小さなジャンヌダルクの凱旋
いらっしゃいませこんにちは。
綺羅めくるの勇姿をとくとご覧あれ。
何枚もの壁を隔てているのに、地響きのように届く歓声。
エアコンが吐き出す冷気にも勝る異様な熱気に、噴き出した額の汗が鼻の頭を伝う。それを拭おうとした手もまた、紙くらいなら破れそうなほど汗が滲んでいる。
「ねぇももこ、本当にいいの?」
「くどいわよ」
あたしらしくない。
すぐ向こうにはステージがあって、見慣れた景色が広がっている。でもあたしが毎日のようにそこに立っていたのはもう昔の話だ。今ではすっかりご無沙汰になった舞台裏のこの感覚。視線が何度も時計に向いてしまい、その度に内側からノックされているみたいに鼓動が早まる。
棚ぼたの滑り込み。収容人数も決して多くはなく、他の会場に比べれば出演者もかなりニッチ。そもそもあたし目当ての観客がいるかどうかもわからない。いや、たぶんいない。なんせ新曲を出したのはつい最近で、しかも数年ぶりという始末。とても期待できる実績ではない。
不安でいられる要素はいくらでもある。しかしそんな不安さえ動力に変えてステージに立てるのが綺羅めくるだった。それだけの努力と実績を積んできたはずだった。だけど……
「……もう後戻りできないでしょ」
長すぎた空白は、そういう自信さえまっさらに塗り潰してしまう。何も知らないまま初めてステージに放り出されていたあの頃の方がまだ言い訳できる。今のあたしにあるのは、風化してぺらぺらになった過去の栄光と、辛うじて紡いできた経験だけ。
だからこそ――ミオタの言葉が、深呼吸に合わせて閉じた瞼の裏に浮かび上がる。
そう。あたしはプロだ。観客の前では事情も仔細も関係ない。綺羅めくるという一人の偶像、一人の出演者がいるだけ。
……なんて言い聞かせないといけないくらい、やっぱり緊張してる。
本当、あたしらしくない。
「そうだね」
「――綺羅めくるさん、準備お願いします!」
開いた扉の向こうから、スタッフの声が掻き消えるほどの歓声と熱気。
頬を叩き、立ち上がる。
今のあたしにできるすべてをただステージにぶつける。そのためにやるべきことをやる。あたしが命を懸けてやっている仕事とは、そういうものなのだ。
◇
「潤ちゃん、そろそろ始めるわよ」
「あ、はい」
歓声と重低音が漏れるスマホを置いて、エプロンを着けてレジの前に立つ。
奥では店長が、そんなのどこから持ってきたんだというくらいどでかい鉄板で、しこたまハンバーグを焼いている。ちなみにレインダンスも今日は臨時休業だ。この祭りのどこにそこまでモチベーションを掻き立てられる要素があるのだろう。
僕は道行く人々を眺めながら開店の準備を進める。レジの現金を確認し、ドリンクと氷の量を確認し、スマホを確認する。カラトリーを用意し、手作りのメニュー表を貼り出し、スマホを確認する。必要なところを消毒し、装飾の手直しをし、スマホを――
「そんなに気になる?」
「……はい、すみません」
手元は忙しなくても、僕を見る店長の目はいつものように優しい。ああ、こんなバイトでごめんなさい。
「まあ……あのメテオシャワーフェスに出るんだし、そりゃ気になっちゃうわよね」
店長の苦笑が、僕の胸中に冷たい風を吹かせた。
Meteor Shower Fes.――メテオシャワーフェスとは、毎年北海道で開催される規模の大きな音楽フェスだ。出演者が規模に見合わないくらい豪華というのが売りで、音楽チャート上位常連のロックバンドから新進気鋭のアイドルまで、波に乗っているアーティストをこれでもかと詰め込んだ夢のようなイベント……らしく、夏の北海道という好条件なロケーションも後押ししてかなり人気は高い。主催者の意向で限定されたキャパシティでしか開催しないため、現地チケットの倍率の高さが毎年ニュースになる。
とはいえ、正直このフェス自体に興味があるわけではない。なのにライブ配信チケットまで買って、仕事もそこそこにスマホで観てしまう理由はただひとつ。ももこさんが出演するから。
出演者の一組が辞退したおかげで急遽オファーがあったらしい。流石復活の大人気アイドルだ。是非チャンスを活かしてほしいと思う。
だから、この祭りにももこさんは来ない。
この屋台にも寄らないし、ましてやステージにも上がらない。二週間前にここに来てくれた後すぐにオファーがあったと聞いて以降、ももこさんからも新田さんからも連絡は何も来ていないし、レインダンスにも来ていない。メテオシャワーフェスのタイムテーブルには現に『綺羅めくる』の名がある。
まあ、そういうもんだよな。そう、そういうもの。綺羅めくるはかつて一世を風靡したアイドルで、再ブレイク中で、ただレインダンスというカフェが行きつけなだけのすごい人。
「ももこって何番目なの?」
「あ、えっと……たぶんそろそろだと思います」
「意外とすぐなのね。流しておいていいわよ」
「えっ」
振り向くとまた店長が笑っていた。
「いいんですか?」
「今日だけは特別よ」
店長はバチン、とウインクをして何かを取りに裏へ行ってしまった。
レジ横の目立たない場所にスマホを置く。ちょうど一つ前のアーティストが舞台袖に下がったところのようだ。もう昼前で、三つあるうちの最も小さな会場にも関わらず、冷めやらない熱気が音に乗って伝わってくる。
アーケードには少しずつ人が増えてきた。昼に向けて他の屋台にも本格的に火が入り始める。中央のステージでは大学のダンスサークルの出番らしく、ポップなBGMが商店街に反響する。屋根をすり抜ける日差しがアーケード全体を照らして、いつもの薄暗く野暮ったい面影などどこにもない。文化祭のようで胸が踊る自分がいる。別の世界に来たみたいだ。
別の世界、だけど僕の知っている世界。何も身構えることなく溶け込める世界。どこにでもありそうな、しかし非日常的な、穏やかな光景。祭りはそういうものに満ちている。きっとここに来ている人たちは、そういうものを求めてここに来ているのだと思う。
ももこさんは違ったのだろうか。
僕とももこさんとでは見てきた景色が違うから、実際に彼女がどう思っているのかなんてわからない。そもそも見たいと思う景色がここには無いのかもしれない。ずっと上を目指してきた彼女にとっては、ここに来るという選択肢自体が無かったのかもしれない。あるいは何かもっと別の理由で、ここに来ることができない事情があったのかもしれない。
「すみません、ひとつください」
「あっ、はい」
悩んでも仕方のないことばかりが頭を巡るのは、どこかで僕の基準にももこさんを当てはめて、勝手に期待していたからだ。
「ありがとうございました」
つい漏れてため息を噛み殺して、増えてきた雑踏に負けないようスマホのボリュームを大きくする。ちょうどその時、波のような歓声が湧きあがった。
ステージにはギターを携えた恰幅のいい女性が立っていた。まるで頭に被せたように切り揃えられたおかっぱの髪に、ワインレッドのワンピース。一際目を引く風貌で、僕でも見覚えがある。その姿がどれだけ観客の心を震わせたのかは想像に易い。
続けて裏手から現れた少女に、僕はつい目を奪われた。
黒と深紅に染め上げられた、首元やスカートのフリルさえ攻撃的なゴシック調の衣装。その衣装とは対照的にすらりと強調される白く長い四肢。いつもの枯草色のツインテールが今日は解かれ、腰ほどまで伸びる髪が靡いて揺れる。前髪から覗くのは、まるで画面の向こうからこちらさえも見通しているような、美しい表情に隠された静謐な眼差し。僕の知っている普段の彼女からはほど遠く、頭の中の背格好とのミスマッチに驚愕する。
まるで漫画の中から飛び出したようだ。そんな月並みの感想しか出てこないくらい絶対的な存在感。数多の視線を釘付けにする、一縷の隙もない完璧な姿。
会場は静まり返っていた。一歩、また一歩とステージ中央へ向かう彼女を観衆の目が追う。瀟洒なブーツでステージを踏み込む乾いた音だけが、雑音を切り裂いて耳に届く。画面に釘付けになる。
これが、本当の綺羅めくるなのか。
◇
売れたいアイドルは誰でも努力する。
努力って何をするんですか? 努力すればとりあえずアイドルにはなれるってことですか? と事務所のオーディションに参加してくれた子から何度か訊かれたことがあるが、私は決まってこう答える。
努力は自分を伸ばすためにするもの。だから何をすればいいかはまず自分で考える。その努力をした先に結果がついてくる。それを常に考え続けられない人間にアイドルの才能はない。
故に「売れたいアイドルは誰でも努力する」のは結果論でもある。才能がある子たちと私が落としてきた子たちとで決定的に違うのは、自分に足りないものに向き合い補っていく覚悟と信念があるかどうか。それがアイドルとしての才能そのものであり、人の前に立つという仕事を選ぶ人間になくてはならない素質。と、私は思う。
綺羅めくるには圧倒的にその素質が備わっていた。
私が前任の菅野先輩から彼女の引き継ぎを受けた時、綺羅めくる本人もその場にいた。そしてお人形のようなかわいい顔で私にこう言った。
「あたしは必ず這い上がる。だからあたしについてくる覚悟をして。今ここで」
彼女のその言葉には「まあ今はそういう時期なのかもしれないし、世代交代ってやつもあるかもだけど」という枕詞がついていた。誰にでもある栄枯盛衰の波も彼女は理解していた。それでも今できる最善をする、そのためには使えるものを何でも使う。そんな彼女の覚悟が痛いくらい伝わってきた。
だから私も覚悟をした。彼女を再び綺羅めくるとして輝かせるために。
「どうも新田さん、ご無沙汰してます」
「ああ、どうも」
ステージ裏で流れているライブ中継を観ている最中に声をかけてきたのは、まさに今綺羅めくるとステージに立っているミオタニアンのバンド『歌ウ蟲ケラ』のマネージャーだった。
「いやー、わざわざ綺羅めくるさんのステージにまで呼んでいただいて光栄です。このお礼はまたどこかで」
「曲は二人のものですから。ミオタさんを呼ぶのは当たり前ですよ。こちらこそ歌ウ蟲ケラのステージもあるのにご協力いただきありがとうございます」
「そんなこと言ったら、おっしゃる通りミオタの曲でもありますから。自分の書いた曲には思い入れが強いんですよ、彼女。協力してるだなんて少しも思ってないと思いますよ」
ミオタニアンの演奏が始まる。静まり返っていた観客が音響をも押し返す歓声を上げる。満足気に笑うマネージャーと同じように、ステージ上のミオタニアンもまたどこか楽しそうに見えた。
「……ミオタさんと組めてよかったです」
「はは、それは僕らのセリフ――」
歌声が聞こえた。
ミオタニアンの演奏で湧いていた歓声がいつの間にか消えていた。それは観客たちの驚きでもあり、品定めでもあった。響き渡るギターの音色に乗って会場を一気に支配したその声に、誰もが思考整理のための束の間の猶予を欲しているようだった。
そして静寂は、すぐ大歓声に変わった。
「新田さん」
しばらく聴き入っていたマネージャーが私に振り返った。
「綺羅めくるさん、レコーディングの時と印象が違いすぎませんか? 迫力のある素晴らしい歌声をお持ちなのは存じていましたが……」
問いかけてきた彼の表情には興奮が滲んでいた。
綺羅めくるは元々歌唱力に定評があった。当初人気に火がついたのも、少女的なビジュアルとその歌声とのギャップが世間にウケたからだ。
だが、ただ歌が上手くてかわいいだけでは再興などできない。
「アイドルはステージの上で輝いてこそ。あの子はプロのアイドルですから」
自分が最も輝けるステージを想像し、それを実現させるために自分自身をステージに落とし込む。
歌もビジュアルも、ステージの上での一挙手一投足を、観客が求め期待する形に進化させて、目を逸らすことができないくらい会場を支配する。綺羅めくるという一度落ちたアイドルがこのステージで何を期待されているかを理解し、これまでの努力、培った経験を最適な姿に昇華する。まるで燻っていたエンジンに燃料を注ぎ込むように。
今の綺羅めくるにはそれができる。ずっと一人でこの世界と渡り合ってきたかつての彼女ができなかったことでもあり、栄枯盛衰の波にされるがまま吞み込まれてしまった、いくつかの原因のうちのひとつでもあるそれを、綺羅めくるは確実に補完してきた。
今の彼女はもうかつての彼女ではない。元々備わっていた才能をさらに進化させて、すべてを懸けてステージに立っている。
天才的だと、私は思う。
「あの子、結構エゴサするんですよ」
「え?」
客席に向けて、画面越しの私たちに向けて飛ばす歌声の力強さに、会場のボルテージがみるみる上がっていく。
「このオファーを受けて出演を発表した時、やっぱり批判的な声がありましてね。どうして今更とか、この会場のコンセプトに合わないだとか、オワコンとか。そういうのを目にして、まとめてステージで言ってやりたいって言ってたんですよ」
本当に、ミオタニアンと組ませてよかった。
「――うっせえよ、ってね」
◇
「いやー、思った以上に繁盛したわね。潤ちゃんもお疲れ様」
「あ、はい……」
へろへろの体に鞭打って、『CLOSE』の札を店頭に置く。
何がどうきっかけになったのか、昼を過ぎても客足が衰えることは一向になかった。レジと商品提供を往復すること四時間、ぶっ通しで働いた結果、開催時間の半分も経たず完売御礼となったのである。
椅子に座ってペットボトルの水を呷る。一方の店長は延々とハンバーグを焼き続けていたのに疲れた様子もなく優雅にコーヒーを飲んでいる。元アスリートってすごい。
「うぃーッス、お疲れちゃんデース!」
一息ついていると、オーナーが屋台の受け渡し口からひょっこり顔を覗かせた。今日も今日とてギラギラで、髭がいつもより上を向いている気がする。
「こんにちは、お疲れ様です」
「いやー、マジパネェくらい繁盛してるっスね〜。さすがレインダンス殿! 激ヤバのガーサス!」
いつも通りの調子なオーナーに、店長はニコニコとティーカップを掲げる。こんな満更でもない顔の店長も珍しい。
「お祭りも盛り上がってよかったですね」
「お、わかりみっスか〜? そうなんスよ、思ったよりウェーイってカンジで〜……あ!」
オーナーは突然、興奮気味に屋台の中に身を乗り出してきた。
「バイザウェイ……綺羅めくるさんのステージ、マジ鬼カッコよかったっスよね!! あのメテオシャワーフェスに出るって聞いた時はマ? ってカンジだったっスけど、やっぱガチのスーパーアイドルってヤバいんスね〜」
「あ……あー、そうですね」
まさかオーナー自ら話題を投げかけるとは思わなかった。
正直、忙しくなる前にももこさんの出番が終わってよかった。もしステージの時間と昼時のピークが重なっていたら、様々な懸念をかなぐり捨てていっそ仕事を放り出していたかもしれない。それくらい綺羅めくるのパフォーマンスは圧巻で、目を離せなかった。目を離すことを許さなかった、と言った方が正しいかもしれない。
あんなに素晴らしい歌声を持っていることを知らなかった。ステージの上であんなに絶対的な存在感を発揮する人だとは思ってもみなかった。汗をかきながらマイクを握るその姿はいつものももこさんではなくて、明らかに『綺羅めくる』という一人の最高のアイドルだった。
「ん? どうしたんスか? お疲れっスか?」
ああ、僕はわかっているようで何もわかっていなかった。
住む世界も見ている景色も違う。きっと店長やオーナーは僕よりも遥かに分別がついているのだろう。浅はかにも心構えができていなかったのは僕だけ。僕だけがももこさんを綺羅めくるとして真正面から見ていなかった。
だから、こんなにも言い様のないもやもやで腹の底を埋められてしまう。
あんなステージを見せられてしまうと何も言えなくなる。メテオシャワーフェスに出演する選択をしたももこさんは正しかったと思わざるを得ない。別にそれならそれでいいのに、相変わらず僕は、綺羅めくるを僕の知るももこさんに寄せて勝手に期待してしまっていたのだ。
なんか、情けないなあ。
「つーか、あんなパネェパフォーマンスをナマで見られるの、マジヤバ谷園っスよね~」
「……は?」
一瞬、何を言ってるんだこのオッサンは、と口にしてしまいそうだった。
背中にどん、っと衝撃。不意を打たれたおかげでかなり痛いが、悶絶しているところに思いがけない声が届いた。
「あたしのハンバーグは?」
振り返ると、そこにいたのは紛れもなくいつもの見知った顔。
「――ももこさん!?」
「ねぇ、あたしのハンバーグは?」
「え、あ、いや、今日は完売――」
表情が曇りかけたももこさんの脇からすっと、店長が妙に嬉しそうな笑みを浮かべて焼けたハンバーグが乗ったプレートを差し出した。
「お疲れさま。待ってたわよ」
「ふふん、わかってんじゃん」
見たことのない、ももこさんの不気味なくらいの満面の笑み。ほくほくとハンバーグを受け取る彼女は、間違いなく僕の知っているももこさんだった。
「な、なんでここに……」
「あ? ライブがあるんだから来るに決まってるでしょ」
大きなハンバーグをたった三口で平らげたももこさんは、持っていたフォークをオーナーに向けた。
「あの子たちに言っといて。わざわざ北海道からとんぼ返りしてきてやったんだから、舐めたパフォーマンスしたらセンターもらうよって」
◇
綺羅めくるは一人でステージに立つことはなく、トリを務めたご当地アイドルのステージのサプライズゲストとして、最後の最後に満を持して登場した。
そこそこ名の知れたグループだったということもあってそれなりの集客だったところにとんでもない大物が参加したもんだから、会場は規模に見合わない異様な熱狂ぶりで、既に祭りの終了間際で閑古鳥が鳴いていた各屋台の従業員も仕事を放り出して集まってくる始末だった。
でもまあ、仕方がないと思う。
「……やっぱり本物のアイドルなんですね」
目の前で繰り広げられる非現実的な光景に、僕はただただ見入っていた。
熱狂の中心にいる彼女たち。綺羅めくるはまるで最初からメンバーの一人であったかのように、曲もダンスも完璧に仕上げていた。それもメテオシャワーフェスのパワフルで凛々しい姿とは真逆と言ってもいいくらいの、キュートで元気いっぱいな姿で。
いつもの枯草色のツインテールが、白とピンクでライトを反射する眩い衣装の上で躍動する。メンバーと一緒に晴れやかな笑顔を振り撒く綺羅めくるもまた、どこまでも人を惹きつける最高のアイドルに違いなかった。小さな祭りの簡易的なステージは、彼女たちのおかげで華やかに彩られていた。
「本物だよ、綺羅めくるは」
新田さんがどこか満足気に笑った。
「自分の曲の練習も、あの子たちの曲や振り付けの練習も、こうして立ってるステージでの立ち回りやメンバーとの意思疎通も、この二週間で完璧にこなして、最高の状態に持っていける。なかなかいないなー、そんな胆力持ってる子はさ」
まあステージ終わったら無限にご飯食べちゃうのはやめてほしいんだけどねー、と冗談めかして言う新田さんの目は、信じきった様子で綺羅めくるを見つめていた。
「ねえねえ、めっちゃいいでしょ? 私も今日が初めてなんだよね、あの子の生歌をこうやってちゃんと聴くの。ずっと我慢しててよかったー……」
「初めて……?」
「そ。マネージャー特権はあんまり使わない方がいいかなーって思ってさ。でもまあ、今回は私もめっちゃ頑張ったし、自分にご褒美あげてもいいかなーって」
今度は自慢気に鼻を鳴らす。
「私は最高の綺羅めくるを見ていたい。だからあの子が最高に輝ける場所を提供し続ける。菅野先輩がそうしてたみたいにね。まったく幸運だね、焼きつけるべき伝説が目の前にあるなんてさ」
このこの〜、と僕を肘で小突く新田さんの誇らしげな表情で、なるほどそうかと察する。
綺羅めくるはこんなにも愛されている。それは愛してもらうかわりにステージの上で最高のパフォーマンスをして恩返しをしてくれるから。どんなに小さくても、手向けられた愛に全力で、それを何倍にも増やして応えてくれる。そんな期待があるから追いかけたくなるし、応援したくなる。虜になってしまう。
循環しているんだ。綺羅めくるという最高のアイドルを中心に、観客も、関係者も、誰も彼をも巻き込んで。きっとアイドルとして、ステージに立つ人間として最も原初的な仕組みなのだろうが、その仕組みにどこまでも忠実で、それを何よりも大切にしている。今の綺羅めくるが綺羅めくるたる所以であり、きっと僕もまた、その循環に混ざり込もうとしているのだろう。
こうして綺羅めくるの本当の姿を目にしてしまったから。
「ももことこれからも仲良くしてあげてね」
「それは……こちらこそ」
「あ、今度久しぶりにワンマンライブあるから来なよ。特別に招待してあげる」
「……是非」
ああ、許してくれ。ファンの子らよ。僕は今マネージャーでも自制していた禁じられし友達特権を使おうとしている。
そう懺悔しながら、僕はただひたすらステージの一等星に心躍らせ、明日から元通りになるレインダンスでの日々に思いを馳せていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
本作はスピンオフとなります。
よろしければ本編である『パーセント・エイジ ~カフェ、レインダンスへようこそ!~』
へもいらっしゃってください。