
「この辺りについては深く考える必要性ないのかもしれない……恨みとかではなく、栄達を望むが故に俺を利用しようとした、ってことかもしれないし」
「どういう動機なのかは本人に訊かないとわからない、か」
「絶対に喋ることはないだろうけどな……正直、魔物を使って身内を消そうなんてバレたら特大のスキャンダルになる。主犯が父ではなくセオであってもカーヴェイル家の名は大きく傷つくはずだ。そこまでする必要があったのか……」
「お城の中でカーヴェイル家の立場が危うかったため、作戦を実行しシャルレード家へ接触。地位向上に役立てようとした、とかは?」
「父の命令で、兄が動いたってことか? 一発逆転の方法が聖剣所持者がいるシャルレード家に近づく、というのはどうにも……」
シャルレード家は建国した勇者の末裔だが、決して権力があるかと言うと……結局のところ、どう考えたってリスクとリターンが釣り合っていない気がする。
「あるいは単純に、絶対成功するからと露見するリスクなんて考えなかった、とかか? でも、そんな安易な考えで作戦を実行するとは思えないんだよな……」
「お兄さんのことを信用してるね」
メイリスが告げる。俺が視線を向けると、
「話したことはないけど、あなたのお兄さん……セオドリックさんの逸話はある程度知ってる。何でもできる、文武両道な完璧超人」
「その評価で間違ってないな」
「家督争いなんて起きるはずもない……とくれば、わざわざアルフを狙う理由はわからない。あるいは、カーヴェイル家の事情を知る誰かが仕組んだ策、とか?」
「逆にそのくらい突拍子ない方がありそうな気がしてきた……」
いかん、なんだか考えが陰謀論めいてきた。この辺りで考察はやめておこう。
「話を変えるけど、俺は今後どうすればいいんだ?」
「とりあえず父上が報告をして、反応待ちになるかな。カーヴェイル家側がどうするのか……」
「クロードさんの言葉を考えるに、身柄を引き渡せと言っても拒否するんだろ?」
「その辺りの理由は何とでもなるよ。例えば、私達が追っていた魔物と同型にアルフが追われていた。よって事情聴取している、とかね」
ああうん、一応説明はできるな。
「アルフがここにいる理由付けはいくらでもできる……で、カーヴェイル家は私達と関わろうとしていたんでしょ?」
「……今の状況自体が、カーヴェイル家への牽制になっているわけだ」
問い掛けにメイリスは「そうだね」と応じた。
「父上は全部計算しているよ。こういうことをやると結構あくどいからね」
「それ、褒めてるのか……? まあいいや、とにかく、どんな理由にせよ接触しようとしていたシャルレード家に俺が保護されているという時点で、父や兄としては面白くない状況だよな」
「そうだね。で、問題はここから。アルフが生きていて現在の境遇を知ったらどう反応するのか」
「さすがに王都で騒動を起こす可能性は低いと思うんだが……」
「そうかな?」
騒動を起こす予感があるのだろうか……どういうことかと尋ねようとした時、
「さて、話し合いはこれくらいにして食べようか」
気付けば話し込んでしまっていた。よって俺は同意し、朝食をいただくことにしたのだった。




