自分の力
「……ん」
目を開ける。少しの間、呆然としていたがやがて意識が覚醒して今の状況を思い出す。
そこで鳥の鳴き声が聞こえた。俺はゆっくりと起き上がり、小さくのびをする。
「朝か……」
森で魔物を倒し……俺は騎士達と共に行動することになった。立ち上がり、支度を済ませるとテントを出る。
日が出た直後くらいのようで、まだ周囲は薄暗かった。見張りをする騎士達の姿はあったが、大半の人間はまだ眠っているようだ。
近くに川があることは昨日聞かされていたので、顔でも洗おうかと思い歩き出したのだが……すぐに、魔力を感じ取った。魔物ではなく、明確に人間の気配。だがその人物を取り巻く力は、他者にはない何かがある。
聖剣だ、と確信すると同時に自然と俺の足はそちらへ向かっていた。程なくして昨日魔物と戦った戦場へと辿り着く。そこで聖剣を持つ人物――騎士メイリスが剣を振っていた。
「……ん?」
そして俺の出現に彼女は気付く。
「お目覚め?」
「はい」
「……そんな畏まらなくても」
あはは、と小さく笑う騎士メイリス。俺は頭をかき困惑した顔をすることしかできなかったのだが、
「いつでもいけるって感じだね」
支度を整えた俺の姿を見て彼女は言う。
「なら、訓練に付き合ってくれない?」
「俺が、ですか?」
「単に剣術訓練なら他の騎士ともできるけど、これを使ってというのは無茶だからね」
聖剣を小さく揺らしながら彼女は言う……俺は頷き、彼女と対峙する。
「剣はどうするの?」
俺は小さく言葉をこぼす。それと共に、魔法剣が生まれた。
「これを」
「昨日見たものとは違うね?」
「色々種類があるようなので……」
さすがに魔物を瞬殺した剣を使うのは危ないだろうと考え、別のものにした……王子の記憶には様々な魔法技術が眠っていた。特に彼は魔法剣を扱うことを得意としており、これもその一つだ。
「よし、ならやろうか……と、その前に一つ」
「何ですか?」
「私達はこれから発見した魔物を倒すためにさらに進む。で、現時点で昨日戦った魔物を倒せるのは私達しかいない」
昨日騎士エイントが言っていたことだ。
「つまり、私と君とで組む……現時点で観測している魔物は残り一体だから一緒に戦うことになる」
「そうですね」
「互いの実力を推し量るのにいい機会だし……何より、それなりに親交を深めて一緒に頑張ろう、というわけだからもうちょっと歩み寄ってくれると嬉しいかな、と」
つまりそれは、畏まった態度を止めろということか……まあ、肩を並べて戦うわけだし、ここで意固地になって一歩引いた態度をとり続けるのも変だ。よって、
「……わかった」
承諾の言葉に彼女は笑みを見せる――男女問わず、虜にするであろう太陽のような笑顔。
「なら同い年で同じ学園に通っている身だし、私のことはメイリスでいいよ。その代わり私もアルフって呼ぶけど」
「わかった」
それも承諾……というか、なんか抱いていたイメージとは違うな。
聖剣所持者ということで、もっと格式張った人物像をイメージしていた。けれど実情は誰にでも気さくに話せる年齢相応の女性、ということだろうか。
「よし、それじゃあ提案も終わったところで……始めようか」
彼女が構える。同時、俺は騎士メイリス――否、メイリスから放たれる魔力を感じ取る。
先ほどまでの態度から一変、体が強ばるほどの空気を発する。これが聖剣の力……いや、無論それだけではない。聖剣はあくまで武器。それを使いこなす彼女もまた、相当な修練を重ねてきたはずだ。
――俺は彼女のプロフィールを思い出す。聖剣に選ばれた人間ということで色々な人が噂をして情報が自然と耳に入ってきた。幼少の頃より聖剣に選ばれた彼女。女性である以上は剣なんて、と反発する可能性だってあったのに、彼女は聖剣を受け入れ鍛練を重ねた。
学園に入るより前の時点で、現役騎士と肩を並べるほどの実力になった……聖剣に選ばれるほどだから才能があった、という見方もできる。あるいは聖剣に選ばれた時点で何かしら力を得たのか……どちらにせよ、彼女は俺と同年代ながらアスディア王国において最強の騎士にまで上り詰めた。
俺にとっては羨む存在だが、抱いていた考えは少し違った。なんというか、兄と同様にただただ雲の上の存在という認識で、妬み嫉みの一つも湧かなかった。
そうした彼女に、今俺は真正面から向かい合っている……俺は自分の力ではないけれど。
呼吸を整える。聖剣を握り戦う以上、訓練であっても加減すれば一瞬で勝負がつく。まずは相手の動きを見極めるところから――
そう考えた矢先、彼女が動いた……と、思った時点でその体は俺の前方数歩分まで接近した。
「っ……!?」
反射的に剣を盾代わりに構えると、彼女の斬撃をどうにか防いだ。視線で追えないほどの動き……本気だ、と認識すると同時に俺は彼女の体が真正面から消えたのを認識する。
それは瞬間移動ではなく、俺の視線の範囲を読んで一瞬で視界から外れた――右にいるとわかった時点で剣を振る。次の瞬間ガキンと一つ音がした。
そしてメイリスの姿を捉えることができた。即座に剣を引き戻し彼女を目で捉えると、攻勢に転じた――指輪に眠っていた英霊達の記憶により、自然と動ける。むしろ彼女ほどの実力者でも、まるで過去に戦った経験があるかのように応戦できている。
ただ体は動くが頭が追いつかない。俺の剣が幾度となく彼女へ向かうが、その全てを聖剣が叩き落とす。しかもそれは目にも留まらぬ速さの出来事――金属音が大気を震わせる。
俺自身はメイリスが放つ剣の軌道を見極め、それを受けて反撃――学園で行っている模擬戦闘のような感覚なのだが、どうやら体感的な時間と実際の時間にズレがある――俺がメイリスの剣を受け反撃に転じるまでの時間は、数秒どころか一秒にも満たない中で行われているようだった。
こんな感覚、当然指輪の力を得る前の俺に経験できるわけもない――が、体はひどく自然にこの事実を受け入れていた。記憶と共に感情を制御する方法を学んだのか……俺は一度大きく聖剣を弾いた。それによってメイリスは大きく後退し、俺達は互いに距離を置く。
時間にして、十秒ほどの攻防だった。その中で数え切れないほど剣のやりとりを行い、俺は彼女の実力と、その力を理解する。
「……すごいね、その力」
そしてメイリスもまた、俺の力を理解した。
「指輪の力と言うけれど、なんだか元々持っていたみたいに自然」
「この指輪がそれだけとんでもないって話だろうな」
応じつつ俺は、メイリスへ向け自嘲的に笑う。
「ただまあ、あくまで道具の力だ。俺が強くなったわけじゃないし――」
「え、それは違うよ。道具に選ばれた以上、これはアルフの実力だよ」
――あっさりと告げた言葉に、俺は目を丸くした。
「アルフの言う論理なら、私だって同じだよ。聖剣に選ばれ、聖剣の力を使ってここにいる」
「それは……」
「今の攻防だって、私の力だけではないよ。聖剣があるからこそ成しえたもの……でも、聖剣の力で強くなっているだけだ、とアルフは言う?」
「いや、そんなことは……」
「なら今のアルフだって自分の実力だよ」
また笑みを浮かべるメイリス……あっさりと述べる彼女の言葉には、不思議な爽快感が宿っていた。