腹減った
うぉおおっ なんだこの加速力っ! しっかり掴まってないと振り落とされそうだ。わずか3秒ほどで体感時速60キロにもなろうかというほどだ。というかこんな建物内でなんつうスピード出してんだよ。
「ねぇ! こんな速くて危なくない?」
「大丈夫だって、この辺は誰もいないから」
ほんとかなぁ。こんなに扉がいっぱいあるのに。
あっという間に出口を通り過ぎ、そこからは少し高く浮上して移動している。エンジン音もヘルメットもないので爽快感はかなりのものだ。
振動もほとんどなく、乗り心地は良い。
「なんか鼓動速いけど大丈夫か?」
「あーぁごめん!」
「別に謝ることはないけどさ」
無意識のうちにミヤをしっかりと抱きしめてしまっていた。ミヤのセリフで気づいてとっさに少し空間を設けたが、抱きついて鼓動速くなってるって、もうアレじゃん……恥ずかしいー!
ダメだ。今まで女の子との関わりが全くと言っていいほどなかったから耐性も全くない。普通はこんぐらいじゃ動じないのかなぁ。
こんなことで表に出るほど恥ずかしがってる自分が恥ずかしい……
見た感じミヤは全く動じてないのもこれまた恥ずかしい。
これでちょっと好きになってしまっている自分はやばいし。接触している手と足の2点には更に力が入りぎこちなくなっており、当たり前である「座る」という動作に難しさを感じている。
落ち着け……これはただのタンデム。ミヤはなんとも思ってないし、これが恋愛に繋がるわけないし、332歳……
平静を保とうとすればするほど、変な意識は拡大を続け、逆効果となっている。典型的だ。
「おーい、大丈夫? 緊張してんの?」
「大丈夫なのでっ、おかまいなく……」
「はぁ」
あぁっ! なんだかお腹が痛くなってきたぞ。精神面から来るやつだ。なんでこんなとこまで、自分の体の特性が再現されているのか。はぁ……
「そういえばどこに向かってるの?」
「食事でもと思って街の中心に向かってるんだ。このあたりは本当になんにもないからなぁ」
「確かに。馬鹿でかい建物が立ち並んではいるけど、活気がまるで感じられないよね」
「まぁここでは田舎だからなぁ」
「えっ」
そこそこの速度で移動しているのだが、見渡す限り空は見えず、緑は一切見えない。道路の両面は建築物で埋められている。
これが田舎ねぇ。現代の地球人からしてみればあと100年はかかりそうなレベルの文明だけども。
「そうだ。どうしてこんな所に連れてこられたのか、1番重要なことを聞いてなかったよ」
「あー、、そうだっけ?」
「ミヤが管理人やってるのがこの星なの?」
「いや、ここは誰が管理してるとかはなくて、全管理人が使える共有スペースみたいなもんだよ。それにここは管理されてる星の中ではかなり文明レベルが高い方なんだ。成功モデルってことかな」
「僕まともに説明してもらってないし冊子も殆ど読んでないからよく分からないや。悪いけど教えてくれる?」
「あちゃーそうきたか。長くなりそうだからどこか入って話そうか」
辺りを見るといつの間にか交通量は増え、地面を歩く人影もちらほら出始めている。建築物にもガラス張りや石造りといった多様性が見られる。その形もただの平面ではなく例外なく巨大であることを除けば神殿のようであったり、城のようなものもあって、視界への刺激が豊富であった。
「なんかだいぶ、活気が出てきたね」
「このあたりはもう中心部だからな。でもこんな乗り物使って移動するのは物好きなやつか貨物用か。地下か空ではこれの何十倍という人が行き来しているんだ」
「どこかレストランに入るんだったっけ? 結構お腹空いてきちゃったよ」
「私もこの星に関してはあんまり詳しくないんだけど……そうだ、あそこに行こう。いや久しぶりだなぁ」
いい店の心当たりがあるのか、そう言うと今まで走行している大通りの途中から左に曲がり、細い道に入っていった。何度も右左折を繰り返していけば段々と道は薄暗くなってゆき、心無しか少し冷えたように感じられた。清潔で無駄も無く整理整頓された素晴らしい光景から、狭く入り組んだ、濃厚な生活を感じさせるものへと変化した。
なんとも多大な負荷をかけそうなテクスチャ表示に、僕は人工物の躍動感を覚えた。
しかしまあ、あのような煌びやかな表情には、やはりこのような裏という言葉が似合う場所が対になるように存在する。僕はどちらかと聞かれれば、ここの方が好きだと答えるだろう。
「よし着いたぞ。これが私のお勧め、といっても数回行っただけのレストランだ」
「レストランというより料亭だな」
「確かに。いくら文明が発達したとはいっても日本人なら悪くは思わないだろ」
「確かに。この目まぐるしい都市の中では見るからに1番落ち着けそうな場所だ」
目に入ったのはレストランというより料亭、2階建ての木造和風建築だ。一人暮らししていたアパートも実家も木造建築ではなく、このような和風の建物には旅行で数回泊まっただけで、日常的な場所ではない。しかし日本人のDNAに刻まれているのか、まさにいま目の前にあるこんな建物は無条件に懐かしく感じられ、心も落ち着く。
「実はこの店、日本出身のやつが経営してるんだ」
「経営? 管理人ってそんなに暇なんだ」
「ん? 暇っちゃ暇だけど……あぁそういうことか。経営してるのは管理人じゃなくて転生者だよ」
「えっ、、、そうかそうだよね」
そうだよ。人口比で考えたら管理人の方が少ないはずだし、そりゃ転生者もいるよね。