幼馴染が男を家に連れ込んでた翌日に幼馴染から告白されたんだが?
【起】
夢を見ていた。
「大きくなったら結婚しようね!」
「うん、約束! 絶対だよ!」
あれはもう10年は昔の記憶。
フィクションの中ではよくあるような話だ。
もちろん、今となってはどちらが言い出した話なのか思い出すことすらかなわないけど、大切な思い出で、約束だ。
小さくて、幼くて何もわかっていなかった頃の。いつまでも何も変わらずにいられるのだと信じていたあの頃の大切な……。
「はぁ……腹減った」
窓から差し込む夕日に照らされて目をしぱしぱさせながら目覚めると、空腹を感じていることに気づいた。
今から何か作るというのもめんどくさい。仕方ない、コンビニにでも行くか。
先ほど見ていた夢を振り払うように頭を振ってから財布を持ち玄関を出ると、隣の家から楽しそうな話声が聞こえてきた。
「だよねぇ~」
「……で~だから~」
ふと声のほうを見ると、そこで2人の男女が楽しそうに談笑しながら同じ家に入っていく姿が見えた。
先ほど夢に出てきた俺の幼馴染と、見知らぬ金髪の男が同じ家にしかも腕を組みながら入っていくのが見えた。
俺の気づかないうちに住人が入れ替わっているなんてことがなければ、隣の家は幼馴染の結衣の家だったはずだが。
なんで男と仲良さそうに……?
「ゆ、結衣……?」
二人は俺の呟きには気づかなかったのかそのままドアを閉め、家の中へと入って行ってしまった。
あまりに予想していなかった事態に、俺はそれをただ見送ることしかできなかった。
だって。
ほんの昨日まで普通に仲の良かった幼馴染。結婚の約束をした。見た目が良くて。家事が得意で。明るく品行方正なアニメや漫画に出てくるような理想そのものの幼馴染が_____男を連れ込んでいた。
それも金髪のチャラそうな、いかにも女遊び上級者ですみたいな顔をした男を……。
「……チッ」
自分の中で耐えようのない理不尽な怒りと同時に、妙に冷静になっていく感覚を覚える。
日頃、自分に好意を向けてくれていた幼馴染がチャラ男を家に連れ込んでそこで何をしようが、厳密にいえば全く関係はないし、それに対して俺が口をはさむ権利なんてないことはわかっている。
俺はあくまで幼馴染でしかなく、結衣と付き合っているわけではない。
今までだって積極的に好意を伝えてきたかと聞かれれば疑問が残る。努力が足りなかったと言われればそれまでだ。
だから、俺にその行為を追及する権利はない。
それはわかっているつもりだ。ただ……この何とも言えないもやもやを言葉にすることができない。
俺は先ほどの空腹を忘れ、フラフラと自宅に舞い戻りながら昨日までの結衣との思い出の数々をリフレインさせながらベッドに寝転がった。
「アイツは……」
誰なんだろうか? 結衣との関係は? ただの友人なんてことはないだろうか……いや、ただの友人が腕を組んで家に入ってくだろうか?
思い返してみると、結衣は女友達は多いものの、男の友人はほとんどいない。
あえて避けているような節すらあった。それなのにどこで知り合ったんだ?
幼馴染の俺にも気づかれないうちに?
いくら考えてみても仕方ない。
これはきっとくだらない感傷だ。
自分で逃がさないための、誰かに奪わないための努力を怠っておきながら、結衣を責めるのは酷じゃないかと、そう思う反面。
結婚の約束をしたじゃないかと、十年以上前の思い出を盾に被害者ぶった考えが沸き上がる。
それに俺の隣にずっといると言ってくれていたのに……どうして?
結局、どうしても先ほどの金髪の男の姿が忘れられず、結衣と何をやっているんだろうと、キスや、あるいはその先までしているんじゃないだろうかと、そんな妄想が浮かんでは消え、頭がおかしくなりそうになる。
そうか、これがNTR。脳破壊ってやつか……何かの動画で見たときには笑い話くらいに思っていたというのに、まさか自分自身がその経験者になろうとはね。
「ハハハ……」
口からは乾いた笑いだけが漏れ、考えれば考えるほど、頭がおかしくなりそうになる。
それに、今まであれほどまでに輝いていたはずの結衣との思い出が色あせ、どろどろと黒く濁りだすのを感じた。この廃油と生ごみを混ぜ込んだように腐敗した感情を自分の中でどう処理したらよいかわからず、ぐるぐると思いを巡らせているうちにいつの間にか朝日が昇っていた。
________________________________________________________________________________
「_____こうくん! 聞いてる?」
その声を聴いてハッとする。
「……あ、ああ、聞いてるぞ」
「なんかこうくん今日変だよ? 目の下にクマはあるしなんかずっと上の空だし!」
「ッ……!」
いったい誰のせいだと思ってるんだ! なんて怒鳴り散らしそうになるのを、奥歯が割れそうなくらい噛みしめて、すんでのところでこらえる。
隣の結衣はきっとあの後、そのかわいらしい笑顔で、そのしなやかな指で、プルプルとしたみずみずしい唇であの男に触れたんだろうか、愛をささやいたんだろうか。そう思うと、隣にいる幼馴染がひどくに汚らわしいものに感じられてしまう。
そして、そんな風に思ってしまう自分自身にも言葉にできない不快感を覚えた。
「こうくん……?」
「あ、いや、なんでもない、さっさと学校に行くぞ」
はぁ……あろうことか、結衣は家に違う男を連れ込んだ次の日に当たり前のように俺と登校しようと、家の前で待機していた。
一緒に登校すること自体はいつものことといえばいつものことなのだが、昨日の光景を見てしまうと、何のために俺と一緒に? 昨日のアイツと一緒に登校すればいいのに、なんでだ? なんて疑問が首をもたげる。
俺にはもう、こいつが何を考えているのかわからない。
今までもああやって男を連れ込んでいたのか? 学校でも優等生ぶっておきながら?
いや……考えるな。
これ以上考えると、俺はもう結衣を幼馴染として見ることができなくなる。笑えなくなる。隣にいたくなくなる。
だから、考えるな。
「だからね、こうくん! 今日の放課後、屋上に来てほしいの!」
「は?」
「だから、大事な話があるから屋上に来てね! 絶対だよ!」
恋する少女みたいなはにかんだ表情で、耳まで真っ赤にしながら結衣はそう言った。
本当に何を考えてるんだこいつは。
「あ、ああ、わかった」
俺の答えを聞くとその答えに満足したのか、満面の笑みで結衣は走り去っていった。
俺は一つ大きなため息を吐きながら結衣の後をのろのろとついていくのだった。
___________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________
「で、あるからして~」
授業を上の空で受けながら俺はただただ、自分の想像が間違っていることだけを願う。
そう、その大事な話とやらが結衣に「彼氏ができた」なんて告白でないことだけを……。
________________________________________________________________________________________________
【承】
ぐだぐだと結衣とあの男のことを考えていたら、ついに放課後になってしまった。
何の部活動にも所属していない俺は、いつもだったらいの一番に帰宅を決め込むところなのだが。
今日は先約があるしなぁ。
仮に俺が結衣の話を無視して帰ろうものなら平気で次の日の朝まで屋上で待ってそうだ。曲がりなりにも10年以上幼馴染としてかかわってきたからこそ、なんとなくわかる。結衣はそういうやつだ。
はぁ……屋上、行くか。
「でも、行きたくねぇえええええ」
頭をガシガシかき乱しながらあたりを見回すと、既に教室にはまばらにしか人は残ってなくて、結衣の姿もなかった。
きっと先に屋上で待っているんだろうな。
これも幼馴染の勘だ。
また一つため息をつきながら廊下に出ると、一人の女の子が教室をのぞき込もうとしているのを見つける。
あれは……ふむ、ちょっと絡んでくか。
「へいへい彼女! 君めっちゃ可愛いじゃん。よかったら俺とお茶でもしない?」
「あわわわわ、わ、私用事あって…………って、あ、お兄さんじゃないですか。もう、びっくりさせないでくださいよ」
目の前の少女はぷんぷんとほおを膨らませて怒ってみるが、ただただかわいいだけだった。
あと胸がでかい。
「すまんすまん。凜がこんなところにいるなんて珍しいからつい」
「もう、自分で言うのもあれですけど、私かなりの人見知りなんですから、勘弁してくださいよ~」
「んで、そんな人見知りな凜は何でこんなとこに? 一個下の凜がくるには上級生の教室はハードル高いでしょ」
「はい、実はお姉ちゃんに買い物を頼まれてたんですけど、買い物のメモをもらうのを忘れちゃったので貰いに来たんですけど」
「……結衣に?」
凜は幼馴染の結衣の妹で年齢は1個下。
清楚な黒髪ロングで結衣同様美少女だ。あと胸がでかい。
「お姉ちゃんってどこにいるか知ってますか?」
「ああ、結衣なら屋上にいると思うが……」
「屋上……?」
「内容はわからないが、俺も屋上に呼ばれてんだ。よかったら一緒に行く?」
正直なところ、彼氏ができた報告だった場合、行く道中凛と話して気を紛らわせたいまである。
そしてあわよくば帰り道に傷心をいやす慰め要員として同行してほしいのだが……。
「……いえ、たぶん私は邪魔になると思うので、先に帰ってますね」
「そう? 買い物のメモは大丈夫なの?」
「ええ、まあそんなに急ぎのものではないので、お姉ちゃんが帰ってきてから改めてもらうことにします」
「そう、か」
残念だが、意志は固いようなので仕方ない。
「それに、どちらにせよ____でしょうしね」
最後のほうは放課後の喧騒に紛れて何を言っているのか聞き取ることができなかった。
「ん?」
「あ、いえ、お兄さんは私のおっぱいを見過ぎって話です! 女の子はそういうの気づくものなんですからね!」
「お、おう、なんかすまん……ってそんな照れるなら言わなければいいのに」
「う、うううううるさいです。いいから早く屋上に行ってください! 女の子を待たせる男はモテませんよ!」
「あ、はい……って廊下は走るなよぉ~ってもう聞こえてないか」
凜は言いたいことだけ言うと、顔を真っ赤にしながら走り去ってしまった。
やはり姉妹というか、なんというか社交的な結衣とは違って内向的で清楚の塊みたいな凜だけど、二人とも恥ずかしがるとすぐ赤面する顔は本当にそっくりだな、なんてのんきに思う。
まあ、この後の屋上の話し合いの結果次第では結衣との関係性も変わってしまうんだろうが、果たしてどうなることやら。
気乗りしないまでも、このまま放置するわけにもいかないので、牛歩戦術でのんびりのんびり階段を上っていく。
放課後で日も傾いてきているためか、階を上がるごとに人影も少なくなっていき、静けさの中、遠くの運動部の喧騒だけが校舎を飾り立てていた。
そしてその時はきた。
意を決して屋上のドアを開けるとそこには。
「……待ってたよ、こう君」
「結衣」
神妙な顔つきで幼馴染が、結衣が待っていた。
一人で。
とりあえず「彼氏ができました」という報告説はなくなったか?
いや、まだ後ろから「ドッキリ大成功」の看板をもってチャラ男が出てくる可能性はある。気を抜くんじゃねぇ、気を抜いたら死ぬぞ(メンタルが)。
「えっと、何から話せばいいのかな」
「いや、何を照れてるんだお前……」
こっちは内心戦々恐々としてるってのに。
「だ、だってぇ」
「いいから。なんとなく想像はつくから、隠さず話してくれ」
「えっ!? そ、そっか、こう君にはお見通しだったんだ……恥ずかしいなぁ、えへへ」
うん、かわいい。
なんて……昔の俺なら思ってたんだろうが、NTRを乗り越えた俺は違う!(乗り越えてません)
これから脳破壊からの脳破壊のコンボが来るのは目に見えている。隙を見せるな!
「じゃあ言うよ。こう君!」
「お、おう、来るなら来いッ!」プルプル
「好きな人ができました」か? 「彼氏ができたの!」か? それとも「実は私男遊びが趣味なの」か? 覚悟はいいか? 俺はできてる!!
「ずっと前からこう君のことが好きでした! お付き合いしてちゅーとか子作りとかしたいでしゅ!……あ、嚙んじゃった」
「……………………………………………………はい?」
なんて?
「もうお見通しかもしれないけど、幼稚園の時からずっと好きだったの!」
おい待て、やめろ。
「きょ、今日とかよかったらこの後私の家に……」
それは_____
「ちげぇだろ」
結衣が狼狽える。
「え……こ、こうくん?」
「付き合う? ずっと前から好きだった? 幼稚園の時からずっと?……なぁ、ちげぇだろ」
「え、なんで、怒ってるの?」
本気で訳が分からないような顔で驚く結衣。
バレてないとでも思ったのか? 都合よく、男を連れ込んでおきながら翌日には俺に告白? あんなに仲良さそうに腕を組みながら?
それは……ちげぇだろ。
「結衣、昨日……お前どこにいた」
「え、ショッピングモールに服を買いにいって、夕方ごろに……ってもしかして!?」
「俺な、たまたま夕飯買いに行こうと思ったらさ、結衣が家に入ってく姿が見えたんだよ、金髪の男と腕を組んで楽しそうにしてるところがさ」
「そ、それ……は」
「それは? 説明してくれるんだよな? 幼稚園のころから好きだった俺に告白する前日に家に男を連れ込んでいた理由をさ」
「あ……その、えっと」
「……」
結衣は顔を真っ青にしてうろたえる。かわいそうなくらいに震えて、あたふたして、おびえたような顔をしている。
でも、たぶん今更どんな返答をしたところで結果は変わらないだろう。
その態度ですべてわかった。真正面から否定できないってことは……そういうこと、なんだな?
そっか、残念だ。
そんなもんだったんだな。……お前は。
「ごめん、なさい」
「はぁ……もういいよ」
「ま、待って、ください。話を聞いて、ください」
コンクリートむき出しの屋上で結衣は勢いよく土下座をして泣き出す。
だが、それでも否定はしない。
「なぁ、そんなに泣いて、土下座までして……なんで否定しないんだ? 昨日のあれは見間違いだって! アイツはただの友達だって! そういえば、俺は……結衣のこと、信じてたかもしれないのに! 騙されてやってもよかったのに!」
たとえそれが明らかに嘘だとわかっていても、裏切っているかもしれなくても、それでもすべてに目をつぶって騙されてあげるぐらいの情は俺にだってあった。
それくらい俺にとって。いや、俺たちにとって10年以上を一緒に過ごしてきた時というのは大きかったから。
だから、俺の感情としては全くよくなんかないけど、もし仮に結衣が違う男を選ぶならそれでも、結衣が幸せになれるならいつかは笑って祝福できたかもしれないのに。
それくらいの覚悟はしてこの場に来たってのに。
どうして。
「なあ、どうしてッッ! なんでなんでだよッ!!」
「う、嘘は、つきたくないので」
………………は?
「それは……ああそうか。なら説明してくれ、アイツは一体どこのだれで、どんな関係で、昨日何をしていたのか全部」
「…………それは、でき、ないの……昨日のことは、何も、説明でない」
ナニヲイッテルンダコイツハ?
「で、でも、何も説明できないし、う、嘘はつけないけど、私がこう君を好きなのは本当! 本気なの! 嘘じゃないの、それだけは信じて!!」
「俺は何を……お前の何を信じればいいんだよ! 男を家に連れ込んでんのに説明はできねぇ! 嘘はつきたくねぇ! でも俺を好きなのは本当?! 何が本当なのかわからないこの状況で?! 無茶いうなよッ!!」
「私は……こう君のことが好きです。本当に本気で、あなたのことしか見ていません。私には……こう君しか、いないのぉ」
「だったらどうしてッ……!!」
結衣はそのまま嗚咽を漏らし、土下座したまま動かなくなってしまった。
なぁ、俺は……どうしたらいい?
「……くそっ」
「ぐすっぐすっ」
わからねぇ。もう自分が自分でわからねぇ。どうしたらいいのか、どうしたいのか。
感情が、考えがぐちゃぐちゃで……ふと気づくと、頬には涙が伝っていた。
もう訳が分からなくなって俺は結衣を置いて逃げ出すように屋上を飛び出し、全力疾走で帰宅し家のベッドに寝転んだ。
______その間も涙が止まることはついぞなかった。
_______________________________________________________________________________________________________________________
【転】
「お兄さん。お姉ちゃん……来てませんか?」
「え……」
翌朝、まだ日も登りきらないような時間に凜が俺の家のインターホンを鳴らした。
そして、昨日の夜から結衣が家に帰っていないこと告げられた。
「なんで……クソッ!」
「お兄さん!?」
後ろから凜が呼ぶ声が聞こえたが、無視して走り出した。
感情はいまだぐちゃぐちゃ、昨日だって今日だってまともに寝られてもいない。
何をしたいのか、どうするべきかなんてことはいまだに何一つわかってない。
結衣を探して、結衣に会って、なんて声をかけてやるつもりなのか……何も思いつかない。
それでも俺は迷いなく凜の言葉を聞いてすぐ、学校の屋上に向かった。
昨日から……あのままあの屋上でうずくまっているんだろうか。
たしかに結衣の性格上あり得ないことじゃない。
でも、あわよくば……あわよくばあの金髪の男の家にでも上がり込んでいてくれれば、それが一番ありがたい。
そうすれば俺は……結衣に負い目を感じる必要がなくなる。
心置きなく恨むことができる。
だからどうか_____。
「____結衣ッ!!」
早朝だったからか、校内でも幾人かとはすれ違ったがそこに結衣の姿を見たものはいなかった。
そして、一縷の望みをかけて屋上のドアを開けるも……そこにもまた、結衣の姿はなかった。
「結衣……あいつ、どこに行ったんだ?」
「お、にい、さん」
息を切らせながら凜が後ろの階段を上がってきた。
「凜……」
「はぁ……はぁ……お姉ちゃん、昨日の夜から帰ってこないし、はぁ、電話も出ないし、LIN〇も既読にもならないんです」
「まじかよ」
もしかして、あの後からずっと?
でもなんで……いや、そんなことはどうでもいい。
いくら治安のいい日本。ここがど田舎で事件の発生率自体は少ないとはいえ、失踪や誘拐、殺人だって定期的には起こっている。
ましてや、結衣は見てくれだけなら十分すぎるくらいに整ってる。
何か事件に巻き込まれたとしても、何ら不思議はない。
遠くで救急車のサイレンの音が聞こえる。
俺が昨日結衣を放置して帰ったから?
「俺の……せい、なのか?」
「お兄さん? 何か知っているんですか?」
「……ああ」
知ってるどころか、たぶん俺が原因だ。
そうだ、スマホ!
妹の凛はダメでも、俺からの連絡なら、あるいは!
慌てて俺もLI〇Eを送ってみるも既読にもならない。
電話ももちろんでない。
どうする?
「……そういえば昨日、屋上でお姉ちゃんに呼び出されているって言っていましたよね。一体何があったんですか?」
「それは___」
「説明、してくれますね?」
「ああ、実は______」
屋上に朝の生ぬるい風が吹く中、昨日のこと、そしてその元凶になった一昨日の男のことを含め、昨日起こったことのありのまま全て凜に説明した。
遠くでこだまする救急車のサイレンの音がどうか無関係でありますようにと願いながら……。
【結】
走った……生まれてこの方、こんなに走ったことはないって位には走った。
そして探す。
幼馴染の姿を。
「きっといるとしたらあそこしかない」
そして考える……これが終わったら、きっぱり幼馴染という関係は終わりにしようと。
例え他の誰が許したとしても、やはり俺は許せないんだ。
これもただの感傷。
俺の感情の問題。
だから、例えこれがどんな結末を迎えたとしても、きっと元の幼馴染の関係には戻れないだろう。
そんなはっきりとした感覚が俺の中にはあった。
これもまた……幼馴染の勘なのかもしれない。
「……結衣」
「こ、こう君……?」
結衣は居た。
山奥の小さなトタン屋根の家に。
「なぁ、覚えてるか? 昔よくこの小屋でよくわからない雑草を薬草に見立てて、そこら辺の木の棒を勇者の剣にして、遊んだよな」
まだ小学生も低学年の頃の話だ。
「親のランタン持ち込んで、ここで一晩明かしたこともあったっけな」
これは中学生のころだったか?
さながらこの寂れた小屋は俺たちの秘密基地だった。
インドア派の凜は家に引きこもっていることが多かったのでこの場所はしらない。
俺と、結衣だけの秘密基地だった。
だから、もし結衣がいるとしたらここしかないと思ったが、当たっていて少しだけ内心ほっとしている。
やはり、昔と結衣は変わっていないんだなと。
「あはは……こう君が優しい。これ、きっと幻覚だぁ」
「幻覚なんかじゃねぇよ……俺は」
「こう君はッ!! 私に優しくするわけがない!! こう君は嘘が嫌い! 末期がんで亡くなったこう君のお母さんがきっと治るって嘘をついたから!!」
「……ああ、そうだな」
今思えば、あれは母さんが俺を気遣ってついた嘘だってこともわかる。
でも、俺は嘘が嫌いだ。
母さんが「本当は死にたくないって」泣いてたことも知ってる。俺の結婚相手が見たかったって悲しそうな顔をしてたことも知ってる。
そんな母さんが「こんな嘘をついて、恨まれちゃうかもね」なんて後悔してたことを知ってる。
だから……嘘は嫌いだ。
「こう君に隠し事をした私のことも! 嫌いなんだ!!」
「嫌いなんかじゃねぇよ!」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」
「嘘じゃねぇって言ってんだろ!! 俺は嘘が大嫌いなんだからよッ!!」
だから、嘘じゃない。
結衣のことを嫌いになったなんてことはない。それは本当だ。
「だから……それを俺に渡してくれ」
「いやだ!!」
「頼む……その鉈を、俺に渡してくれ。お願いだ」
結衣は鈍い鼠色の刃渡り20㎝はありそうな大きな鉈を持っていた。
薪が真っ二つになりそうな、鋭利なやつを。
ここは山小屋だ……鉈の一つや二つ落ちてても不思議はないだろうな。
「なら、こう君が私を殺してくれるの?」
「……なんで」
「私はね、こう君に嫌われちゃったの。生きている意味がないの。でも、アレは説明はできないの……絶対に」
「ああ分かってる。だから___」
「___ころして?」
「ッッ!!?」
結衣の手首には深く刻まれた傷跡が幾本もあり、少なくない血の量が流れ出ている。
今すぐ命にかかわるほどではないだろうが……それなりに傷は深い。早めに治療しなければ万が一ということもあるかもしれない。
クソッ俺がのんきにくだらないことに悩んでる間に、のうのうと眠りこけてる間に……こんなにも俺は結衣を追い詰めてしまったのか。
なんなら、今生きていることが奇跡なくらいだ。
一歩間違えていたら、もし結衣がその鉈で首を切っていたら……今頃は。
嫌な想像に身震いする。
「手首じゃダメだったの……だから首を落として。こう君に殺してもらえるなら、それが幻覚でも何でもいいや」
「ごめん」
「こう君?」
「ごめんな……俺が全部悪かった」
「なんで謝ってるの? こう君はね、何も悪くないの。全部私が悪いんだよ?」
いや、結衣は悪くなんてなかった。
今回の件は全て、全て俺が悪かった。
「……凜から全部聞いたよ」
「え……?」
「あの金髪の男、凜が男装した姿だったんだってな」
屋上で事の顛末を話した時、凜から聞いた。
凜は引っ込み思案なところがあって、小学生の頃にいじめにあっていたことがある。
そのことから、俺や結衣以外の他人とかかわることを避け、アニメや漫画の……創作の世界にのめりこんだ。
最初はアニメを見たり、絵をかいたりするだけで満足していたらしいが、そのうちに自分自身がアニメキャラになりたいという願望が生まれた。
そしてコスプレを始めたんだ。
コスプレを始めたはいいが、姉である結衣以外には恥ずかしいので絶対に隠してほしいとお願いしていた。
そして、たまたまコスプレのイベント帰りに家に入っていく姿を俺は見つけてしまった。
「……俺が嘘が嫌いだから、適当なことを言って誤魔化すことはできなかった。かと言って妹がコスプレをしていることは言えなかった、凜との約束も破りたくなかった。そんな結衣を……俺は責め立てた」
「……」
不器用かもしれない。嘘が嫌いな俺のために、嘘は言えない。かと言って妹のために秘密をばらすことはできない。
あるいは、性格の悪い人間なら、好きな人に嫌われるくらいなら、死ぬくらいなら、妹の秘密なんてばらしてしまえと、嘘をつけというかもしれない。
それでも、まっすぐに本当のことだけを言った。
妹の秘密も隠し通した。
そんな不器用で、まっすぐな結衣が好きだったんじゃないのか……俺は!!?
「だから結衣は……何も悪くなんかないんだ。全部俺が悪かったんだ。勝手に嫉妬して、説明されないことに切れて、話を聞かないで逃げて。全部俺が悪かった。きっと、もっといい方法があったはずなんだ。本当に、本当にごめんなさい」
頭を地面に擦り付ける。
額が割れ、血が噴き出すが、知ったことか。
「何があっても、信じるべきだった……だって俺たちは幼馴染なんだから!!」
なんて薄っぺらい言葉だろうか。
その大切な幼馴染をここまで追い詰めて、傷つけて、何が……!?
いや、違う。
反省会は後でしろッ!! 今は結衣のことだけ考えろ。
「こう君血が……」
「許してもらえるとは思ってない。いまさら取り返しがつくとも……」
だから、落とし前をつけなくちゃいけない。
俺が何かしら身を切らなくちゃ、この話は終われない。
例え結衣が俺のことを許したとしても、俺は俺が許せない。
「だから……都合のいい考えだとも思うが_____どうか、腕一本で納めてくれないか?」
「え……腕一本? 何を言ってるの?」
「最初に言ったとおりだ。鉈を渡してくれ」
「い、いや! こう君何をするつもりなの!?」
結衣の腕の傷は深い。命にかかわるようなレベルではないだろうが、一生残るレベルの傷だろう。
結衣が彼氏を作ったり、結婚を考えたり、あるいは子供を作ったときに、その傷はきっと重荷になる。
その傷を見たとき、必ず心無い言葉を言う人間が現れる時が来る。
「嫁入り前の大事な体に傷をつけたんだ。男の腕一本程度じゃ足りないかもしれないが……ここで俺の腕を落とす。それで文字通り、落とし前ってことにしてくれないか」
「なにいってるの? 私は、そんなこと望んでない! こう君が傷つくところなんて見たくない!! 全然そんなの嬉しくない!」
「俺には……こんなことしか考えつかなかった。ごめんな……最後の最後まで結衣を泣かせてばかりだったな」
「最後……何を言って?」
「そりゃこんだけのことをしたんだ。もう結衣の横には……いや、目の届くところにはいられないだろ」
少なくとも、今回の事件は結衣の両親の知るところになるし、俺の父さんも俺たち二人を引き離そうとするだろう。
例え俺がこの後何をどうしようが、それは避けられまい。
それくらい、結衣の心と体に傷をつけてしまった。……それが直接的でなかったにしても。
「こう君のどあほっ!!」
「どあッ!?」
びっくりして頭を上げようとするが、上から結衣に押さえつけられていて動けない。
「何してっ」
「こう君が難しいこと考えてるのはわかってる! それが正しいんだろうってことも! でも、私はこう君を逃がさないよ」
「は?」
「私、手首に傷できちゃったし、これこう君のせいだし、こう君に怒鳴られてショック受けちゃったし」
「だから、それは____」
「でも、こう君が傷つくのはうれしくないの」
嬉しいとか嬉しくないとかそんな話じゃないと思うんだが。
「だから、こう君が今回のことを本当に後悔してるなら、悪いと思っているなら……私と婚約して!!」
「…………はいぃ?」
何でそうなった。
「こう君は私がけがしたこととかショックを受けたことに対して負い目がある」
「ああ、まあな」
「だから私にばいしょーをするべきだと思うの」
ばいしょー? 賠償!?
「だからこう君の人生を頂戴! そのかわりこう君は私の体を好きにしていいから」
「いや、それじゃどう考えても俺に……」
得しかないだろう。皆まではいわないが。
「ええ~ダメならいいけど~。この傷のせいで一生独り身になって子供も作れず一人さみしく生きていくんだ~。あ~あ、こう君は私のことなんか気にせず好きに生きていけるのになぁ~」
「分かった!! 分かったよ。好きにしてくれ……俺の全部は結衣のもんだ。もう、好きにしてくれ」
この調子じゃ多分結衣は折れない。
まったく、変なところで頑固なんだから……いや、それは俺も一緒か。
変なところで似たもの同士ってことか。
「あ、そうだ。こうくん今匂い嗅ぐの禁止ね。私昨日お風呂入ってないんだから」
「そんなこと言ったら、俺だってこんな暑い中全力疾走してきて汗だくだよ」
「ふんふん……確かにかぐわしい芳醇な汗の香りが」
「いや、そっちこそ嗅ぐなよっ」
「こう君はもう私のものなので自由にさせてもらいますぅ~」
くそがよっ!!
この幼馴染様がッ!!
「あ……というか、そんなに密着してるといろいろ当たってるんだが……」
土下座してる俺を結衣が上から押さえつけた状態のままだからな。
「えへへ……今から子作りしちゃう?」
「しねぇわっ!」
俺の叫び声を聞きつけて、救急隊の人が飛び込んできたのはほんの少し後の話。
今回のもろもろの事件は、幼馴染同士の痴話げんか、結衣の腕の傷は山に入ってイノシシに襲われた。ということで一応の決着はついた。
というかそういう事になったらしい。
救急隊の人や警察の方は納得がいっていなそうな感じだったが、当の本人の結衣がそう言い張る以上、これ以上話を大きくすることができなかったらしい。
ぶっちゃけ青春の一コマとしては、波乱万丈というか、めちゃくちゃ冷や冷やさせられた感もあったが、何とか一件落着。
今回の件で結衣と今まで以上に仲良くなれたことはよかったのだが、婚約話はガチで進められるし、結衣の部屋のアルバムから俺の盗撮写真が出てきたり、料理には血とか髪を入れるのがトレンドになってたりと、いろいろ手を焼かされてはいるが、今後はこんなことがないように気を付けて見守っていこうと思う。
それが俺の責任の取り方……ということにしておく。
【完】
あとがき
幼馴染の結衣ちゃんと主人公のこう君はどちらも視野が狭く、判断が極端で間違っていることもありますが、まだまだ高校生なのでそこらへんは若気の至りってことでここはひとつ……。
なお、結衣ですが、もちろん事の顛末を知っている凜からめちゃくちゃ怒られたし、こう君も結衣たちのご両親から「うちの娘を絶対に引き取ってくれ」との圧をいただく結果となりましたが、一応は一件落着という感じです。
結果からみると、ヤンデレ幼馴染が妹のコスプレ趣味に付き合っていたら、大好きな幼馴染から勘違いされてひと悶着あったといった感じですかね。
今後も定期的に息抜きがてら短編を書いていく所存なのでどうぞよろしく~。