sideB
「で? だからどうしろって?」
黄暁龍大尉こと、シリアルID〇一二・〇・〇一八、通称No.18は、かなり不機嫌だった。
彼は現在、ルナ支局において長期の任務に就いており、表向きはエウロプ惑星政府への出張に付随する代替休暇を取っていることになっている。
だが、実際には何のことはない。
定められた定期検査を受けに、テラへ強制送還されているのである。
正直、彼はテラ行きを快く思ってはいない。
それまでも何回か機会はあったものの、その都度『諸般の事情』を口実に、先延ばしにしていた。
だが、その幸運も長くは続かなかった。
ルナに於けるI.B.の一件がとりあえず一段落ついた時点で、強制出頭命令が下ったのである。
今、彼の手元には検査結果がある。
その内容は、いつも不機嫌な彼を更に不機嫌にするのに充分な物だった。
「ですから、先程申し上げた通りです。おおむね目立った異常は見られませんが、脳波に若干の乱れがあるので、精密検査を……」
「願い下げだ!」
乱暴にNo.18は書類を机に叩きつける。
その様子をNo.14は、顔色一つ変えずに見つめていた。
「だいたい、目立った異常じゃ無いんだろ? なら何で精密検査が必要なんだ?」
毒吐きながら、彼は特務の象徴である硝子の目を持つ鷲が刻印されたループタイを緩めた。
正直な所、彼は今自身が身に付けている『特務』の軍服すら忌々しかった。
テラ惑連本部内に於いて任務遂行中でない時に着用を義務付けられているこの格好は、彼が『ヒト』ではないという事実を思いしらされる。
そんな気がしてならなかった。
「こっちは立て込んでいるんだ。多少なりとも乱れぐらい出るさ」
許容範囲内だ、とばかりにまくし立てるNo.18にNo.14は二、三度瞬きをしてみせる。
「そんなこと言っちゃってぇ。単にᒍに会いたくないだけじゃないのぉ?」
緊迫した空気を突き破る間延びした声の乱入に、No.18は図らずも脱力する。
稼働してから間もないというNo.30が、端末との格闘しながら茶々を入れたのである。
「あ、ひょっとして、図星ぃ?」
「……お前、それが上席者に対する言葉使いかよ?」
ぎっと睨み付けられて、No.30はぺろりと舌を出し、再び端末に向かう。
その様子に小さく舌打ちをしてから、No.18は改めてNo.14に向き直った。
「そういう訳で、俺は予定通り明後日にはルナに戻る。その方向で……」
「検査には、それほど時間を要さないと思いますが……」
氷のように表情を動かさないNo.14に、No.18は深々とため息をついた。
これが本来、自分達のあるべき姿なのだろう。
何事にも動じる事無く、余計な情感に惑わされることも無く、冷酷なまでの冷静さで任務を遂行する。
けれど実際問題として、自分はどうだろう。
「……単なる『出来損ない』だよな……」
「……は?」
「独り言だ。とにかく時間が惜しいんだ。あまりこっちにいる訳にもいかない」
小首を傾げるNo.14にそう言うと、手配は自分でするから、と言い残し彼は立ち去ろうとする。
そのタイミングを見計らうかのように、再びNo.30の間延びした声が室内に響いた。
「あのぉ、大尉殿ぉ。さっきから地下二階のF32実験室に有人反応があるんですがぁ。使用申請はこっちに来てないんですけれどぉ、何か聞いていませんかぁ?」
No.14とNo.18は咄嗟に顔を見合わせる。
一瞬の間の後、両者はそれまでNo.30が向かっていた端末にかじりついた。
「……おい、これはいつから出ているんだ?」
視線をモニターに固定したまま、No.18は鋭い口調で問う。
返答に詰まるNo.30に代わってNo.14がキーを叩く。
すぐさまそれに呼応するように、入室履歴が画面に表示された。
「到達推定時刻は三分前です。しかし、ここに至る経路はトレースできません」
「それは、どういう事だ?」
「部内者が正規のルートで入室した訳ではない、ということです。ですから……」
「壁に穴でもぶちあけた、とでも?」
No.18は、言いながら二人の顔を交互に見やる。
すると、何かを思い出したように、No.30がぽん、と手を叩いた。
「そういえば、本館の地下配電盤の臨時点検が有るって……。昨日付けで連絡があって、一時セキュリティが一部変更になってた気がする……」
「その文書を回せ」
「これこれ。一斉配信だから、間違いないですぅ」
差し出されたそれに、No.18は直ぐ様目を通す。
その内容に、彼は頭を抱えたくなった。
場合によっては機密事項に触れる事柄を、部内文書とはいえ、通常回線で配信する奴がどこにいるだろう。
平和ボケも良い所だ。
「……この設定では、一定条件を満たした不法侵入に対して、まったくシステムが機能しなくなります……」
一瞥したNo.14が、他人事のような冷静さで分析する。
同時に、嫌な予感がNo.18の脳裏をよぎった。
「……けれど、まさか……」
「大尉殿~大変~。研究棟の独立セキュリティが、落ちてる~!」
緊張感の無い絶叫が響く。
「本館との通用口を閉めろ! すぐにだ!」
それをかき消すようにNo.18の命令が飛ぶ。
……間違いない。奴だ。
No.18は確信した。
別れ際のあの言葉を実行するために、奴が来た。
空恐ろしさにNo.18は無意識のうちに唇を噛んでいた。