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R*R  作者: 光太朗
8/9

 胸元からプレートを差し出すと、ずらりと並んだ警備員がそろって道を開けた。相変わらずの大仰な歓迎ぶりに、キーア=リリィは方眉を上げ、案内されるままに赤い絨毯の上を歩く。

 滅多に採掘できないという、値の高い鉱石で建てられた薄橙色の屋敷は、悪趣味以外の何物でもない。キーアは無言で歩き、背の高い扉の前で一度止まった。

 入り口から案内してきた警備の男か、ノックをして何事か告げる。面倒なので聞くこともせず、目を閉じてキーアはときを待つ。

 やがて部屋に通される。二日前に見たものとまったく同じ、吐き気のするようなぎらぎらとした空間が広がっていた。

「……ミスターガリエン、遅くに失礼します。依頼内容のことで報告があります」

 形ばかりの礼をする。革製の分厚いチェアをキィとまわして、深紅のスーツに身を包んだブロンドの男性が、長いひげを撫でながらじっくりとキーアを見た。

「リリィ姉妹の片割れか……良い報告が聞けるのかな?」

 男は、見た目より高い声で問い、すっと目を細めた。ひとりだけ控えていた細身の女性が、灯されていなかった燭台にも明かりを灯していく。もうすっかり日は落ちていた。暗闇のなか何をしていたのかなどと、聞きたくもない。

「……『ティナという少女の始末』が依頼内容でしたね? 少女は、セイランから差し向けられたとおっしゃいました。セイランを麻薬の市場とするデリキアスを憎み、セント・シードが送り込んだのだと。相違ございませんか?」

「勿論。しかし、そのようなことは君には関係ないはずだが?」

 キーアは無言でガリエンを見つめる。ガリエンは悠然と笑んだ。

「リリィ姉妹の噂は聞いている……スピードを誇る凄腕の姉妹だと。貴様らには、仕事をこなす義務がある。本当なら処罰するところを許してやったのだ──この寛大な処置の上に、まだ何かを望むか?」

「いえ」

 ただ、とキーアは続けた。

「道中、おかしな話を耳にしました。少女はもともと、セイランに行くはずであった、と。それではまったく話が逆です。しかしいまの目的地はセイランではなく、ミスターガリエン、あなたに会おうとしている……それでも、少なくとも、セイランから差し向けられたようには、到底……」

「なんだとっ」

 悲鳴のような声をあげ、ガリエンは取り乱してキーアの肩をつかんだ。

「ヤツが、わたしに会いに……?」

 キーアは無表情のまま、ガリエンの手をゆっくりと引きはがす。

「おや、これはおかしなことを。もともと、それを防ぐため、少女の始末を依頼されたのでしょう」

「ヤツは始末したのか! い、いま、どこにいるんだ! わかっているのか、もうとっくに夜だ……! もう、時間が……!」

「ティナを始末したい理由は何ですか?」

 唐突に違う種類の声が聞こえた。しかし、声に驚くよりも早く、背後から羽交い締めにされ、身動きがとれなくなる。うめき、ガリエンはなんとか首をうしろにまわした。緑色の、澄んだ瞳が目に入る。空色の長い髪。男なのか、女なのか、ガリエンには判別がつかない。

「なんだ、貴様……どうやって」

「ティナの護衛をしている者です。彼女ももうすぐ、ここに来るでしょう」

「バカな! 正気か!」

 ガリエンの表情からどんどん血の気が失せていった。誰か、誰かいないのか、と部屋の前で待機しているはずの部下たちに呼びかける。しかし、誰も現れる気配はなく、同じ部屋にいた従者の女も床に倒れていた。

「私は、いま、少々怒っています。八つ当たりのようで本当は好きではありませんが、この屋敷の方々には眠っていただきました。助けを呼ぶのは無駄です」

 キーアは黙ってことの顛末を見守っていた。扉の向こう側の警備員全員が一撃のもとに倒れたのは気配でわかっていたし、ティナの護衛の仕業ということも薄々は感づいていた。

 依頼主とはいえ、助けてやる義理もない。キーアも、目の前の青年同様、怒っていたし、妹の言葉どおり、契約内容に偽りがあった時点でガリエンに従い続ける意味がない。

「お、おまえたちが、騙されてるんだ……早く、ヤツを始末してくれ! 勿論、礼は弾む!頼む、死にたくないんだ!」

「それはできません」

 首を絞める腕の力を少しだけ強くして、レイズは冷ややかに答えた。それから、扉へと目を向ける。

「派手にやったなー、おまえらしくもない」

 酒場にでも顔を出すかのような飄々とした姿で、リライヴが現れた。

「…………」

 手を引かれて現れたティナが、大きな瞳で精一杯ガリエンを睨みつける。

 ガリエンが空気の抜けるような悲鳴をあげた。

「お、おまえが、ティナか……! どうして、こんなところに! おまえはセイランにやるために……!」

「だって、あなた、パパを殺したでしょう。パパがいってた、デリキアスでいちばん偉い人にやられたんだって。わたしがセイランに行かないから、怒って、怖くなったって」

 ガリエンは戦慄した。目の前の小さな少女の姿をした者から、少しでも離れようと、身体に力を込める。しかし自由を奪われた状態では身動きできず、一歩一歩近づいてくる少女をただ目で追うしかない。

「パパだと……ドクターのことをいっているのか? ばかな、パパでもなんでもない、ヤツはただの技術者だ!」

「パパは、パパ。わたしを、大好きって、いってくれた」

 恐怖がガリエンの全身を支配した。頭がどうにかなりそうだ。

「ミスターガリエン、あなたの偽りは明白だ……アリスが、証明してくれる」

 淡々と、キーアが告げた。その身体が淡い赤色に光り出し、頬から全身にかけて描かれていなかったはずの黒い文様が浮かび上がる。

「……! こりゃ、貴重な光景だな……」

 すぐに悟って、リライヴが感嘆する。キーアの姿が二つ重なって見えたかと思うと、魂が抜けたように前のめりになって、キーア=リリィから分離するようにアリス=リリィが現れた。

「――ぷはぁ! ああダメ、疲れた」

 輪郭がだんだんとはっきりしていく。アリスは、髪をかき上げて息を吐く。それから状況を確認し、不敵に笑って片手を上げた。

「アラ、皆さん、おそろいで」

「リリィ姉妹……! どういうつもりだ! この町で大負けしたギャンブルの借金分、働くんじゃなかったのか! そ、そこの、そこの娘を殺せ! いや、だめだ、早く、遠くに連れ出せ!」

「そんなの、踏み倒すわよ。嘘つきはキライだもん、アタシ」

 つかつかとガリエンの前に歩み出て、ティナの頭を撫でると、挑発的に元依頼主を見上げた。

「セイランのセント・シードまで、はるばる行って参りましたわ、ミスターガリエン。時間がかかりそうなので皆さんとっちめさせていただきましたところ、『ティナ』なんて知らないし! デリキアスをどうこうしようなんて大それたコト、いまんとこ考えてないし! それどころかデリキアスの市場を奪った自分たちが狙われるんじゃないかって、脅威に怯えてるってハナシ! どう、いう、ことよ、ァア?」

 胸ぐらをつかみ、至近距離で睨め上げる。いっていることが理解できていないのではないかというほど、ガリエンは蒼白になっていた。

「……パパを、殺したあなたは、わたしもきらい。わたし、一生懸命考えて、決めたの。ここで、朝を迎えるって」

 ぎゅっとスカートの裾をつかみ、ティナはガリエンを見上げた。ガリエンはがたがたと震え、声にならない悲鳴をもらし続けている。

 ティナは少し視線を上げて、レイズを見た。

「最後のお願いです。この人が絶対に抜け出せないように、縛ってください。それで、レイズさん、リライヴさん、関係のない人は、ここからできるだけ遠くに離れてください。いままで、本当に、お世話になりました。わたし、楽しかったです……とても」 

 不器用に、小さく微笑む。ひぃ、とガリエンが泣きながらうめいた。

「何を、馬鹿な! 頼むから、頼むからやめてくれ……!」

「……どういうことです」

 低い声で、レイズが問う。

 ティナは押し黙った。代わりに、リライヴが口を開く。

「あんたの様子がおかしかったから……俺なりに、調査、みたいなもんをしてみた。あんたのなかには魔力の塊が詰まってるな? それは、何だ?」

 ティナは黙っている。

「ミスターガリエンは、アナタのこと、兵器っていってたわ。……要するに……」

 アリスが代わりに答えようとして、しかし、言葉に詰まった。それは、容易に口にしてはいけないことのように思われた。

「こ、こいつは爆弾だ!」

 ガリエンがわめく。リライヴとレイズは目を見開き、それからガリエンを睨みつけた。

「てめえ……!」

「早く遠くにやってくれ! 早く!」

 ティナは瞳を伏せた。

「わたし、爆発します。みっつめの朝陽の光で、爆発します。もともとは、セイランのセント・シードを爆発させるのがお仕事でした。麻薬が売れなくなったからだと、パパがいってました。でもパパは、わたしを逃がそうとして、殺されました。わたしは、パパを殺した人を、絶対に許しません」

 大人びた口調で、ゆっくりと、ティナは告げた。

 大きな部屋に、沈黙が訪れる。リライヴとレイズ、アリスとキーアは、無意識のうちに素早く目配せをした。それから、同じタイミングで行動に出る。

 陽が昇るまでにどれほどの時間があるだろう。考えるより先に、リライヴは目を閉じて、詠唱を始めた。

「──つまり、ヤっちゃえばいいわけでしょ!」

「そういうことだ」

 アリスもまた、素早く詠唱を始める。キーアがガリエンのみぞおちと頭上に重い蹴りを入れた。レイズはすでにティナを抱え、リライヴの目の前に移動している。

 リライヴの身体の内部から薄紫色の力が立ち上る。古代語魔術を完成させ、力を解き放った。ティナの身体がびくんと跳ね、内部から黒い塊が姿を現す。

「おにーさん、できるんでしょうね!」

「あたりまえだ、クソガキ」

 答えながらも、負荷が跳ね返ってきて、リライヴはよろめいた。

「……無理しすぎですよ」

 素早くリライヴの身体を支え、レイズが諫めるようにいう。そしてそのまま跳躍した。キーアがティナを抱き、レイズの後に続く。詠唱の完了した魔術を構え、アリスもまた窓から飛び降りた。

 空中で描いたアリスの手の動きに合わせて、透明の壁が屋敷を包み込む。

 石畳の上を避け、木々の植えられた庭に着地した。嘘のような静寂が落ちる。

 放心していたティナが、キーアの腕のなかで目を見開き、空を見上げて小さく声を発した。 

「みっつめの……」

 木々の隙間から、光が見えた。透明の壁のなかで、どん、と鈍い音が響き、煙がたちこめた。






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