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R*R  作者: 光太朗
3/9

 女は跳躍し、木に飛び移った。そのまま片手で枝をつかみ、回転して着地する。長い黒髪が揺れた。

 木陰に身を潜めていた、もう一人の女が、忌々しそうに鼻を鳴らした。つややかな黒い髪。似た顔立ちだが、こちらの方がずっと背が低い。

「どうする」

 長身の女がいった。

「失敗ね、出直しましょう」

 苦い顔で、背の低い方が答える。その言葉に、長身の女は小さく目を見張った。

「アリスにも破れない結界があるとはな」

「世界は広いのよ……姉さんにだって、砕けない石はあるでしょう。こんなところで古代語魔術にお目にかかるなんて、ジョーダンじゃないわ。……とにかく、急いでここから離れましょう」

 女が身を翻す。しかし、もう一人は動かなかった。

「もう遅いようだ」

「……そうよねー。そんな気はしたけど」

 落ち着いた姉の声に、天を仰いで女は振り返った。 

 そこには、薄紫の髪の、長身の男が立っていた。



 黒髪の美女二人を前に、リライヴは口笛を吹いた。二人とも、目の下に小さなホクロがあり、露出の多い黒と紅の衣服に身を包んでいる。

 先ほど蹴散らした追っ手の男たちとは、全く異なった風体だ。

「一体何の用だ?」

 笑みさえ浮かべていうと、背の高い女が無表情のまま攻撃を仕掛けようとする。それを察知し、背の低い女が鋭く制した。

「ダメ、姉さん……もう、はめられてるわ」

 いつの間にか、二人の周りを、ぼんやりとした光が取り巻いていた。動こうとすれば、身体は囚われ、蝕まれる。

 リライヴは唇の端を上げた。

「まあ、そういうわけだ。おとなしく質問に答えりゃ、悪いようにはしねえ」

「それじゃ、まるっきり悪役のセリフよ、おにーさん。交渉は、このイヤらしい術を解いてからじゃないとできないわよ」

 背の低い方の女が、挑戦的な目を向けた。よく見ると、頬や首、手足などに黒くペイントが施されている。どうやら、そこそこには腕のたつ魔術士らしい。黙ってこちらをにらみつけている背の高い女の方は、その隙のない様子から、武道をたしなむ者なのだろう。

「交渉ね……まあ、場合によっては、考えないでもない」

 リライヴは、ゆっくりと二人に近づくと、背の低い女の顎をつかみ、くいと持ち上げた。百五十センチもないのかもしれない、小柄な娘。挑戦的な目で、こちらを見上げている。

「……と思ったが。ガキか。ダメだな」

「――っ! む、むかつく! アタシはもう十六よ!」

 本当に悔しそうに目を剥き、女はまだ子どもだと宣言するかのように声を荒らげた。これはたいした相手ではないなと、リライヴは片眉を上げる。

「さあ、質問に答えろ。ここに、何の用だ。誰の差し金だ」

 女はせせら笑った。

「そんな質問するってことは、あなた部外者ね。あの子がなんなのか、知らないんでしょう? 深追いはタメにならないわよ」

「……どういうことだ?」

「教えるわけないでしょうっ」

 一瞬、かすかに電流が流れるような錯覚に襲われた。ほんの刹那の隙をついて、二人の女が跳躍し、素早く身を翻す。

「油断しすぎね、おにーさん!」

「…………」

 リライヴは、小さく息をついた。確かに、油断が過ぎたようだ。思ったよりも魔術士として上級らしい。いくら下級の戒めとはいえ、簡単に破られるとは思っていなかった。

「……部外者か。ま、部外者だけどな」

 逃げるのには慣れているのか、二人の姿はあっという間に見えなくなっていた。無事だということはわかっていたが、少しだけ早足で、リライヴは寝室へ向かった。

 


 レイズが部屋の戸を開け放つと、なかではティナがすやすやと眠っていた。どうやら、心配したようなことは何も起こらなかったらしい。一瞬、リライヴの元へ行こうかとも考えたが、護衛対象の側を離れるのは得策ではないと考え、じっとベッドの脇に控えることにする。

 眠る少女の髪をそっと撫でる。この幼い少女は、一体どれほどのものを背負っているのだろう。レイズの胸がちくりと痛んだ。

 果たして、いわれる通りに、この少女をデリキアスに連れて行くことが、正しいのだろうか。あんな、ギャンブルと麻薬の町に。

 レイズは、神経を研ぎ澄ませ、ただときが過ぎるのを待った。

 しばらくして、相棒の気配が近づき、扉が開けられた。

「逃げられた。たいした奴らじゃなかったがな。何も聞け出せなかったが、嬢ちゃんが狙いなのは間違いねえ」

 どかりとソファに腰をおろす。レイズも立ち上がり、その隣に移動した。

「こちらは何の異常もありませんでした。……それにしても、こんな女の子一人に、一体何の用があるんでしょう。この子も、デリキアスに何の用が……」

「部外者は深追いしない方がいいってよ。やっかいな事情がありそうだ」

 台詞の割には、おもしろそうに目を細める。そんな相棒の様子に、レイズは遠慮なく大仰にため息をついた。

「この子の……ティナのことを思えば、少し調べてみる必要があるかもしれませんね。ティナを追っている者たちと、父親を殺した者たちというのは、おそらく同一でしょうが……理由も、何もかも、あまりにも不透明です」

「知るかよ。こっちが受けた依頼はこいつの護衛だ。余計なことは、かえってタメにならねえんじゃねえの」

 リライヴはティナを眺め、追っ手の少女からいわれた言葉を舌に乗せた。正論だと認め、レイズはそっと瞳を伏せる。

「でも……」

「でもま、おまえの好きなようにしろ」

 冷えた声に、レイズは驚いてリライヴを見た。しかしその表情から、すぐに突き放されたわけではないとわかる。めったに見せない、あたたかい表情。

「ありがとう、ございます」

「あ? 何がだよ。何の礼だよ、気持ち悪ぃ」

「別に。いいんです、それで」

 レイズは実に優しく微笑んだ。リライヴはそれを見て、ばつが悪そうにそっぽを向く。 その顔がほんのり赤くなっていることに気づいたが、プライドの高い彼のため、レイズは気づかないふりをした。




 キーア=リリィとアリス=リリィは、宿から少し離れた位置にある木陰から、宿の様子を監視していた。長身のキーアが、隣で望遠筒を手に奮闘している妹をぼんやりと見やる。それから眠そうに欠伸をした。

「私たちは、ひとのことを部外者だのなんだのいえるほど、何か知っていたか?」

 淡々と問う。アリスは望遠筒から目を離さず、不満そうな声をあげた。

「知らないわよ。でも仕事を引き受けた以上、少なくとも部外者じゃないわ。前金だってもらっちゃったし。――それより姉さん、なんか食べるもの買ってきてよ。おなかぺこぺこ。死にそ」 

「……監視は一人で良いのか? せめてもう少し宿に近づけば、やりやすいと思うのだが」

「これ以上近づいたらばれるのよっ。もうばれてるかも知れないけど。んもー、ちょろい仕事だと思ったのになー。ついてないわ、んとに」

 黙っていると随分大人びて見えるが、やはり口を開くと十六歳という年相応に幼さがある。妹の落ち着き部分を吸収して生まれてきてしまったかのような、三歳年上の姉は、しぶしぶ重い腰を上げた。

「では、何か買ってこよう。リクエストは?」

「おいしいもの。ならなんでも」

「それは難しいな」

 腕を組み、本気で唸る。いつものことなので、アリスは関与しない。

 しばし悩んで、悩む以前に近くに店などあまりないことに気づき、キーアがその場を離れようとする。しかし、熱心に仕事を続ける妹の姿が視界に入り、立ち止まった。

「……アリス」

「何よ」

 いつになく真剣な声に、間髪入れずに返事をよこす。キーアはアリスの手にした望遠筒をそっと取り上げた。

「何するの」

「あまり根を詰めるな。あの幼子が……本当にガリエン氏のいうような者なのか。私にはそうは思えない」

「わかってるわよ」

 アリスは姉から望遠筒を奪い返し、再び監視に没頭する。早く行って、という意を込めて、手をひらひらと振ると、キーアは肩をすくめてそれに従った。

 それにしても……イイオトコだった。そんなことを思いながら、アリスは望遠筒を覗いた。






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