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突如として廃墟と化したガリエン邸に、町は騒然としていた。事故だという者、テロだという者、様々ではあったが、町にいるのはほとんどがふらりとやってきたよそ者の集まりなので、好き勝手に噂が流れるにとどまっている。誰も本気になって犯人を捜そうとはせず、町は以前よりも活気に満ちているほどだ。
「……まあ、人間、生き様っていうのは見られているもんなんですよ」
ベッドに伏しているリライヴをなぜか冷たい目で見つめ、レイズがいった。大金をはたいて部屋をとった高級宿だったが、やはり三流宿らしい品のなさはぬぐえない。これはもう、町の特色だろう。昼だというのに、わけもなく部屋のなかでネオンが光っている。
「おいおい、俺頑張っただろ、今回。すっっっげえ負担かかるんだぞ。オヒメサマが元気なのは俺の功績だろ」
起きあがれないわけではなかったが、億劫なので横になったまま、レイズを見上げる。レイズは瞳を逸らし、肩をすくめた。
「……この町を歩いていると、誰かさんがたくさんいるように思えて、憤りが押さえられなくなるんですよ……。明るいうちから、あんな店や、こんな店に……ああ、世の中は、どうなってしまうんでしょう」
「んだよそれ、俺関係ねーだろ」
その様子に、傍らに座っていたティナがくすくすと笑みをこぼす。
無遠慮に扉が開け放たれ、黒髪の美女二人が大きな包みを手に現れた。
「あらヤダ、まだ寝てんの? しょうがないか、あんな魔術、見たことないもの。疲れるでしょうねー」
「買い出しに行ってきた。元気を出すといい」
キーアがなにやらいっぱいに物の詰まった袋をベッドに置く。なかには菓子や衣類、ぬいぐるみなどが山のように入っていた。
「……普通、力無く寝込んでるいたいけな青年に買ってこねえのか、そういうのは」
「欲しいのか?」
無表情で、クマのぬいぐるみを手に、キーアが問いかけてくる。いらねえよ、とリライヴは吐き捨てた。
「あれって結局、このコのなかの爆発物を出したってことよね? 可能なの、そういうの?」
「俺には可能だ。おまえにはできねえ」
両手を頭の後に組み、リライヴはティナを見た。
「コイツの場合、ただ出すだけじゃ、死んでたよ。魔力の塊が動力源みたいになってたからな。おおかた、死にかけのところを拾われたんだろ……。代わりに俺の魔力を入れた」
「リライヴ、もう少し、いい方を……」
諫めようとするレイズの手をきゅっとつかみ、ティナは笑う。
「だいじょうぶ。それより前の記憶はないから」
「……でも」
それは、だいじょうぶということではないだろう。レイズの胸が痛む。
「それよりも、あんたたちの転移術もたいしたもんだ。お互いが、お互いのところに行けんのか?」
「いや……」
クマのぬいぐるみを弄びながら、キーアが否定する。アリスが続けた。
「姉さんにはほとんど魔力がないもの。できるのは、アタシが姉さん側に行くか、姉さんをアタシ側に呼び寄せるか、どっちか。姉妹だからこそよ。血界を使うってワケ」
なるほどな、とリライヴがつぶやく。それから、伸びをして、身体を起こした。
「だいじょうぶなんですか?」
「だいじょうぶなんですよ。んな心配すんな」
勝手に袋をあさり、ティナのためであろう果物を口のなかに放り投げる。
まだ陽は高いが、こんな町で、いつまでも寝ているわけにもいかない。遊ぶためにあるような町なのだから。
「──さ、じゃ、アタシたちは行くわ。敵になったり味方になったり……まあ、一応、世話になったわね。またどっかで会ったら、ヨロシクね」
そういって、アリスが身を翻す。キーアは黙って頭を下げて、妹の後に続く。
「そーだ」
思い直したように、アリスは振り返った。
「ティナちゃん、アンタこれからどうするつもり?」
突然話題を振られて、ティナは目を瞬かせる。考えてもいなかった。みっつめの太陽の、その先のことなど。
「ちょっとね、アンタのことに関しては責任感じてんのよ。よかったら、アタシたちが育った孤児院まで案内するけど?」
キーアもうなずいて、ティナを見下ろす。ティナは混乱して、レイズとリライヴを見上げた。
「いいと思いますよ。ティナは、まだ、ひとりで生きていくのは大変です」
「おまえらが育った孤児院かよ……ティナまでそうなるんじゃないだろうな。将来が心配になる」
「だいじょうぶだ。教会のシスターがやっている孤児院で、とてもいいところだ。伸び伸びと過ごせる」
伸び伸び、ね……リライヴはあさっての方向を向き、思わずティナの行く末を想像する。伸び伸びの、程度が問題だ。
「……あの、じゃあ、お願いします。連れて行ってください」
「ヨシ決まり!」
アリスがティナの頭を撫でる。ティナは短い歩幅で少し離れて、リライヴのレイズの方へきちんと振り返った。
「本当に、お世話になりました。お二人のこと、ずっと忘れません。ありがとう、ございました」
深く、深く、頭を下げる。
「ティナに会えて、良かったです。──これからも、元気で」
「楽しくやれよ」
レイズが微笑んで、リライヴは手をひらひらと振った。なんだかおかしくて、ティナははにかむように笑う。
「そうと決まったら準備よ、準備! 行くわよ!」
「はい」
アリスが手を引いて、ティナはもう一度頭を下げると、部屋から出て行った。
部屋のなかに、二人だけが残る。
「さて、と」
リライヴはベッドから降り、立ち上がった。
汗で重くなったシャツを脱ぎ捨て、新しいものに着替える。じゃ、といい残して部屋を出ようとする彼を、レイズが呼び止めた。
「どこに行くんです?」
リライヴが振り返る。
「……ゴ報告がいるのか?」
「いります」
予想外の答えに、リライヴは目を見張った。
レイズは、少しの間の後、まっすぐリライヴの目を見た。
「私に、そんなことをいう権利がないのはわかっています。でも、遊び歩くのは、やめてください。やはり、良くないことです」
「…………」
リライヴは思わず目を逸らす。口元に手を当て、ばつが悪そうに押し黙った。
「……じゃあ」
「なんですか」
ずばりと返事が返ってくる。リライヴは目を逸らしたまま、
「たまには奮発して、いいメシでも食うか」
彼にしては珍しい提案をした。
レイズは一瞬驚いた後、満面の笑顔になって、ハイ、とうなずいた。
実はこのあと、高級料理店で二人はまた他愛もない喧嘩を始めるのだが。
それはそれで、二人にとっての日常だ。
読んでいただき、ありがとうございました。
『R*R』は2000頃書いたものです。もう10年。未熟な点が多々あったかと思います。
少しでも良いものが書けるよう、精進します。