第一話『モンスター』
「アレ、なんだと思う?」
上空に浮かんでいる黒い球体を見上げながら、自転車の後ろに座っているそいつはそう聞いてきた。
「さあな、今はお偉いさん方の発表を待つしかない。ただまあ、俺たちパンピーにも一つだけ言えることがあるとすりゃ」
「紛れもない異常事態……ってことでしょ?」
「……だな」
本当に、あの球体はなんなんだろうな。妙な地震が起こったと思ったら、いきなり出現してるし……今んところ何もないのが逆に不気味だ。
(せめて影はあれよ。なんで影がないんだよ)
そんなことを考えながら、赤信号のため一度止まった。
「……むぅ、赤信号ストレス。ねえお兄ちゃん。赤信号なんて無視して行こーよ」
「お前自分がどれだけ馬鹿な発言してるか気づいてる?普通に道路交通法違反だからな?」
とてもクラス会長を任されている奴の発言とは思えない。
こいつの名前は清水。ヤンキーなんて言われてる俺とは違って真面目で、清楚と言う言葉が似合う超次元絶対的スーパーハイパーアルティメットミラクル可愛い俺の妹だ。
ただし、さっきみたいにたまにポンコツっぽい発言をする。
そこがまた可愛いんだけどね。
「今更じゃない?今こうやって二人乗りしてるんだし」
「……ナンノコトヤラサッパリ」
痛いところをついてくるぜ、まったく。
◇◇◇◇◇
―翌日―
正午前、具体的に言えば11時54分。俺と清水は昼ごはんの準備をしていた。
……昨日の出来事から一夜明け、もうすぐ1日が経とうとしているが、あの空の黒い球体が消えることはなかった。
「結局、なんなんだろうね。アレ」
「俺たちが考えてもどうしようもねぇだろ。ニュース見ようぜ。なんかわかるかもだし」
「えー?ニュースは朝見たばっかりじゃん。そこでも何もわからないって言ってたんだし」
「それから何か変わってるかもしれないだろ?こう言う異常事態の時は、情報収集が大事なんだぞ」
「……言われてみれば確かに」
納得する清水を横目に見ながら、俺はテレビの電源を入れた。すると、ちょうど黒い球体についてのニュースをしているところだった。
『……世界各国の専門家が調査を進めていますが、以前黒い球体の正体はわかっていません。また、黒い球体による被害は、今のところ確認されていないとのことです……』
「朝のニュースと同じ……か」
「結局何にもわかってないじゃん」
「いや、そうでもないぞ?一見無駄に見えるが、何もわかってないってことがわかったんだ」
「……何おと姉みたいなこと言ってんの?」
「いや、なんとなく言ってみたくなっただけだ」
ふーん?と清水がジト目で見てくる。なんだこいつ可愛いな。
ほっぺたをむにぃってしてみる。まるでお餅みたいにもちもちしてる。可愛いなこいつ。
「!お兄ちゃん。テレビなんか言ってるよ」
しばらくの間ムニムニさせてもらっていたら、俺の後ろにあるテレビを指差しながらそう言ってきた。
振り返ると、どうやら速報が入ったらしい。
『……たった今、国連から発表がありました。現在も上空に浮いているあの黒い球体を【アンノウン】と呼称するとのことです……』
「【アンノウン】……か」
「日本語にすると、わからない。未知って意味だね」
「ま、ずっと黒い球体って言い続けるのもあれだしな。にしても、音子が気に入りそうな名前になったな」
「そーだねー。おと姉横文字好きだもんねー」
音子……『月宮 音子』。近所に住んでいる同級生で、まあいわゆる幼馴染って奴だ。清水からは『おと姉』なんて愛称で呼ばれている。
音子はアニメやゲームなんかに詳しく、世間一般的に言うところのオタクって奴だ。そのせいか横文字……カタカナの単語が大好きで、昔なんか『私はルナパレス!音響の使徒ルナパレスとは私のこと!!』とかなんとか言ってたっけ。
前にそのことを言ったら、めっちゃ喚いてたから覚えてる。
(……あいつは、大丈夫かな。オタクだから心配する必要はないだろ。むしろ、あいつなら楽しんでそうだしな)
と、俺がそんなことを考えている時だった。
「「っ!?」」
昨日と同じような、空気が揺れるような感覚に陥った。
「これ……昨日と同じ……!」
「清水! しゃがんで壁の方に寄れ!」
「う、うん!」
俺はすぐに叫んで清水を壁際に寄らせ、俺自身もしゃがんで壁に寄った。
(昨日に続いて2回目……! しかも昨日と同じ時間に。やっぱり、アンノウンとなんか関係があるのか?)
そう考えながらしばらくしていると、やがて揺れなくなった。
「清水、大丈夫か?」
「うん、私は平気。お兄ちゃんは?」
「俺も大丈夫だ。何かが倒れた音とかもなかったし、家の中は大丈夫だと思うが……」
「……外、何か起こってるかも?」
「だな」
昨日は、地震が起こった後にアンノウンが浮かんでいた。そして今日、昨日と同じ時間に起きた地震……無関係と捉える方が不自然だ。
となると、何かしらが外で起きている可能性がある……
「……行くか?」
「でも、非常事態宣言が出てるんだよ?」
「とか言いつつ、ジリジリと玄関に向かってるのバレてますよ?清水さん?」
「てへ、バレちゃってたかー。でも、気になるのはお兄ちゃんもでしょ?」
「……ノーコメント」
「それじゃ、外に行こっか!」
「レッツゴー!」
似たもの同士な兄妹なのであった。
◇◇◇◇◇
そうして外に出た俺は、真っ先に空を見上げた。
昨日は空には異常が発生していたので、今日もそうなのだと思ったが……
「……変わってないな」
空には変わらずアンノウンが浮かんでいた。
「なあ清水。お前はアレがなんか変わったと思うか?」
俺は上を向いたまま、横にいる清水にそう問いかけた。
だが、いつまで経っても清水から返事がなかったので、俺は不思議に思って隣に視線をやった。
「ん?どうしたんだ?なんか見つけたか?」
俺がそう聞くと、清水は視線を動かさないまま前方に指を差して、呟く。
「お兄ちゃん……あれ、見て」
「あれ……?それっていったい……」
どれのことだ?という言葉が出かかったが、それをいうよりも先に俺はそれを見つけ、目を見開いてしまった。
「…………まじ?」
そうしてほぼ無意識に、そう呟いてしまった。
だって、だって、だって……
今、俺たちの目の前にいるのは……
水色の体で、ゼリーのようにプルプルとした体で、目の前でただ跳ねているそいつは……
どう見ても、この世界にいるはずのない……
―――"スライム"だったからだ。
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