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望まぬ再会  作者: 内藤晴人
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sideA

 そして、薄暗がりの中で少なくとも十分が経過した。

 万一誤作動であれば、復旧する頃合いである。

 だが、普段ならば点灯しているはずの電子時計も、照明設備も、一向に回復する気配が無い。

 どこで何が起きたのか。

 まったく予測もつかない中、さすがにデイヴィットも『焦り』を感じ始めた。

 諦めて動いてみようか。

 そう決断しかけた、その時だった。

 

「なんだ、君、こんな所に隠れてたの?」

 

 薄暗い廊下の向こうから、前触れもなく第三者の声がする。

 反射的に身構えるデイヴィットだったが、その声の主が誰であるかを確認し、安堵とも諦めともつかない声で答えた。

 

「その様子だと、貴方も取り残され組ですか? 覇王樹バ・ワンジュ主任研究員殿」

 

 正式役職名及びフルネームて呼びかけられた突然の闖入者は、その名の示す通りサボテンのような頭を揺らしながら、どことなくわざとらしい作り笑いを浮かべていた。

 

「いや、参っちゃった。野暮用でこっちに来たら戻れなくなっちゃって。この様子だと、どうやら火元は研究棟みたいだね……。と、そちらは?」

 

 ようやく王樹はクレアの存在に気付いたらしい。

 しばしの間、まじまじとその顔を見つめていたが、やがて納得がいったように、ぽん、と手を一つ打った。

 

「すると、ᒍか。ま、今はもちろんだけど……一段落ついても少し難しいかもしれないね。あの件で、相当お偉方にしぼられているみたいだから」

 

 やっぱり『Doll計画』絡みか。

 気付かれないようにデイヴィットは吐息をもらす。

 しかし、一方の王樹はすぐに思考を切り替えたのか、おもむろにデイヴィットに向かって単刀直入に切り出した。

 

「それよりも、これ、君何か聞いてない?」

 

「聞くも何も……こっちが知りたいくらいですよ」

 

 研究棟とは連絡はつかない上、一向に復旧する気配も無い。

 そう文句を言うデイヴィットに、王樹は腕を組みうんうんと頷いてみせた。

 

「やっぱり、あの設備工場はやばいと思ったんだよね。見る奴が見れば、セキュリティが丸坊主になるんだ。ハッキングを仕掛けるならグッドタイミングとしか言いようがないよ」

 

 あまりにあっけらかんとした口調だったため聞き流しかけたデイヴィットだったが、その言葉の内容を理解し、反射的に問い返した。

 

「ちょ……わかったならどうして上申しなかったんですか?」

 

「無駄だからさ。僕は一介の情報局研究員で、システム担当官じゃないし。頭の固いデスクワーク組さん達は現場の声を聞かないって、君達も良く言っているじゃない」

 

 あ、でも君は今、後方勤務だったっけ。

 そう言いながら、王樹は笑った。

 一連のやり取りにつられて、今までずっと固い表情を浮かべていたクレアの顔がほころぶ。

 普段ならば単なるお調子者に過ぎない王樹の登場に、この時ばかりはデイヴィットは感謝した。

 そんな彼の『心境』を知ってか知らずか、王樹の言葉は更に続く。

 

「で、君は今、どこにいるんだっけ?」

 

「自分ですか? 総務部の資料分析室ですけど……」

 

 それが何か? と言いたげなデイヴィットに、王樹は不敵な笑顔を浮かべながらこともなげに言った。

 

「そこの端末、触らせてくれない? 少しは何か解るかも」

 

「はあ?」

 

 言葉を失うデイヴィットに、王樹は更に続ける。

 口元にはまだ作り笑いを浮かべているが、眼鏡の奥の目は真剣だ。

 

「ここでこうして世間話していても、埒が開かないし。まあ、僕は美人さんとお近づきになれた上、話ができるから楽しけど。でもどうせなら全体にベターな方を取った方が良いだろう?」

 

 それだけ聞けば、確かに正論かもしれない。

 しかし、問題は発言者の性格とその目的にある。

 火の無い所に煙をたてるのが王樹の厄介な性格だ。

 その王樹を総務部とはいえ本部に入れたらどうなるか、想像に固くない。

 これ以上事態を悪化させぬため、あわててデイヴィットは反論した。

 

「ですが……非常時とはいえ、部外者を入れる訳には……」

 

 何をやっているのか解らない得体の知れない奴等。

 それが研究棟勤務組に貼られたレッテルである。

 そして、何より本部館勤務組は、研究棟組をあまり快く思っていない。

 原因は明らかに片寄った予算の配分にある、というのは建前で、『気味の悪い連中』とはお近づきになりたくはないというのが本音だ。

 それがわざわざこんな時に顔を出したらどんなことになるか、解らないはずはないだろう。

 そう言いたげなデイヴィットの視線の先で、提案を却下された王樹はしばらくの間、何やら思案しているようだった。

 が、やがて再び何かを思い付いたように満面の笑みを浮かべてデイヴィットに向き直った。

 

「……君は確か、うちら……特務の司令メインシステムにアクセスできなかったんだよね?」

 

 改めて問われ、デイヴィットはプログラムで言うところの『怪訝な表情』を浮かべてみせた。

 

「ええ。システムダウン寸前に通常勤務続行の命令が来たっきりです。それから後こちらから交信は試みているんですが、まったく反応はありません」

 

 その言葉に、王樹はさらに笑う。

 果たして何を思い付いたのか図りかねて身構えるデイヴィットに、王樹は笑みを崩すことなく言った。

 

「じゃあ、本部館のメインシステムはどうかな?」

 

「……あ」

 

 言われてみれば、その通りだ。

 情報が発せられるのは、一ヶ所、という訳ではない。

 つまり、接続経路も一ヶ所にこだわる理由は無いのだ。

 単純な発想の転換である。

 

「了承? なら、これ、繋いでみてくれるかな」

 

 言葉を失うデイヴィットの目の前には、いつの間にか小型の端末機が置かれていた。

 どうやら王樹が白衣の下に隠し持っていたらしい。

 端末機と王樹、そしてクレアに視線をめぐらせてから、デイヴィットは呆れたように口を開く。

 

「……本部館中枢システムへの不正アクセスですか? それって、立派な内規違反ですよ」

 

「平常時なら、ね。非常時なら君達は何をやっても文句は言われないだろ?」

 

 目の前の現実を自分にとって都合良く解釈するのは、王樹の素晴らしい長所であると同時に厄介な欠点である。

 改めて目の当たりにして、デイヴィットはこの日何度目かのため息をつく。

 だが、ここでこのまま三人で缶詰めになっていても、事態は悪化こそすれ好転は望めないだろう。

 不安げなクレアの視線を背中に感じ、今回だけですよ、と念を押してから、デイヴィットは王樹の端末機に向かった。

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