願い
家に帰り、僕はエルにこの事件の真実を聞いた。
あの光はなんなのか、なぜエルは攫われたのか、なぜ攻撃が明らかに僕を避けたのか。
聞きたいことは山ほどあった。
「...願い...」
とエルは言った。
「願い?」
と僕は聞き返す。
願うだけで叶うのであれば苦労はしない。
ならばエルも願えばよかっただろう?
僕の元に戻りたい。と。
僕がそんな疑問を浮かべたのを察してか。
エルはいつにも増して饒舌に語る。
「...キッカケはお兄ちゃんで...叶えるのは私...お兄ちゃんが心から願ったものを私が心から願わないと...願いは現実にならない...。」
とエルは言う。
「でも…。」
と、エルは続け、言い難げに僕を見る。
「分かっている、それは普通のことではない、普通の人間は願うだけで願いを叶えることなど到底出来やしない。」
と僕が続ける。
そう、願うだけで叶ってしまうならば、人生そんなに苦労はしないのだ。
だが、それを認めてしまうこと。
それは自分が自分を人間でないと認めてしまうようなものだ。
だからエルも言い淀んだのだろう。
...怖い?...怖くない?
自分に問う。
そんなの怖いに決まっている。
それは今までの僕の「人」生を全て否定されるということだから…。
僕が恐怖に呑まれ、周りも見えなくなってしまいそうになったその時。
エルは言った。
「お兄ちゃんは...この世界がもしも私たちの願いだったらどう思う...?」
と
...なんでそんなことを聞くんだろう。
もしもそれがそうだとするなら僕は何を望んで、何を願っているんだ...?
すると、切ったはずのスマホから通知音が聞こえる。大方ポケットの中で圧迫され、電源がついたのだろう。
スマホから通知を知らせる音が鳴りスマホを見る。
それは僕の高校のグループラインが動いたことを知らせる通知だった。
「ねぇねぇ、次はアイツ弄ろうよ!」
「いいね!前々からウザいと思ってたんだよね!」
「お前ら鬼畜すぎw」
どうやら次の標的はこのグループラインに入っていない、無実なクラスの男子らしい。
僕は到底言葉では言い表すことの出来ないショックを受けた。
自分たちの所為で人が死んだことをなんとも思わないこいつらにか?
それもあるだろう。でも、僕がそれよりも怖かったのは。
...もしもこれが僕の願った世界なら...?
僕は正義の顔をして、いい子の仮面を被り、心の内では自分に危害が加えられることの無い、誰かが虐められているのに何もせず。
それに対して自分は安全だと、そいつよりも優れているのだと優越感を感じ、安心出来るような世界を望むほど、醜い心を持っていたのか?
...違う、違う、何かの間違いだ、そんなはずない、僕は...、僕は皆が平和でいられる世界が............
なんで、言いきれない?
みんな幸せな世界、それが1番じゃないか、なぜそう断言できないんだろう。
「......もう...嫌だ!誰か僕が何を考えて、何者なのか教えてくれよ!」
叫ぶ?
それは願いだった、一瞬でも強く 強くそう願った。
その瞬間辺りは眩い光に包まれ、僕をどこかへ誘っていく。
そこで僕の視界はブラックアウトし、
辺りは一変する。
「...ここは...どこだ?」1人つぶやく。
「ーーー様!!」
「ーーー様!!」
辺りに響き渡るほどの大声で誰かを呼ぶ声がする。
それは段々とこちらへ来て、名前を聞き取れるほどには近付いて来ていた。
「K様!!」
LRに続いてKだなんて、随分と変わった名前を付けるやつがいるんだなと思っていると。
そいつは僕の正面に立ち。
「K様、お探ししました!LR様がお待ちです!どうぞこちらへ!」
と言った。
なんなんだと困惑する間もなく、僕はLRと言う実にタイムリーな名前のいる奴の場所に連れていかれる。
僕は目を疑った。なぜ?それはLRと呼ばれていた人物が同名の別人ではなくエルだったからだ。
............何か大切なことを忘れている気がする。
思い出せ...思い出せ...。
僕はふとエルの方を見る、エルは今まで見たこともないような、つまらないと言いたげで、それでいてどこか寂しげな表情をしていた。
僕はこの顔を知っている。
そうか、そうだったんだな。
その瞬間、僕の中で今まで忘れていた全ての記憶が渦巻く。
...全部思い出した。僕がそう呟くと、また眩い光が僕を包み込み。
次に目を開けた時には僕は見慣れた、ついさっき光に包まれた場所に立っていた。
そしてエルに、
「全部思い出したぞ。」
と告げるのだった。
そうだ、この世界は僕が、僕達が、退屈が故に、
何でもない、だが充実している日々を送りたいという願いから創った。創ってしまった。
現実とも架空とも取れない、不完全な曖昧な世界だ。
確かに僕とエルは少しの間だったが充実した日々を送っていた。
だが、この世界にはバグがあった。
それは僕たちの自然な感情が故に起こったバグだ。
僕は嫌なことを、退屈な日々を忘れたいと願った。エルといた日々が退屈だったという訳では無いが、それでも総合的に見ると退屈だったのだ、そしてエルも同じことを願った。
だから僕は僕が記憶を取り戻したいと。エルが取り戻して欲しいと願うまで一切の記憶を失っていた。
ならばあのグループラインは?
それはバグではなく僕達人の心を持った生命体として当然の願いだ。
人よりも優れたものでありたい。という極々自然な。
だってそうだろう?下がいなければ上はいないのだから。
たがエルの言う通り僕がキッカケであるならば、それらは全て僕が先に願ったことなのだ。
元々戻っていて欲しいとエルが願っていたのに記憶が戻ったのは、エルは半分諦めていて、僕がそう願った時にエルももう一度強く願ったからだろう。
エルを取り戻しに行く時に少し記憶が戻りエルの言葉を思い出したのは、きっと初めから忘れていなかったのだろう。
大切な言葉は忘れたくないと願うはずだから。
ただ、それが、あまりにも夢のような言葉だったので記憶の隅に追いやられていただけで。
なら、エルはなぜこの世界に来なかった?
あくまでもキッカケは僕だ、先ず僕が願わない限り願いは現実にはならない。
それは恐らく認識に違いがあったのだろう。
僕の願いは新しい退屈しない所へ行くこと。
エルの願いは今と同じ場所でいいから退屈しないこと。
自分では気づくことは難しいような、そんな細かな願いも汲み取ってしまい今に至る。
言ってしまえばこの世界を創ってしまったのは僕のようなものだ。
この願いが叶ったあと、エルはきっとあの場所で退屈でない日々を送っていたはずだから。
だが僕らが願っていたのは同じ「退屈しないこと」だ。
だから願いはお互いに違う形で叶ってしまったのだろう。
そして、エルがなぜ消えたのか。これは簡単な事だ。僕はエルが願ったことを叶えてやりたいと思っていた。
そしてエルは僕が自分の妹のこと...エルのことを忘れていたのできっとショックを受けどこかに消えてしまいたいと願っていたのだろう。
そしてエルが願っても戻って来なかった理由は、エルは光に包まれた瞬間に帰りたいと願ったから、エルの方が先に願ってしまったからだ。
ならば何故戻ってこれたのか。これも簡単な話だ。エルは「戻りたい」とずっと願っていたが僕はエルと一緒に「暮らしたい」と願っていたからだ。
手を握った瞬間にエルもきっと同じことを願ってくれたのだろう。
だから僕達は僕達が共に暮らしているこの場所に戻ってくることが出来たのだ。
だがこの世界は欠陥品だ、あまりにも僕達に都合がいいように出来ていて、それが嫌だった。
そして何より、僕達のせいで人が傷付く所なんてもう見たくなかった。
僕はエルの方を見る。そして問う。
「なぁ、エル。エルはこの世界、好きか?」
と
エルは首を振って否定する。
ならば変えてしまおうこんな世界は。
出来るのか?だって?出来るさ。
僕はエルにこう告げる。
「僕は僕たちを含めた全員が平等で、頑張れば頑張った分だけ輝ける、そんな世界を願ってる。」
と
エルは目を輝かせながらこの話を聞いて、最後に
「...凄く...いいと思う...」と告げた。
そして「...不安じゃない...?」と聞いてきた。
「なんでそんなこときくんだ?」
と聞き返す。
そして僕は不安そうなエルを勇気づけるようにこう続ける。
「世界だけじゃない、宇宙だってそうあるように俺は願ってる。
さぁ、始めよう、「K」ey(鍵)はもう既にあるんだから宇宙で最初で最後の
「L」ast 「R」evolution(最後の革命)を」
僕はそう言って今宣言した通りのことを願う。
エルもきっとそうだろう。
その瞬間、世界は変わったそれは僕達の望んだ通りの世界だった。
一つ誤算があるとするならばそれは僕達がずっと一緒にいたいと願ったことによる不死だけだろう。だがもう退屈することはない。
僕は僕が、僕たちが思う理想の世界でエルと2人楽しく暮らしていくのだから。
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「...お兄ちゃん...老けた?」
とエルが言う。
僕は笑いながらこう返す。
「僕達が最後に願った時からもう約46億年経つんだぞ?そりゃ老けもするさ。」
と。
「幸せだな。」と僕は小さな青い青い星でエルに聞こえない程小さな声で呟いたのだった。
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願いは誰にでもあって。それを実現出来るかは君達次第だ。そうだろう?だって、僕達がそう願って、そういう世界にしたのだから。諦める前に一度走ってみるといい。きっとその経験は人生で大切な瞬間になるはずだから。きっといつか君達を支えてくれるはずなのだから。
君達なりの答えはもうあるのか。それは僕には分からない。
でも、この作品にタイトルがないのは縛られた考えに囚われて欲しくないから、自由に考えて欲しいから。
もしもそういうことに悩んでいるならば、先ずはこの作品にタイトルをつけてみてはどうだろう?
それはきっといつの日か君の願いを現実にする1歩になるはずだから。