sideB
「取り敢えず、正常な部分を侵入された箇所から切断し、その上で復旧します。侵入者に対しては……」
淡々と続けるNo.14に、No.18は鋭い視線を突き刺す。
「今、この中に動ける奴は何人いる?」
言いながら彼は自身の光線銃を点検する。
再び端末に目を落としてから、No.14は即答した。
「現在、戦闘可能な稼働者は三体です。後は……一般警備員が数十名」
「個別に警戒強化を伝達。重点警戒地域は地下だ。定時報告は不要。掃討が完了した時点でこちらに伝達のこと」
「……No.21……中尉殿が、本部にて通常任務中ですが……」
何気無く投げかけられたNo.14の声に、一瞬No.18の手が止まる。
「そのまま通常任務を続行。……ここの中のことは、中だけでケリをつける」
「了解いたしました。……ところで大尉殿、首席技術士官殿には、報告は……」
「ᒍの耳には入れるな!」
苛立たしげに怒鳴ってしまってから、No.18は少し決まり悪そうに視線をそらす。
やや一瞬の空白の後、彼は改めて口を開いた。
「今、余計な事で煩わせる訳にもいかないだろう。それに……」
この攻撃を仕掛けてきたのが彼の予想通り『奴』だとしたら、その目標はジャックだ。
かえって厄介な事になる。
その言葉に、No.30は首を傾げる。
「……大尉殿、ひょっとしたら相手の正体が解ってるの?」
「知りたくもないけどな。……十中八九、I.B.の首魁ドライ……サードだ」
忌々しげにつぶやくNo.18に、No.14は頷く。
「こちらに残っている限りのNo.3……大佐のデータを、警備員及び稼働者に配信します。……惑連警備部によると、現在本館、新館、研究棟共に、第一級非常事態となっています」
ですが、それ以降こちらのシステムダウンに伴い、本部との通信は不可となっている。
そうNo.14は告げた。
「了解。じゃ、後は頼む」
「待ってよ、大尉殿! 行っちゃうの?」
じゃあ、ここで総指揮をとるのは誰なんですか、とでも言わんばかりのNo.30に、No.18はあっさりと言った。
「規定通りだ。上席……No.14少尉の補佐を全力でやれ。状況に変化があれば、逐次こちらから連絡する」
一旦言葉を切り、No.18はNo.14をかえりみる。
彼女が頷くのを確認してから、彼は続けた。
「それと……もし俺が一方的に交信を絶ったら、少佐殿を起こせ」
「もし……って……そんなこと……」
「可能性は大有りなんだよ。残念ながら」
No.18の顔には、珍しく苦笑が浮かんでいる。
その様子に、目を丸くするNo.30とは対称的に、No.14の冷静さは変わらなかった。
「大尉殿、その際の少佐殿のモードは、どちらを?」
一瞬思案してから、No.18は答えた。
「モードE……戦闘対応で頼む。じゃあ、後は任せた」
そう言い残すと、No.18はブラスターを構え直しながら、室外へと消えた。
扉が閉まり、足音が完全に聞こえなくなるのを確認するかのタイミングで、No.14は静かに切り出した。
「首席技術士官殿と連絡を取ります。よろしいですか?」
「……でもぉ、それって、立派な命令違反じゃあないですか?」
話が違う、とでも言いたげなNo.30。
対してNo.14はやはり冷静だった。
「少佐殿の起動に関する権限は、私達には無いでしょう? それに……」
振り返るNo.14の顔には、僅かに微笑が浮かんでいた。
「事務方の総責任者にも現状報告をするのは私達の義務ですし、何よりこんな大騒ぎになったら解るのは時間の問題でしょう?」
どうやらNo.14の方がNo.18より何枚も上手の様である。
No.30は、気付かれないように、小さくため息をついた。
※
報告を受けてからきっかり二分後、首席技術士官ジャック・ハモンドは姿を現した。
No.14からこの上なく簡潔にまとめられたこれまでの経緯を聞くと、ジャックは予想に違わず深々と息をついた。
「で、暁龍はもう出た訳か……まったく……」
癖のある白髪頭をかき回しながら、ジャックはつぶやく。
そして再び、端末に目を落とした。
画面には、非常事態を示すアラートランプが先ほどから無感動に灯り続けている。
「メインシステムダウンは、八割で推移しています。現在ブロックをかけ、侵入経路の分析及び反撃の準備を進めています」
「しかし……サードが来ていると、暁龍は言ったんだな?」
念を押すように問うジャックに、二人はほぼ同時にうなずいた。
「I.B.の実働部隊か……。確かに歩が悪いな……」
「ᒍ……。そんなにサードって、強いんですか?」
あまりにも無邪気なNo.30の言葉に、ジャックは自嘲気味な笑みを浮かべてみせた。
こと、『過去』を語る時によくみせる寂しげな顔だった。
「そうだな……。お前さん達の原点だ。『軍人』としての奴の能力は、申し分のない物だ。加えて……」
「加えて?」
首を傾げるNo.30に、ジャックは噛み砕くように説明した。
「『ヒト』が持ち合わせているためらいの感情が、奴には欠落している。……もっともそれは、我々に責任があるんだがね」
「つまり、他者を手にかける際に抱くはずの迷いが存在しない、ということですか?」
確認するようなNo.14にジャックはうなずく。
「残念ながら、そういうことになるか。ブレーキを持たない力ほどたちの悪い物はない。自分が心配しているのは、そこだよ」
その時、着信が入った。
No.14があわててそれを拾うと、予想外の明るい声が飛び込んで来た。
──こちら、第一部隊です。実験室付近で侵入を計っていた二名、排除完了しました──
「了解しました。遺体搬出はすぐに行いますか?」
──いえ、まだ何人か残っているようなので、しばらくこちらに待機します。……それより特務大尉殿はどこを回っているのでしょうか? まったく会えないのですが──
「……会えないって……少し前に出て行ったけど……? 合流したんじゃないですか?」
不安げにNo.30はマイクに向かい問いかける。
数名がその向こうで何やら話し合っているようだったが、結論が出たのか、答が返ってきた。
──いえ、いらっしゃるということは伺っていましたが、まったく。妨害電波かどうか定かではありませんが、先ほどから連絡すらつきません──
その言葉に、室内には重苦しい空気が流れる。
もっとも早く行動に出たのは、No.14だった。
彼女は個別にNo.18との交信を試みる。
が、スピーカーから流れてきたのは、いらただしげなNo.18の声ではなく、耳障りな雑音だった。
「……大尉殿は、一方的に連絡が途絶えた場合、バトルモードで少佐殿を起こせ、と……」
No.14から硝子色の瞳を向けられ、ジャックは言葉に詰まった。
研究員として技術士官という階級を持ってはいるが、それはあくまでも事務方の肩書きであり、実戦において指揮をとる権限は与えられていない。
指揮官不在。
こればかりはどうしようもない事実だった。
「最悪の二者択一だな。しかも答は二つあっても選択の余地はないときてる」
冗談とも本気とも、皮肉にも取れる言葉を口にすると同時に、ジャックは無造作に電子鍵を取り出し、テーブルの上に置いた。
「じゃあ、よろしく頼む」
言い残してその場を離れようとするジャックを、No.30があわてて呼び止めた。
「待ってよ! ᒍまで行っちゃうの?」
「……これは、お前さん達じゃなくて、自分が責任を取らなければならない事なんだ。すまないな、迷惑をかけて」
苦笑を浮かべ出ていくジャックの後ろ姿を、両者はただ見送る他なかった。