救世主
「あの魔物についてだが、極めて厄介な特徴を備えている。それは強固な防御能力だ」
防御……俺は一撃で倒せているのだが、騎士達は対応に苦慮しているということか。
「結論から言わせてもらう。現時点であの魔物に対抗できるのは、騎士メイリスと君、ただ二人だ」
「……は?」
思わず聞き返した。対抗できるのは、二人?
「騎士の攻撃や魔法によって押し留めることはできる。しかし、攻撃が通るのは騎士メイリスの聖剣による力だけだった」
そう語る騎士団長エイントは苦々しい表情を見せる。
「君の助力が入る前に一度別の個体と交戦したんだ。その際に彼女の聖剣による攻撃以外は通用しなかった」
まさかの発言だった。俺は騎士メイリスを見る。そこで彼女は小さく頷いた。
「しかも、あなたのように一撃とはいかない」
「その通りだ」
続いて話し始めるのは彼女の父親であるクロード。
「極めて凶悪な魔物を言わざるを得ない……君の存在は私達にとって救世主と言えるだろう」
救世主……確かに、魔物を倒せないと言うのなら、出自不明の力ではあるが彼らにとっては助かるということか。
でも、魔王を倒した勇者の聖剣ですら一撃でないのに、俺が持つ記憶の力で一撃というのは……? 首を傾げている間に、騎士エイントが話を続ける。
「魔物はまだ山のどこかに存在しているため、明日以降討伐隊に随伴して欲しい。無論、相応の報酬は支払うし、何か要望があれば応えよう」
――騎士団長はともかく、クロード氏は噂に寄れば俺の家の人間と接触している可能性がある。よって、俺の立ち位置についても把握しているのかもしれない。
もしかすると王都を離れ旅を始めたのは、何か家の中であったのでは……そんな推測をしているのかもしれない。とはいえ言及はしない。俺が話し出すまで待っている。
なんだか探り合いみたいになっているけど……さて、どうすべきか。
協力することは別段問題ない。ただ、どこまで事情を話すべきか……俺は襲い掛かってきた魔物を見て兄や父親のせいだと思ったわけだが、現時点で確たる証拠はない。ここはさすがに話すべきではないだろう。
心の内で結論を出した時、騎士団長エイントは発言した。
「何かあの魔物について知っていることはあるかい?」
問い掛けに俺は反応しなかった……のだが、硬質な顔つきになったことは察したらしく、
「もし何か知っていれば情報が欲しい。どんなことでもいいのだが……」
「……さすがに、詳細までは」
「ただ表情としては、何か察しているという雰囲気に見えるな」
鋭い、と心の中で呟く。しかし、だからといってこれを話すのはどうか。俺としても断定できるものではないし――
「沈黙しているということは、おそらく判断に困っているか証拠などを提示できるわけではないのだろう。ただ、私達としても可能な限り手がかりを見つけたいんだ。何ならここでの話に留めてもいい。何か知っているのであれば、教えてくれないだろうか」
藁にもすがる、という口調だった……が、これは当然と言えるか。俺と騎士メイリスにしか倒せない魔物。そして情報すらない中で動く必要がある……下手すれば多数の犠牲者が出てしまう可能性もある。
俺は小さく息をつく……正直、話した内容で先入観をもたらしてしまう可能性は否定できないが、彼らが魔物により犠牲となってしまうのは勘弁願いたい。俺の話で状況が好転するかどうかわからないが、
「……あくまで俺の見解ですよ」
「構わない」
返事を受け、結局俺は魔物と対峙した時のことを語り始めた。
そして、一連の話を受けて口を開いたのはクロード氏。
「ふむ、カーヴェイル家の人間が……か」
「俺を執拗に狙う魔物であれば、それ以外にないというか……」
そんな俺の返答に対し、今度は騎士メイリスが口を開く。
「カーヴェイル家の人間を狙って、精神的なダメージを負わせたりとかは? 身内が犠牲になったのなら、かなり辛いでしょ?」
「……カーヴェイル家のことを知っているのなら、俺を殺したところで何の影響もないことはわかりますよ」
沈黙をおいて返答した俺の言葉に、騎士メイリスは一度口が止まったが、
「……なんだか、複雑みたいだね」
「そうですね。むしろ俺の死を利用し、何かやるくらいには考えているのかも」
そこまで発言すると、クロード氏が苦笑した。
「カーヴェイル家のことは多少なりとも知っているが……当主は魑魅魍魎が跋扈するあの王城内の政争を生き抜いてきたのだ。何をしていてもおかしくない、などという話も妙に説得力があるな」
「ですが、俺が語ったことはあくまで状況証拠的なものです。確定ではない」
「そうだな……ふむ、カーヴェイル家の人間が魔物を使役しているかどうかについて検証は極めて困難だが……手がなくはない」
それは何か……視線がクロード氏へ集まる中彼は、
「手段についてはいずれ話すことにしよう。まずは現状を解決したい……騎士エイント、まだ魔物はいるのだろう?」
「ええ、そうですね……アルフ君、この山には魔物がまだ一体存在している。まずはそれを倒してから、今度のことを検討する……そういう方針で構わないかい?」
問い掛けに頷く他ない――こうして、俺は騎士団の一員として組み込まれることとなった。
騎士団にとって部外者ではあるのだが、凶悪なあの魔物を倒せる人員ということで待遇はよく、野営する際に使われたテントの一つを個別にあてがわれることになった。
「はあ……」
敷かれた毛布にくるまって眠ることにする……魔物討伐という仕事からまさか騎士団に関わるとは思っていなかったため、驚きの連続であった。
なおかつ聖剣を持つ騎士メイリスと顔を合わせることになるとは……彼女の父親であるクロード氏はカーヴェイル家のことを調べているみたいだが、まだ彼女はあまり関わりがないみたいだな。
で、これがどういう結果をもたらすのか……カーヴェイル家から離れようとする俺の意思からは逆行する形だが、俺にしか魔物が倒せないとなったら協力しないわけにはいかない。
「全部話してしまったしなあ……」
なおかつ、兄や父が魔物と関わりがあるかもしれない……この話をしてどうなるのか。色々とモヤモヤした感情を抱えつつも、俺は目をつむる。
まずは魔物を倒すこと。それを優先すべきなのは確か。クロード氏が何かしら考えているみたいだが、そこについて今考えるのはやめにしよう。
ただ、俺自身予感を抱いていた。それは俺と兄達の因縁が、思ったより早期に決着がつくのではないか、ということ。ここで騎士団と出会った以上、兄と俺の距離は確実に近づいているだろう。
それは果たして良いことなのかどうか……考える間にも睡魔が訪れ、眠りにつくこととなった。
――最後に思い出したのは、兄との記憶。占い師の予言を受ける前、出来の悪い弟と共に遊ぶ兄の姿。
ああした関係を築くのは、もう無理なのだろう。今、兄は俺のことをどう考えているのか……そこまで考え、俺は意識を手放した。