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双子の弟

 俺の一日は、人より少し早く起床するところから始まる。ベッドの上で目が覚め、無言で起き上がると外に出るため支度を始める。


 部屋には俺一人で、無駄に広い――父親が国の重臣であるため、子息である俺にも相応の部屋が与えられているが、調度品もなければ、意匠を凝らした家具があるわけでもない。必要最低限の物しかない、自室。


 まず着替えから始める。服は俺が通う学園――騎士や魔術師を養成する国立魔法学園の制服。黒を基調としたそれに袖を通す……着替えが終わると、タイミングを計ったかのようにノックの音が聞こえた。


「はい」


 返事をすると扉が開き、現れたのは黒髪の侍女。その後方には、料理が載せられた台車が一つ。


「おはようございます、アルフ様。朝食をお持ちしました」

「ありがとう」


 部屋にあるテーブルへ歩み寄り、備え付けられた椅子に座る。侍女が淡々とテーブルの上に料理を並べ、俺はパンをつかみ食べ始めた。

 食事の時間は俺も侍女も無言であり、なんとも言えない空気が部屋の中を支配する。俺はどこか急ぐように食べ進め、食事を終えると侍女は淡々と食器を引き取り台車と共に立ち去った。


 一人になると俺はベッド近くに置いてある革製の鞄を手に取った。そして最後に部屋にある姿見で身だしなみを整え、自分の姿を確認する。

 栗色の髪と、どこか無気力な黒い瞳――鏡の向こう側にいる自分は地味で、気配だって薄いように見えた。


 鏡から目を逸らし部屋を出る。そこは紅い絨毯が敷き詰められた廊下。窓の外からは、朝日が差し込んでいる――屋敷内では、使用人や家族の声が聞こえる。その中で俺は誰とも顔を合わせず、外に出た。

 見送る人間はいないし、もしどこかで顔を合わせたとしても、必要最低限の挨拶程度ですぐに彼らは俺を視界から外すだろう……そういう立場の人間であると、自分が一番わかっている。


 早朝で、まだ人の姿もまばらな町中を歩んでいく。魔法学園は俺が暮らすこの王都内に存在する――地方領主の子息とかなら学生寮なんかがあるけど、俺は実家から通っている。見慣れた町並みに視線を巡らせながらひたすら道を進み……やがて、重厚な門構えの魔法学園へと辿り着いた。

 王都の端に建設されたそれは、フィールドワークのためにある森と隣接するように存在している。門を抜け建物に入り、広い廊下を進んで図書館へ入る……早朝、授業が始まるより前にここに来た理由は、勉強するためだ。


 鞄を置いて、いつも使っている席に座り勉強を始める。朝だから人も少なく、誰かに見咎められるようなこともない……静かで、誰にも邪魔されず集中できる。

 ひたすらペンを走らせていると、やがて授業の時間が迫る。俺はキリが良いタイミングで書物を鞄にしまい、図書館を出る。最初の授業は広い講堂で行われる魔法関係の座学。中へ入ると、既に多数の生徒がいた。


 講堂に入ってきた俺に対し、幾人かの生徒がこちらを見たが……すぐに興味をなくして首を戻す。彼らの意識から俺の存在はすぐに消えただろう。

 俺は無言で端にある席に座り、開始時刻を待つ。正直、この授業はあまり好きじゃなかった。内容そのものが嫌なのではなく、理由はもっと別にある――


 別の生徒が扉から講堂へ入ってくる。途端、その人物を呼び掛ける声が俺の耳にも入った。


「よおセオ! 調子はどうだ!」


 俺は反射的に入口を見た。そこにいたのは、複数の友人に囲まれ講堂に入ってくる人物。綺麗にとかされた栗色の髪に、柔和な笑みを伴う人を魅了する空気。そして――鏡を見ているかのような、俺とうり二つの顔立ち。

 似ているのは当然だった。多くの人に囲まれ、話し掛けられるあの人物は……双子の兄なのだから。


 とはいえ、出で立ちも周囲の様子も俺とは雲泥の差だった。セオの周囲には何もしていないのに人が集まってくる。さらに発する雰囲気も、彼が見せる笑顔も、その全てが人を惹きつける。

 一方で俺はどうか。他者からすれば同じ顔なのにどうしてこも違うのか、などと思ってしまうことだろう……そこで考えるのを止めた。比較したってどうしようもない……そう呟き、無理矢理兄を意識から外した。


 ――こんな風に日々過ごしているのは、今に始まったことではない。学園に入学する前……否、生まれた時から、その人生は決定していた。






 俺が住む国、アスディア王国は強大な力を持った魔族――その長である魔王を勇者が討った決戦の地に建国された。魔王を倒しても周囲には魔族やその配下である魔物が蔓延っていたため、それを征伐するため勇者が留まったらしいのだが……やがてそこに人々が集まり、町を成し、勇者が魔族を全て討伐しても人々は残り、勇者は王となった。それがおよそ五百年前の話になる。


 その中で俺が生まれた家――カーヴェイル家は、今から五十年ほど前に国から重用され、成り上がった家柄だ。国の歴史が古いため、王の周辺を取り巻く重臣もまた歴史が古く、カーヴェイル家は新興系ということで目の敵にされ、激しい政争を繰り返している。けれど現当主……つまり俺の父はそんな相手の妨害に反撃しつつ、着実に地位を高めている。


 その一方で、今の地位を維持するためには次代の当主もまた強くなければならない……そう望まれて生まれたのが俺と兄。兄のセオ――セオドリック=カーヴェイルと、弟のアルフ――アルフレッド=カーヴェイルの二人だ。

 そしてどちらが当主となるかは、生まれた時に決まってた。なぜなら兄のセオは抱き上げた時点でその身に強い魔力を宿していたから――魔法を扱うために必要な力である魔力。当主として強くなるには、勉強ができることは前提として身体的にも強くなければならない……結果セオは選ばれ、数多の人から祝福を受けた。


 一方で俺はどうか。兄とは正反対に、魔力をほとんど持たぬ者だった。まるで俺が持っていた才能を兄が吸い取ったように……結果、俺は腫れ物のように扱われるようになった。さすがに当主の子息であるため、家から追い出されるようなこともなかったが……才能ある兄の方にしか、人は寄ってこなかった――






 時間が訪れ、講堂に教師が入ってくる。それで話し声が消え、授業が始まる。

 俺はじっと耳を澄まし、集中し一言一句聞き逃さないようにする……ふと、横に目を向ける。遠くではあったが授業を聞く兄の姿が見え、表情は涼しげだった。


 ――父は、兄に全ての教育資源を注いだ。良い家庭教師から、優れた騎士による剣術の指導。さらには魔法についても……俺が要求しても、父は一切聞き入れなかった。それはどこか、無視しているかのようだった。母ですら、父の意向に従った……いや、絶対的な力を持つ父に逆らうことはできなかった。

 ただ小さい頃はまだマシだった。俺は兄と一緒に遊んでいたし、使用人から声を掛けられるようなこともたくさんあった。父だけは才覚がない俺に厳しかったし、構うなという意思を示していたけれど。


 今のような境遇に変わった転機は、十歳の時に起きたある出来事。その瞬間、カーヴェイル家において俺の立ち位置が決定した――


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