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R*R  作者: 光太朗
2/9

 石造りの、灰色の家々が立ち並ぶ、さして大きくもない町。町の自慢といえば森で採れる豊富な茸ぐらいで、それとて珍しいものでもない。

 旅の中継地点。この町を訪れる旅人は少なくはないが、目的地とするものはほとんどいない。デルフの町は、そういう場所だった。

 従って、宿も町の入り口に一件しか存在せず、リライヴとレイズの二人は選択の余地なく唯一の宿に部屋をとった。質素な、しかし気配りの行き届いた小綺麗な部屋。いまは、太陽の香りのするベッドに、金髪の少女が横たわっている。

「……百パーセント、やっかいごとだな」

 窓辺にもたれ、暮れゆく空を眺めながら、不機嫌そうな声でリライヴがいった。

「放っておけと、いうんですか」

 ベッドの脇で少女を気遣いながらも、答えるレイズの声も不機嫌を隠そうとしない。

「別に」

 リライヴにはわかっている。レイズはそういうやつだ。それはとてもやっかいな性格だったが……だからこそ、放っておけない。

 リライヴにとって、放っておけないのは、この金髪の少女ではなくレイズの方だ。

「こいつ一人にあの追っ手の数だ。実はどっかのオヒメサマなんじゃねえの」

「……笑えませんね。あり得ます」

 リライヴは大きく息を吐いた。身体を起こし、ドアに向かう。

「どこに行くんです?」

「ゴ報告がいるのか?」

 勝手だろ、と言外にいっている。レイズは視線を少女に戻した。日が暮れてから外に出るなんて、目的は──などと、嫌なことをいってしまいそうだ。自分が醜くなっていくようで、口を閉ざす。

 あ、とレイズは小さく声をあげる。少女が動いたのだ。

「リーヴ、水を……」

「自分でやれよ」

 ぼやきながらも、水差しを手に取る。レイズは柔らかく微笑んで、撫でるように少女の髪に触れた。 

「……う」

 声が漏れる。少女は、身体をよじり、そして目を開けた。

「……ここ、は?」

「だいじょうぶですか? どこか、痛いところはありませんか」

 少女は、ゆっくりと目を瞬かせる。

 自分の顔をのぞき込んでいる、優しい目をじっと見つめた。

「わたしを、助けてくれたひと……」

「成り行きだけどな」

 リライヴが、ぶっきらぼうな態度でグラスを差し出す。身を起こしてそれを受け取り、ティナは惚けたように二人の顔を見た。

「あの……」

 きゅっと、グラスを持つ手に力が込められる。レイズは、急かすようなことはせず、ただゆっくりと言葉を待った。リライヴは、また窓辺にもたれて、こちらを見ている。

 ティナは一度目を閉じて、それから意を決したように息を吸い込んだ。二人の顔を、しっかりと見据える。

「もし、ご迷惑でなければ……わたしの、護衛を、していただけませんか」

 震える声で、しかしはっきりと、少女はいった。




 少女は、ティナと名乗った。年は十一歳。デリキアス・シティに向かう途中なのだという。詳しくは話せないが、デリキアスまで護衛をして欲しいということ、足りるかどうかはわからないが、費用はできるだけ払うということを、時々言葉に詰まりながらも、一生懸命説明した。 

「だめだ」

 黙って話しを聞いていたリライヴが、低い声でいい放った。レイズも、腕を組み、難しい顔をしている。

 ティナは不安になり、ベッドの端に置いてあった小さな鞄を手に取った。

「あの、これ、全部、差し上げます。だから……」

 ずっしりと重い鞄のなかには、きらきらと輝く宝石があふれていた。鞄の中身を見せ、そのままレイズに差し出そうとする。

 レイズは、それを手で制した。

「……少なくとも、相応の理由がなければ、護衛はできません」

 苦しそうに、言葉を出す。ティナは、ぐっと言葉に詰まった。

「で、でも」

「デリキアスがどういう場所か知ってんのか。何の用だ? おまえみたいな世の中知らねえガキ、売られにいくようなもんだ」

「…………」

 ティナは、唇をかみしめて、リライヴを見つめた。どうして、と思う。説明したくとも、自分には上手に説明する自信などない。

「理由を、教えてくれますか? すべてを話す必要はありません。少なくとも、私たちがあなたをデリキアスまで護衛する理由を得られるように」

 レイズは、泣きそうになっているティナの髪をそっと撫でた。真摯な瞳で、じっとティナを見る。

「……理由を得る、ね」

 その様子を眺めながら、リライヴは結局首をつっこむことになるんだろうな、とぼんやり考えていた。少女の口からどんな理由が発せられるにしろ、きっとレイズには放っておけない。

 そして自分も。相棒を放っておくことなど、できるはずもないのだから。

「……パパが……」

 静かに、ティナは口を開いた。

「パパが、死にました。パパたちは、わたしをセイランに連れて行こうとしていました。でも、パパは、逃げろといいました。パパが、死んでしまって、わたしはどうすればいいのか、わからなくなりました」

 レイズは眉をひそめた。話がつかめない。

「だから私は、セイランではなく、デリキアスに行くことにしました。デリキアスは、パパたちがいたところです。デリキアスで、パパに命令をした人に、会いたいんです」

「……パパは、なんで死んだ?」

「リーヴ!」

「大事なことだ」

 ティナは、瞳を伏せた。

 すぐに目に浮かぶ。真っ赤なパパ。

「パパは、おとなのひとたちに殺されました。わたしを、守るために」

「つまり……」

 レイズは、ゆっくりと頭のなかを整理して、慎重に言葉を紡いだ。

「君は、セイランに行かなければならなかった。でも、おそらくそれはあまり良くない理由によるもので、ティナのお父さんがそれを阻止しようとした。そうして……死んでしまった。……デリキアスの、お父さんに命令した人に会って、お父さんが死んでしまったことを伝えたいと、そういうこと?」

 ティナは、急いでうなずく。リライヴが、ティナのいるベッドに腰をおろした。

「……それは、おかしいな。デリキアスはパパのいたところっていったよな? なら、おまえがセイランに行かなくちゃならなかったのはそもそもデリキアス側の意向だろ。おまえを逃がそうとした時点で、パパはデリキアスの命令した人ってのに逆らったことになる。そんなおまえが、のこのことデリキアスに戻っても良いのか?」

 頭のなかがいっぱいになってきて、ティナはうう、とうめいた。難しいことはわからないのに。早く、デリキアスに行きたいのに。

「わたし……わたし、本当に、よくわからないんです。でもわたし、ちゃんと自分で、考えて、決めたんです。デリキアスに行きたい。わたしを助けてくれたパパに、恩返しがしたい」

 リライヴは肩をすくめた。理屈ではなく、強い意志。こうなってしまっては、もうおしまいだ。

「わかりました」

 予想どおり、相棒は護衛を承諾した。



 実際のところ、デリキアスはそれほど遠くない。狙われてる、という事実さえなければ、護衛費など渡された宝石の四分の一でも多いぐらいだ。

 できるだけ早く行きたいという希望だったが、ティナの疲労はピークに達しており、とてもすぐに出発というわけにはいかなかった。張りつめていたものが一気に途切れたのか、小さな少女は溶けるように眠りだした。

 宿の一階の食堂で、リライヴは全くの無表情で名物茸づくしをつついていた。その向かい側に腰をおろしたレイズは、独断で事を進めてしまったことに今更ながら罪悪感を覚えるものの、素直に口に出すことも出来ず、やはり無表情で、茸ソテーと見つめ合っている。

 いつもこうだ、とリライヴは心のなかで嘆息した。レイズは、目の前で困っている人を放っておけるような人間ではない。時折、シビアな態度を取ることもあるが、本質で甘いのだ。それは、付き合いの長いリライヴが、いちばん良くわかっている。

 その向かい側で、レイズは小さく息を吐き出していた。今回も、リライヴの意見を聞くことをうっかり忘れてしまっていた──後悔のような思いが、ため息と共に音もなく口から漏れる。二人で一緒に旅をしているのだから、本来なら、仕事一つを決めるのにも話し合いがあってしかるべきだ。文句をいわれたわけではないので、きっと問題はないのだろう……そう、思いたいが。この、沈黙は、つらい。

 レイズは、ちらりと視線を上げた。すると、リライヴも、こちらを見ていた。

「……なんですか」

 意図せずして、拗ねたような声になる。

「別に」

 意図されて返ってくる、冷たい声。

 再び、沈黙がおちる。

「……ティナさんを、一人、寝かせておくのは心配です。早く食べて、戻りましょう」

 いいたいこととはまったく関係のない、事務的な台詞が口から出た。

 リライヴは、静かに方眉を上げる。

「……心配すんな。強力な結界が張ってある。あいつへの干渉は不可能だ」

「…………」

 あっさりと、話題が終わってしまった。ちゃんと謝罪を口に出来るまで、またレイズの途方もない努力が再開される。

 冷たい声は、怒っているからだと、レイズは解釈した。

 リライヴの無表情は、謝りたくてもなかなか素直になれない相棒の姿に、口元がにやけそうになるのを必死にこらえているからなどと、気づくことはない。 

 さあどうやって苛めてやろうかと、リライヴがそっぽを向くふりをしてにやりと笑う。 しかし、残念ながら、リライヴにとって至福の遊びは、あっさりと終わりを告げた。

「リーヴ?」

 フォークを置いて立ち上がったリライヴに、レイズは眉をひそめる。リライヴは鋭く舌打ちし、出口へと走り出した。

「おまえはティナのところへ行け! 誰かが結界に干渉した!」

 レイズも立ち上がると、最も信頼できる相棒の言葉どおり、階段を駆け上がった。






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