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R*R  作者: 光太朗
1/9

※友人の漫画のキャラクターを拝借して書いた小説です。

※ほんのりBL設定のあるキャラクターが主人公ですが、『R*R』についてはほとんどBL要素を含みません。むしろBLを期待して読まれた方には期待はずれになるかと思います。BLと思わなければBLではない程度ですが、苦手な方はお気をつけ下さい。

※2000年頃執筆したものです。

「逃げなさい」

 真っ赤な顔をして、パパがいった。

「早く、行きなさい」

 どこに、と聞く暇もなくて、わたしは泣きそうになってしまったけど、あんまり一生懸命パパがいうから、とにかく走った。

「そう、それでいい。おまえは……ティナ、おまえは、幸せに……」

 うしろで、パパの声がした。わたしは振り向かずに走った。

 走って、ずっと走って、それからわたしは、これからどうするべきか、考えた。

 パパは行き先を教えてくれなかったから、生まれて初めて自分でものを考えなくちゃいけなくて、それは本当に大変なことだったけど、わたしは必死に考えた。

 そうして、決めた。

 わたしは、自分の道を、決めた。



   *



 シャツの袖をまくり上げ、リライヴは空を仰いだ。

 延々と続く、木々に囲まれた細い道。日差しこそ猛威を振るってはいなかったが、その代わりに忌々しい湿気がまとわりつく。 

 薄紫の、長い髪を払いのけるようにして、犬のように舌を出す。汗をぬぐっても少しも楽にならない暑さに、いい加減参っていた。

「あっちぃ……」

 本日何度目になるだろう。口に出したところで改善するはずのないぼやきが漏れる。隣で、涼しげな顔をした相棒、レイズが呆れたように息をついた。

「子どもですか、あなたは。あんまり、暑い暑いといわないでください。暑いのは私も同じです」

 レイズの言葉は正論だったが、リライヴは横目で相棒を見下ろし、ふん、と鼻で笑った。空色の髪と緑色の瞳を持つ、女性かと見間違うような──本人には決していえないが──容姿のこの男は、いつだって取り乱すということがない。慣れたものではあったが、やはり少々、おもしろくないという気持ちもある。

 なので、口からついて出たのは、皮肉だった。

「そーかよ。あー、寒い寒い」

 すっと、レイズが目を細める。

「馬鹿にしているんですか」

「しねてーよ、怒んなよ! ますます暑いだろ!」

 不毛なやりとりだ。

「……もうすぐ、町に着きます。町に着けば、少なくとももう少し過ごしやすい場所があるでしょう」

「ああ」

 肩を並べて、無言で歩く。

 金をケチらずに馬車に乗れば良かったとか、道中であんなに水を飲むんじゃなかったとか、口を開けば愚痴ばかりになってしまいそうで、リライヴはあえて口を閉ざしていた。 こっそりと、女顔の相棒を見下ろす。

 涼しげな顔をして。暑くないわけがないのに。

 リライヴは唇の端を上げた。

「何がおかしいんですか」

 こちらを見もせずに、レイズが抑揚のない声で問う。答える代わりに、リライヴは肩をすくめた。

 長いつきあいだ。交わす言葉が少なくとも、充分に伝わる。 

 なおも抗議めいたものを口にしようとして、レイズは不意に動きを止めた。立ち止まり、耳を澄ます。

「……どうした?」

「しっ──」

 人差し指を口に当て、鋭く右手の森のなかにはに目をやる。異変を察し、リライヴも黙ってそちらを見た。

 がさがさと、木々をかき分ける音。遠くに聞こえる、人の声。

「行きますよ」

 一言残し、レイズは迷わず森に飛び込んでいく。意を表す隙も与えられず、しかしいつものことなので、リライヴは肩をすくめて相棒の後を追った。




 ティナは、必死に足を前に出し、木々に服が破られるものかまわず、走り続けていた。うしろから、怖い大人たちが追ってきている。逃げ切れたと思っていたのに、どうして見つかってしまったのだろう。せっかく、パパが逃がしてくれたのに。

 大人たちが何か叫んでいる。しかしそれは、音として耳にはいってくるだけで、到底意味を理解するには至らない。ティナは泣きそうになりながら、それでもなんとか止まらずに、走った。

「パパ……怖いよ、どうしよう、パパ……」

 黙っていては気持ちが負けてしまいそうで、ティナは嘆きを口に出す。しかし、すぐに後悔した。感情があふれて、目の上のあたりが熱くなる。

「きゃっ」

 足をもつらせ、ティナは転倒した。金色の髪を結わえていたリボンがほどける。立ち上がろうとしたが、すぐうしろに人の気配を感じ、立てなくなってしまった。振り向けない。手を前に伸ばし、それでもなんとか逃げようとする。

「もう無駄だ、諦めるんだな。ちょこまかと逃げやがって」

 大人の声がした。ティナは勇気を振り絞って、落ち着かせるようにゆっくりと、立ち上がった。

「…………」

 立ちふさがる男をにらみつける。すぐに、別の大人たちが追いついてきて、ティナは囲まれる形になった。こんな、にらんだところで、どうにもならないということぐらい、ティナにもわかっている。しかし、負けた顔はしたくなかった。

「さあ、おとなしく来るんだ。だいじょうぶだ、悪いようにはしない」

「うそ」

「本当だ。だいじょうぶだから……さあ、一緒に行こう」

 男の顔をじっと見る。男は、ひどく汗をかいていた。怖いのだろうか。ティナは、唇を噛んで、男を見上げる。

「ちかよらないで」

 できる限りの強気な声でいい放つ。それは震えた声になってしまって、何の効果ももたらさない。

 ティナは両の拳を握りしめ、一生懸命考えた。逃げられるだろうか。パパが助けてくれた命を、こんなところで終わらせてはいけない。

「──事情は知りませんが。感心しませんね」

 どこからか、静かな声がした。

 ほぼ同時に、ティナの目の前の男が飛んだ。それが、降り立った人間の足技によるものだと理解したときには、ティナは抱き抱えられていた。

 パァンと空気がはじけるような音がして、周りにいた大人たちが崩れる。何が起こったのか理解できず、自分を抱える腕の先を見ると、綺麗な空色の髪と緑色の瞳が見えた。

 本能的に、だいじょうぶだと思った。とても、優しい目。

「離れるぞ」

 突き放すような声は、薄紫色の髪の青年が発したものだ。

 安堵と同時に、ティナは、くらりと世界が遠ざかるのを感じた。






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